第2章 高垣霞 1-2

<放課後>

美央達は有言実行したようで、私は担任から生徒指導室に呼び出された。

狭い空間に美央達3人とそれぞれの担任、生活指導の先生までその場にいる。

「高垣、江森を突き飛ばして怪我させたって言うのは本当か?」

席に座らされて早々、担任が問い詰めてくる。陽菜を見ると、足首に包帯を巻いて泣いている。

普通に歩いて教室に戻ったはずなのに・・・

「江森は高垣が何か書いていたから見せてもらおうとして、誤ってそれを破いてしまったら、急に突き飛ばされたと言っているんだが。」

・・・・どこをどうしたらそんな話になるのか・・・・

「確かに突き飛ばしました。でも、それは絵を故意的に破かれたからです。」

私は冷静に事実だけを話した。無駄な抵抗はするつもりはないが、今回だけは許せなかった。

「先生、私は横で見ていました。陽菜はそんなことしていません。絵を見ていて、高垣さんがひったくったせいで絵が破れたんです。」

美央が陽菜をかばうかのように、反論する。

私は鞄の中から、あの破かれたスケッチブックと紙片をとりだして、机の上に広げた。

「引きちぎれただけでは、こうはなりません。」

生活指導の先生はそれを手に取って確認している。

「確かに、ちぎれたというよりは破いたという感じだな」

「私、そんな事しません。私が先生に言うって言ったから、高垣さんが後から破いたんじゃないですか?それに、私を突き飛ばして怪我をさせたことは認めてるじゃないですか!」

陽菜は泣きながら必死になって、先生達を納得させようとしていた。

「私もその場にいたけど、陽菜は本当に破ってなんかいませんでした」

追い打ちをかけるように莉子が応戦する。

多勢に無勢とはこのことだ。私には不利でしかない。ここで全てをぶちまけたとしても、私1人で何が出来るというのか。失望感にさいなまれながら、何も出来ない自分が情けなくなった。

「まあ、故意じゃなかったにしろ、故意だったにしろ、たかが絵で人に怪我をさせるのはどうかと思うぞ。絵はまた描けばいい。高垣にとって大切な物だったにしろ、怪我をさせたことに変わりはない。」

また描けばいい?冗談じゃない。私には唯一の物だ。誰にも犯されない唯一の・・・

怒りが喉元まであふれそうになっていたが、深呼吸と一緒に飲み込む。

「その怪我は、保健室で手当てしてもらったの?」

陽菜の足に巻かれている包帯を指さして聞いた。

「そうよ。先生はいなかったから、美央に手当てしてもらったけど、それが何?」

「私と別れたときは、普通に歩いていたけど。一応、保健室の先生に来てもらって、見てもらってください。あまりにひどいなら病院に行ってもらわないといけないので。」

「ああ、確かにそうだな。痛そうにしているし、小林先生まだいらしたかな?」

生活指導もその意見には賛成だったようで、保健室に短縮をかけようと席を立った。

急に陽菜が金切り声を上げる。

「私が嘘ついてるって言うの?何のためによ。高垣さん、自分が不利だからって、私を嘘つき呼ばわりするなんてひどい!」

取り乱しながら大泣きしている陽菜を美央と莉子が肩をさすって慰める。

「嘘とは言ってない。病院に行くか行かないか、判断してもらうだけ。」

「私が痛いって言ってるんだから、そのことを問題にしてるんでしょ?すり替えないで!」

相手が怒るほど私は何故か冷静になった。

「すり替えてはいない」

「まあまあ。とりあえず、言い合っても仕方がない。実際に突き飛ばしたのだから、高垣は江森に謝りなさい。」

何も分かってない教師に心底、失望する。その前に私にしたことは全てなかったことにするわけだ。

どう考えたって、明らかに辻褄が合わなくなっているのは陽菜達で取り乱し過ぎてるのが分からないのか・・

教師とはこんな人ばかりだ。人の話をろくに聞かず、検証もせず、ただこの状況を早く終わらせたい、問題を大きくしたくない、そればかり気にして結局真実なんか見ようとはしないのだ。

陽菜の演技もたいした物だ。よくもそんな嘘で泣ける物だ。

「謝ればいいんですか?突き飛ばしてごめんなさい。」

投げやりだった。事実を知っているのは4人だけ。その中の3人は嘘をついて私を陥れている。

何のためにそんなことをするのかなんて理解も出来ない。

「っ・・・ほら江森、高垣も謝ってるから。なっ、許してやろう。」

陽菜はまだエグエグ言いながら、私をにらんでいる。

「謝るだけなんですか?私は怪我したのに!」

今度は先生にくってかかる。

「殴ったり、蹴ったりの明らかな暴力ではないし、別に脅したわけでもない。これ以上の罰則は必要ないだろう。この話はこれで終わりだ。4人ともいいな。」

生活指導がそう結論を出すと、3人は黙ったまま、仕方なさそうに頷いた。

どうしたかったのだろう。私に土下座でもさせたかったのだろうか。意味が分からない。

「じゃあ4人とも、もういいぞ。気をつけて帰れ。江森はちゃんと手当するように。」

そう言って私の担任が部屋を出るよう促す。

私は、失礼しましたとだけ挨拶をして、その場を後にした。

いい加減な嘘に腹も立つが、いちいち相手にしていたら、身が持たない。この数年、いろんな事を体験させてもらったおかげで、ある程度は耐性も付いたし、冷静でもいられる。

だからといって、傷つかないわけではない。悪口が聞こえれば、耳を塞ぎたくもなるし、言いがかりをつけられればどうしてそうなるのかと悲しくもなる。

教室でのヒソヒソ話もこういう言いがかりも、慣れているのではなく、心を閉ざして、他人事の様に聞く事でしか自分を守れない。そう学んだだけのこと。

いつもなら、このままため息交じりに自転車をこいで、帰路につくはずだった。

だが、今日だけはいつもと違った。

自転車置き場で鍵を探していると、美央達が自転車の前に現れた。

「ちょっといい?」

そう言うと、陽菜が私の鞄をひったくり、少し離れた場所へと移動する。

足、平気そうなんだけど・・・

そう思って見ていたら

「ちょっと付き合って。」

「いや。私帰りたいし。鞄返して。」

そういう私の両腕をつかみ、美央と莉子が無理矢理私を引きずっていく。

抵抗はしてみるが、顔に似合わず力が強くて逃げられない。

その間、何人かのクラスメイトとすれ違ったようにも思うが、誰も気にしていないらしく、私はそのまま美央達に引きずられていくしかなかった。


<放課後 2>

美央達に連れて行かれたのは、今は使われていない運動部の部室らしき場所だった。

一応、南京錠は付いているが壊れて、その役割を放棄している。

中に入れられると、誇りにまみれて、なんだかかび臭い匂いが鼻をつく。

何もなくコンクリートがむき出しの床が広がっているだけ。

そんなに広くはないが、ドアを閉めてしまえば、中の様子は外から見えず薄暗い。

ここで少し恐怖を感じた。

「まさか閉じ込める気?」

「そんなことしても、全く面白くないじゃん。」

と美央が笑いながら取り出したのは、大きめのはさみだった。ドアの前には莉子が立ち、行く手を阻んでいる。

今まで、言葉の暴力は受けてきたが、さすがに身の危険を感じたことはなかった。

これはやばい。と私の心が叫ぶ。

これから行われるかもしれないことが走馬灯のごとく頭を駆け巡る。

さすがに殺しはしないだろうが、傷つけることぐらいはされるかもしれない。

それともただの脅し?

はさみの刃先から目が離せない。

美央の行動の先が読めず、ズルズルと足を後方へずらしていく。

それに応じるように美央は前へ進んでくる。

何歩か後ろへ下がったとき、トンっと踵が壁に当たる。

行き止まり・・・

仕方なく、横へずれようとしたとき、そこに陽菜が立っていた。

行き場のない状態に息をのむ。

「さっきの謝り方、納得できないんですけどぉ」

陽菜が耳元で話しかけてくる。温かい息が耳にかかって不快だ。

「どうあやまってもらおうかなぁ」

美央が刃先を触りながらこちらをにらむ。

また1歩前へ寄ってくると、ジャリッと言う音とともに、制服のリボンが切られた。リボンが床に落ちる。

「制服買うお金はあるのかなぁ」

冷ややかに笑うその顔は綺麗が故に恐ろしい。

血の気がひいていくのが分かるほど、体中に鳥肌が立つ。

今までに感じたことのない恐怖だった。

反射的に叫んだ。

「やめて。謝るから。土下座でも何でもするから」

「今更じゃない?さっきまで強気だったくせに、制服は惜しいんだ。」

その場から逃げようと、首を振り、身を翻すが陽菜に捉まり、上手く動けない。

こわい!こわい!いやだ!

莉子は入り口でスマホをいじりながら、横目でその様子を見ている。

窓はあるにはあるが、外から格子がされているので、出られない。

「誰か!誰かたすけて!」

今出る精一杯の声で叫んでみる。その口を陽菜が片手で塞いでしまう。

涙があふれて、前がちゃんと見えない。

ジャリジャリっと言う音が再度響くと、今度は両袖が縦に引き裂かれる。

「ウーウ!ウーウー!」

声にならない悲鳴をあげて、掴まれた腕を振り払おうと必死にもがく。

「あんまり動くと傷が付いちゃうよ?」

その様子を見ていた莉子が、スマホをポケットにしまって陽菜に加勢する。

両腕をつかまれ、口を塞がれた私は逃げられずに、パニックになる。

「霞がさ、ちゃんと謝らないからこうなったんじゃん?つまり、自業自得だよねぇ」

「大体、先生も先生だよ。こんなやつの肩もつなんて、信じらんない。」

そう言いながらも、はさみは切る事をやめない。今度はスカートを縦に幾重にも裂かれ、下着が見えている。

「はははっ信じられない!霞、高校生にもなって、そんなパンツはいてんの?衝撃過ぎ!」

そう言って美央はスマホを取り出すと、私の姿を写し始める。

1枚撮っては、陽菜達に見せて、3人でゲラゲラ笑っている。

私は恥ずかしさと悔しさで心が引き裂かれそうになる。

心臓はこれまでにないほど鼓動を早め、呼吸が出来ないほど胸が潰される思いで一杯になる。

「ウウウウゥっ」

声がかれるほどに声を出し、顔に血が上る。

屈辱的なこの光景を写真に撮られることへの抵抗もむなしく、はさみは動かされ続ける。

ブラウスの横を切られ、剥ぎ取られる。

スカートも最終的には、切り取られ全ての下着があらわになると、それすらも切られた。

裸の体を手で隠す事も出来ず、体をひねることも出来ない。

それを美央はひたすら笑いながら写真に収める。

その頃にはもう、叫ぶ力も抵抗する力もなくなっていた。

「霞、ダイエットした方がいいよ。お腹の肉やばいって。貧乏なのになんでそんなに肉付いてんの?胸はでかいけど、顔と腹肉で台無し、ぎゃはははっ」

何がおかしい?何がそんなに楽しい?私はこんな目に遭うほどのことを、あんた達にした?

言いたいことはたくさんあるが、声にならなかった。

「霞ちゃん、この写真どうしたらいいと思う?」

やっと私を解放した陽菜が私の裸の写真を見せながら、聞いてくる。

「消し・・て。今す・・ぐ」

「えー嫌だ。SNSに流されたくなかったら、これからは言うこと聞きなさいよぉ。あと先生とかに言ったら、そくアウトだから」

やっと解放された私は膝をかかえてなるべく体を隠すようにうずくまる。コンクリートの冷たさが直に伝わってくる。体は震えていた。

どんな感情にも例えられないほどの激情が体を駆け巡る。

屈辱、怒り、悲しみ、恨み、孤独、不安全てがぐちゃぐちゃで、一度にその波が襲ってくる。

「はい、鞄返すね。あと、そのまま外出られたら、公共の迷惑だから、これ着て帰って。あー楽しかった」

美央はそう言うと、私に鞄と体操着を投げて2人を引き連れ出ていった。

体操着をたぐりよせ、それを抱きかかえて、私はやっと声を出して泣いた。涙と鼻水で顔がグチャグチャになっても、泣き続けた。

どんなに泣いても慟哭は治まらず、とにかく泣いた。

やっと泣き終わった頃には、ドアから差す光もなくなり、辺りが暗くなってからだった。

体操着をきて破かれた制服を、破かれたスケッチブックの入った鞄に詰め込む。

幸いというべきか、怪我はしておらず、押さえつけられていた腕が痛いくらいで、動くのに支障はなかった。

ゆっくり体を動かすと、そのまま自転車置き場にむかって歩き始めた。

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紫苑の制裁 鳥崎 蒼生 @aoitorisaki

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