36 みんな頑張ってる?

「うん……見事なキャッツアイだね」


 突然のファンファーレに驚いて、宝石工房に行くと、カーバンクルのカー君が褒めてくれた。

 まだ、ジュエリー部分も仕上げてないのに。


「サクヤも気づいていただろう? レベル8の課題が、宝石のカットに有る事に。それだけの宝石なら、石板を読んでから、仕上げた方が良いとは思わないかい?」


 意味深に、カー君がウインク。

 これはレベル9に上がるには、ジュエリー部分の工夫が必要だっていう意味だね。

 私は、カラコロと下駄を鳴らして2階へ上がる。

 わお……石板がいっぱいだ。


 読んでみた……。

 サクヤは、ジュエリーによる宝石制御の基礎知識を手に入れた。【中堅宝飾鑑定士】のスキルを手に入れた。『硬質宝石用超硬砥の粉』の購入が可能になった。

 っていう感じかな?

 最後のは、魔法のサムシングっていう奴? 本来、ダイヤモンドは、ダイヤモンドでしか削れないのに、それをエメラルドくらいの感じで削れる砥の粉。現実には無い。

 もちろん、買って帰る。


「……感想はどうだい?」

「まだ、頭の中で整理中……。もし鷹の意匠で作るつもりが、シマエナガにしか見えなかったらどうなるんだろう?」

「それは、宝石のカットが歪むのと、どう違うのかな?」

「……同じだね」

「難しく考えることはない。まだ初歩の段階だから」

「初歩なんだ……」

「あくまでも、『基礎』だから」

「うん……そう書いてあった」


 ジュエリーのデザインにおける『意匠』にも、意味が有るんだね。

 このキャッツアイ。すあまさんにあげる予定だったし、猫のモチーフで作ろうと思っていたんだけど……予定変更だなぁ。

 できれば、魔防のプラス効果を増やしたい。

 製作者がウンディーネの私なら特に、魔法防御に適した、水に因んだモチーフは相性が良いらしい。

 多分、今回の課題はジュエリー制御の基礎部分のクリア。

 せっかくの最高傑作の石なら、それを利用しない手はないでしょう。


 アトリエに戻ったら、リルが慌ててパクついてた焼きそばを隠した。

 気にしなくて良いよ?

 ズズズと啜りながら、照れ笑いを浮かべてる。

 ……すっかり、ハマったな?

 横目に見てニヤニヤしながら、ペンを走らせる。


 どんな指輪にしようか?


 石がキャッツアイだけに、あまり海っぽくないんだよね。

 色も蜂蜜色っぽいし……。

 紙も勿体ないので、落書き用の紙に書き殴る。

 海……猫……ウミネコ? それは鳥だから、別ジャンル。

 生き物をやめて、水そのものをイメージしようかな?


「……鉱山、行くの?」

「うーん……。検証の為には行くべきなんだろうけど。金属はプラチナの先は出るとは思えないし、宝石の方もルビー、サファイアの両方出るか、どちらかだけ出るかだって、予想ついちゃうんだ。……リルが行く時に、声をかけてくれれば充分」

「……じゃあ、明日か明後日」

「明後日にしようか? ハーディさんの注文品も届くはずだし……ついでに護衛を頼んじゃおう」

「……私、護衛いらないよ?」

「私には必要なの。私の保護者たちが心配性で、護衛無しで行っちゃ駄目って言われてる」


 うん、笑うと可愛いね。

 リルの方も、明日にはレベルアップしそうだ。

 苦戦していたベジェ曲線にも、少しづつ慣れて来たみたいだし。

 彼女の居場所の目印。黒猫のぬいぐるみは、私の作ってあげた名札を下げたまま、作業台の横に鎮座している。気に入ってくれているなら、何よりだ。


 おっと、意識が逸れてる。

 悩んでいるなら、気ままに宝石でも磨いてますか?

 せっかく買ってきた、新しい砥の粉も試してみたい。これはお待ちかねの魔法のサムシングなのだから。


 あ、凄い! エメラルドくらいなら、ガシガシと削れるよ?

 調子に乗って、削り過ぎないように注意が必要。荒目と中目は良いけど、仕上げの時は、石に合わせた仕上げ用の砥の粉を使わなくちゃだね。削れすぎるのも良し悪し。

 仕上げは、磨くレベルでないと。

 ただし、工期の大幅短縮は間違いない。嬉しいぞ、これは。

 出島の方にこそ届けてあげたいけど、『相応のレベルでないと使えない』と、カー君に釘を差されているんだよね……。


 ん……何かな、この甘い匂いは?


「ずいぶんと根を詰めてるな。一息入れねえか?」


 あ、ケインさん。

 何を抱えてるのかな?

 紙袋……ではなく、布袋から出したものを渡してくれる。

 これって!


「たい焼き? でも、何で?」

「型の製作を頼まれていてな。砂鉄待ちの間に完成させて、今日アンコが出来上がったんだよ。お前なら、甘いものは好きだろう?」

「もっちろん!」


 調理職人さん、凄い。

 麺でもびっくりさせられたけど、まさかのアンコ……。それに、さすがにケインさん製だけあって、この魚の形がね。微妙に身体が捻ってあって、今にも店のおじさんと喧嘩して、海に逃げ込んじゃいそうだ。


「リルもおいでよ、一緒に食べよう?」


 手招きすると、ビクビクしながら近づいてくる。

 この娘も、対人スキルに問題が有りそうだ。


「これか? 噂の捨て猫って」

「……私、捨て猫」


 もはや、持ち芸となっている、哀れみを誘うポーズ。

 苦笑しながら、たい焼きを一匹。……似合い過ぎる。猫に、たい焼き。


「……甘い」


 ひと噛みして、蕩けそうに微笑んだ。

 でも、気になるんだけど


「よくケインさんが、こういうの引き受けたね?」

「紬経由で話を持って来られたら、さすがに断れねえだろうよ?」

「まあ、そうだね。紬さん、甘い物好きそうだし」


 やると決めたら、本気を出すからなあ、ケインさんは。

 それにしても、たい焼きが美味しい……。これもリピート決定?

 でも、その紬さんは?


「調理ギルドの試食イベントで、食い倒れてるんじゃないか?」

「何、その素敵イベント?」

「やっぱり知らんかったか……。こういうのが好きそうな、サクヤが姿を見せないから、ひょっとしたら知らないのかと思ってな」

「どこでやってるの?」

「中央広場に決まってるだろう。結構賑やかだぞ」


 とりあえず、たい焼きの袋は受け取って、カウンターの後ろに隠す。

 振り返ってリルに声をかけた。


「リルも行くよね? そういう素敵イベント」

「……行く」


 ケインさんに爆笑されながらも、二人でカラコロと急ぐ。

 わお、いつも以上に屋台がいっぱい。

 ベンチに凭れている紬さんを見つけたので、まず声をかけねば。


「紬さん、お薦めは?」

「たい焼きは食べたなら……タコスとカツスパ、デザートにロールケーキ」

「カツ丼の屋台も有るけど?」

「まだお米の味が、もうひと工夫必要。ミートソースとスパで食べる方が美味しいの」

「なるほど、サンキュ」


 サムアップで、屋台に走る。

 紬さんの、お勧めコースを手に戻った。リルも一緒。

 さすが、紬さんのセレクトにハズレはない。うまうま……。


「美味しいだけなら、焼きそばとか有るけど……あれはいつも屋台が出てるから」

「うん、私もリピート中」


 ひょっとして、テイタニアの調理ギルドって、凄い?

 お米はまだ食べてないけど、パンやパスタは完璧だもん。


「ピザも結構イケるよ?」

「私……歯ざわりのあるタマネギとかネギ、苦手なの……」

「言えば、抜いてくれるよ?」

「対人スキルの問題が……」

「じゃあ後で、浴衣の娘が来たらタマネギ入れないようにって、言っておくわ」


 私はともかく、リルはどうなのだろう?

 猫はタマネギ食べさせちゃ駄目だけど、ケットシーは?


「……私も、ジャリジャリ苦手」


 うむ。意見の一致を見た。

 よしよしと頭を撫でておく。


「結構いろいろな屋台が出てるね。調理ギルドも頑張ってるんだ」

「調理ギルドだけじゃないのよ。麦とか米とか作ってる、栽培ギルドも頑張って品種改良を進めてるわよ。おかげで美味しものが食べられてる」


 最近困り顔ばかりだった紬さんの、久しぶりの満面の笑み。

 調理ギルドに、友達が多いそうな。みんな交友関係が広いなあ。

 あっちで、ケインさんが飲んだくれてる。

 酒造ギルドも頑張ってるんだね。

 ピノさんは、そっち側かい!


 この熱帯の気候では、ビールは美味しそうだけど。

 ねえ? 飲み物ギルドは無いの?

 サイダーとか、ラムネとか作ろうよ?


「そう言えば、そこだけエアポケットね」


 紬さんが、コロコロと笑う。

 お茶やお酒に執着する人は多いけど、クラフトソーダとかに燃える人っていないの?

 絶対に、女子ウケすると思うんだけどなぁ……。

 アイスをオンして、クリームソーダとかさ。

 誰か、作りませんか?

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