怪異を食べる

夜船ヒトヨ

一食目:龍もどきの唐揚げ、タルタルソースはたくさんかけるとよいのです。

 ざっざっと風が奔る、ぎゅら、と獲物は末期の声には少し遠い警告の鳴き声を上げ、龍らしき形をした虚界の浮上物こころのこりは狩人らから逃れようと必死に猥雑な街路を滑り抜け空を駆ける。


雷火拝堂らいかはいどうさん、心の形見えました?」

「おう理生りせい——病室に、痩せ細った女が一人だ。空を睨んでいる」


 雷火拝堂と呼ばれた男の言葉に反応するように、理生と呼ばれた美しい顔貌をした青年の背負う箱に結えられた二面の角灯の開かれていなかった側面が、音を立てて下へ滑り落ちる。

 轟々と音を立てる角灯の炎が龍の形を塵界へ引き摺り出し、棒に紐で肉フックがくくりつけられたなんとも雑な手製の武器を理生が振るう。一度浴びれば塵界の生物として認識される呪いの炎は、龍の姿を照らし続け、そして一撃で骨ごと頭を割られた龍は、きゅり、と一言鳴いてことぎれた。


◇◇◇


 瑞獣戔理生ずいじゅうざんりせいは街路の突き当たりにさびれきってひとっこ一人いない公園を見つけると、適当な高さがあるところどころ錆びた遊具に、肉フックに引っ掛けた龍ごと武器をかけた。まずは逆鱗を剥ぎ取り、その他の鱗も丁寧に取ってゆく。理生も雷火拝堂も、人界の商品引換券きんせんを多分に必要とする身の上ではないがそれでも虚界から分離して人界に生きるには、金があるほうが何かと都合が良く、名前の一部に九頭龍の単語を冠する犯罪都市では鼻薬があるのは便利なものだ。

 一応水は出た公園の水飲み場を使って鱗を洗っている雷火拝堂を理生はちらりと見て「これ、一つ百鬼奴札で売れると思います?」と声をかけると「三十枚単位でなら同じ額であの欲深に引き取ってもらえるだろうな」と答えが帰る。


「ええ? 逆鱗もあるんですよ?」

「逆鱗以外は大した品ではない」

「ちぇ。まあいいです、さっさと解体してご飯にしましょうか」

「おう、まかせておけ。油と衣の用意をしてくれるか?」

「はあ、できますが。唐揚げですか?」

「おうよ。たるたるそーる、だったか? あれで食おう」

「いいですね、油用意しますので解体お願いします」

「まかせろ」


 雷火拝堂の手にした短刀が龍皮を裂き、魚の白身に色が似ている、弾力のある龍肉を部位ごとに骨から取ってゆく。龍の肉は悪くなりにくい、塩茹でにしてその汁に漬けたままであれば三ヶ月は軽く保つ。

 しかしまあ、それを今回はしない。二人の腹が減りすぎているわけではない、ないが、なんとなく贅沢な食べ方をしたい気分なのだ。たまたま前の獲物の油玉からとった油分がまだたらふくあり、そして卵で作ったタルタルソースはそろそろ危なくなる程度には、持ち続けてしまっている。


 醤油に似た味のする体液とよく煮ると、それはそれとして美味い筋は別に取って雷火拝堂は肉をぶつ切りにして衣をつけ、理生が背中から下ろした箱から取り出したキャンプ用のガスバーナーコンロがよく油を熱したことを先に油へ箸を入れて確認してから、ゆっくりと衣の液を纏った肉を入れる。多少の油はね適度で雷火拝堂の、蟲のそれに酷似した分厚い外殻に痛みが走ることはないが、少しびくつくのは元人間、現虫還りの異人ではよくあることだ。


 揚がった狐色の一歩手前を、これまた箱から出された折りたためる台に置かれた紙皿へと次々においてゆき、全て上がるともう一度油へ入れ、からりじゅわりの狐色へと変貌させるために雷火拝堂は箸を操る。


「よしよし、いい色だ。食うか」

「そうですね、シスターのところへはいつ行きます?」

「いつでもよかろう。さて、」

 紙皿いっぱいの唐揚げに手持ちの自家製タルタルソースは夢とロマンがなかなかにある。狩りの最中にと握っておいた塩むすびの包みを二人はそれぞれ懐から取り出すと、地面に座りおむすびは台に置いて、唐揚げへ手を合わせる。


「「いただきます」」


 食感と味が鶏肉に近いという龍肉は好みが分かれづらい食品だと理生は思う。少なくともゲテモノではないのはそれらをあまり受け付けない雷火拝堂が食べ進めるのを見ればなんとなくわかるのだ。それに、匂いに惹かれた乞食が二人の様子を窺っていた。


「虚界あったかもしれないもの、綺界あったもの、人界いまあるもの。それぞれに境があるのは悲しいことですね」

「なんだ急に悟ったようなことを」

「いえ、俺たちの食べ物を狙われるたびに食べられないんですよおと心の中で詫びるのはなかなかに辛く」

「…………気にせねば良いことであろう?」

「ああ、なるほど」


 からりじゅわり。それを味わいながら、理生は今気づいたと声を上げる。雷火拝堂は呆れたように大顎を動かしたが、結局は何も言わずにいた。

 九頭龍の名がつく街は平和ではないが二人はほぼほぼ平和である。その証拠というわけでもないのだけれど、味噌汁が欲しいと呟いた雷火拝堂に、味噌もどきがないですねえと理生は返す。


 夜に近づいてきた夕闇の中、二人はひたすらに箸を動かす。鱗の売れ行きがよければホットサンドメーカーを買おうとか、それより人間体をとる理生の服を夏の物にしろみている方が暑苦しいとか言い合いながら次第に夜は深まって、とぷりと夜が満ちる頃には食事を終えて、二人は公園のベンチにそれぞれ寝転がる。不用心極まりないが、人界の生き物ではない二人は本当の意味で眠ることはないのだ、問題はない。


 そういえば、と理生は声を出す。雷火拝堂がなんだと聞けば明日のご飯になる物何もないけどどうします?と声があり、それは明日考えればいいことだととぼけた青年の声に、落ち着いた老生の声がかぶさった。

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