解決編
スタバからの帰り道。
ため息をついて歩き出そうとした私の傍に、そっと寄ってきた人がいた。
ふわりと風になびくアロハシャツ。
捜査一課の、守田守さんだった。
私はああ、と全てを悟った。
終わったのだと。
負けてしまったのだと。
あれから色々考えた。
私の犯行を証明できるような手がかりはあるのだろうか、と。
自信はあった。私は完璧にやり切ったように思えた。確かにアリバイの方は崩れてしまったが、私があの時現場にいた証拠は何もなく、例えアリバイが崩れても致命的な問題には繋がらない……そう、思っていた。
だが目の前の守田さんがそれを否定していた。
「……バレましたか」
私はそっと、訊ねた。すると守田さんが微笑んだ。
「バレちゃいましたねぇ」
「何がいけませんでしたか」
私は訊ねた。
「スタバのWi-Fiが一定時間アクセスがないと切れてしまうってことに気づかなかったことですか?」
すると守田さんは答えた。
「いや、それ自体は大した手がかりにならないんですよ。三十分でタイムアウトしちゃうにしても、接続した事実自体は残りますし、スタバにずっといた、と言われりゃその証言を崩すのには苦労する。だからあたしは最初からスタバの方を崩すつもりはありませんでした」
それから守田さんは続けた。
「『猿の手』っていう小説があるみたいですね」
そのことは私も知っていたので頷いた。
「ありますね」
「三つ願いを叶えてくれる。だが運命を曲げようとした人間には厄災をもたらす」
「ええ。そういうの、俊矢は好きだった」
「現場にも猿の手があった」
だから何だと言うのだろう。
猿の手の厄災が私を追い詰めたとでも言いたいのだろうか。
すると守田さんはそっと、人差し指を一本、立てた。私はその指の先を見つめた。
「あの猿の手は、本物の猿の手の革を使って作られています」
……そういえばあいつ、そんなこと言ってたっけ。
「猿の手。いわばその剥製ですかね。当然、指紋もあります」
そう言われた時、私はようやく合点がいった。
「あなたどこでもタブレットを持っていくって言っていましたね。下手したらトイレにも。だからおそらく、現場でもタブレットを持っていたと思うんです。もしかしたらですが、それは座卓か、椅子か、ソファか。とにかく手元にあったと思うんですよ。で、浜中さんはあなたに猿の手のコレクションを見せた。猿の手はあなたの手に渡るか、あなたに近いところに置かれるでしょう。つまり、あなたのタブレットと猿の手が触れた可能性が出てくる。で、さっきも言ったように猿の手の剥製には指紋があります。そもそも、指紋っていうのは油脂のスタンプなので手油がないとつかないのですが、浜中さんはグラブに使うオイルで猿の手をメンテナンスしていました。この猿の手の指紋が、あなたのタブレットについたとすれば。そしてあなたのタブレットは……」
BOOKOFFに、引き渡されていた。
クリーンまで二日。この二日を逃げ切れば私の勝ちだったのに。
逃げ切れないまま、終わってしまった。
私は思い出す。
俊矢を殺した後、座卓の上に目をやった私。
猿の手。それが私のタブレットを指差していた。私が無造作に置いた猿の手は私のタブレットに指先で触れていた。
そして、指紋が残った。
あの時私は、猿の手が私を救ってくれたかのように見えたのに。
実際は、違っていた。
猿の手は私に厄災をもたらした。
「私の指紋ではなく猿の指紋で追い詰める辺り芸術点が高いですね」
鼻を鳴らす。悔しい。でも、仕方ない。
私は人を殺したのだ。大罪を犯した。罪人の私がこの世界から逃げおおせる方法などないのだと思い知った。お天道様は見ている、というやつか。
守田さんがそっと、手を差し伸べてくる。
「参りましょうか」
そっか。
いきなり手錠をかけたりは、しないんだな。
あるいはこれは、彼の優しさだろうか。
私が静かに手を伸ばすと、彼はその手を、まるでお姫様でもエスコートするみたいに持ってくれた。
それは私が俊矢にしてほしかった対応だった。
「ああ、そういえば」
私の前を行く守田さんが振り返る。
「抹茶フラペチーノ、美味しかったです」
私は笑った。
「抹茶クリームフラペチーノです」
まったく、これだから男は。
了
猿の手 飯田太朗 @taroIda
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