戦え、マッスル美少女と

 斎藤K子ことポセイドンと名乗った筋肉美少女は、サイドチェストのポージングをとり、自慢の筋肉をアピールしはじめた。ただでさえ二メートルをこす長身のため、圧がものすごいことになっている。


「見てのとおり、ミーはこの筋肉を維持するために、人生を捧げています。その中でも食事には、とてつもなく気をつかっていまして。そうでーす。決まった時間に飯を食えないと、エネルギーが足りなくなって死んでしまうほどシビアなのです」


「じゃあ、飯を食いに帰ったらいいのでは?」


 少なくともポージングなんでしている暇はないはずだ。筋肉をアピールするのに必死になっているせいで、ポセイドンの着用しているジャージが破れてしまう。

 またたく間に伸縮性の高いスポブラとスパッツ姿に変身だ。浜岡が中学生ならば性癖が歪んでいたかもしれない。


「それがですね。最寄りのスーパーマーケットに狙っていた食品がなかったので、ここに戻ってきたのですよ。ぜひとも、その物資変換能力で、ミーのこの発展途上の筋肉が失われないように、協力してもらえませんか?」


 サイドチェストで腕をプルプルさせながらも、ポセイドンは白い歯を見せてニカっと笑った。

 こんなカツアゲはじめてだった。

 さきほど、カロという男に神のような力と揶揄された物質変換能力で食べ物をつくれだなんて。金を全部おいていけと脅されるほうが、気楽なように思えた。


「OH! そうでしたか。ミーとしたことが、何を食べるか口にしていませんでしたね。ミーには、いわゆるチートデイなんて日はありませんので、鶏のササミ肉をつくってもらいたいのでーす。塩ゆでしていただけたら、よりHappyですね」


 浜岡が黙ったままでいると、ポセイドンはアブドミナルアンドサイのポージングをとりはじめる。ポセイドンは斎藤K子と名乗ったが、Kとはバストサイズなのかもしれない。とんでもない巨乳だ。


「知ってますか? 二メートルの大胸筋があれば、人は生身で空を飛べるらしいです。ミーの胸の筋肉程度では、崖の上から飛び降りても、落ちるだけでした。鍛えていたおかげで、擦り傷程度で済んだのですがね」


 おっぱいをプルプル――もとい、胸筋を震わせるものだから、スポブラが目の前でビリビリと破れる。慌てて浜岡は、破れたスポブラを左手に触れさせて、より頑丈なスポブラをつくりだした。


「NO! ウエイト! 新しいブラよりも、いまはササミを――OH! これはこれは、谷間に感じるこの塩ゆでされたものは、間違いないでーす。ササミとセットでスポブラをつくってくれたのですね! Thank you!!」


 ポセイドンは胸の谷間に手を突っ込んで、ササミを取り出して食べていく。

 食事中は、それまでのワイルドさがなりをひそめるようだ。ハムスターがひまわりの種をかじるように、おちょぼ口でガジガジ食べていく。


「ありがとうございまーす。ミーの命の恩人のお名前を教えていただけないでしょうか?」


「浜岡猛だけど」


「なんとーっ! 浜岡博士と同じ苗字なのですね」


「アンタも親父を知ってるのかよ」


 含みをもたせるようにポセイドンはウインクをすると、食べかけのササミを握ったままスクワットをはじめる。

 これが筋トレ動画ならば、教科書に乗ったお手本レベルとコメントが書かれそうな美しいスクワットのせいで、浜岡は自然に心の中でカウントをとっていた。

 スクワットが二〇回をこえたころ、目に見えてポセイドンの筋肉は大きくなっていた。


「いい気分ですよ。この顔面筋群から始まり、アキレス腱に至るまでの三一の筋肉が引き締まり、そして大きくなっていく。この瞬間が実に気持ちがいいんですよ」


 ここまでずっとポセイドンのペースだった。

 ふと、もしかしたらと考えてしまう。

 彼女の能力が、そういった類いのものなのかもしれない。

 食べかけのササミを谷間に片付けるのにも、ツッコミを入れないなんて正常な判断が出来ていないのではないか。

 浜岡は、ようやくポセイドンを敵と認識した。

 左手の大気を殺傷能力十分な小刀に変換するまで、一秒とかからない。


「くらえっ!」


 手を伸ばせば刃物が刺せる距離。相手はスクワット中。

 完璧に、痴女を殺ったと思った。


「危ないですね」


「消えた!? このスピードがポセイドンの能力か?」


「能力などと、ミーの筋肉を侮辱する発言ですね」


 不機嫌をあらわにした声に引き寄せられるように浜岡は振り返る。ポセイドンは浜岡への攻撃ではなく、腹筋をはじめていた。


「今のスピードは能力ではありませんよ。ただ、筋肉を使って避けただけです。あの程度のスピード、鍛えれば誰でも可能な動きじゃないですか。筋肉の鎧さえあれば、日常生活に支障をきたす能力であろうと、封じ込められますから」


「物質変換能力でも封印出来るっていうのかよ?」


「ミーが所属する組織の人間の成功した例をお教えしましょうか? ですが、いまのミーに一撃を入れられる程度のセンスは必要ですので。試すようで申し訳ないのですが、戦ってもらいましょうかね?」


 とか言いながら、腹筋をやめたところで次は腕立て伏せでもはじめるのだろう。と、浜岡はポセイドンを信頼していなかった。

 だが、予想に反してポセイドンは臨戦態勢に入った。

 武闘家のような構えでも、筋肉をアピールするポージングをとるでもなく、アウトボクサーのように軽いフットワークで動き続ける。


「本来、ミーは足を止めての打ち合いが得意なのですが、今回は一撃も入れられる訳にはいきませんのでね」


 崖の上から落ちても筋肉でたいしたことなかったみたいな話もしてくれたな。あの話が本当ならば、インファイトが得意というのも嘘ではなさそうだ。

 刃物での奇襲攻撃が失敗したいま、次にどんな手で一撃を叩き込むべきか。

 イメージしたものを形にする物質変換能力だが、細部までこだわる必要はないと青木との戦闘で学んでいた。必要な要素をいくつか思い浮かべれば、それに適したものがうみだされるのかもしれない。

 でなければ、青木戦でビーム兵器を放てるリボルバーが空気から変換出来たことの説明がつかない。


 とはいえ、ポセイドンに一撃食らわすための何かと頭の中で考えたところで、オートでなにかしらが用意されるというのも考えにくい。そこまで便利なものではないのだけは、短い能力との付き合いで学んでいる。

 せいぜい、あと一歩、あと一手で届くというところまでは、自らの力、それこそ筋肉が頼りだ。筋肉が切り拓いた道を進み、ラストだけ物資変換能力に任せる。そんなイメージで戦うのだ。


 しかし、そこまで接近できたら、できたで別の問題がある。あの筋肉で浜岡自身が漫画のようにふっ飛ばされかねないぞ。リーチもスピードもポセイドンのほうが上だと考ええるべきだ。

 ならば考え方を逆にしろ。一撃を叩き込めるかどうかのチャンスを得るまでの流れで、物質変換能力を使えばいいのだ。お膳立てに能力を使って、トドメは生身で行う。

 それはそれで、ハードルが高く、やり方がわからない。


「どうしたのですか? ミーに一発でもヒットさせればいいんですよ?」


 戦闘中に口を開き、あまつさえ敵の浜岡を心配するような発言をしやがって。簡単なことでしょと言いたげだったので、実際に簡単にポセイドンに攻めこんでみる。

 高い位置に掲げた左手を開くと、すでに変換していた投げやすい石が落ちてくる。右手でキャッチするなり、ポセイドンに投げ捨てる。

 ポセイドンは、大きく見開いた目で飛来する石を観察する。触れても危険がないと一瞬で判断した後、楽々と石を左手でキャッチする。


「浜岡さん、もう少しリラックスしましょう。ミーの筋肉による物質変換能力でも楽しんでくださいな」


 浜岡のさきほどの動きを真似るように、ポセイドンは左手を高い位置に掲げる。そして、開いた手にはなにもなかった。握っていた石すらない。砂に変わっていたのだ。物質変換ではなく、単なる化け物じみた握力によるもの。筋肉によるわざだ。

 効果は薄いと思って行った攻撃だったが、ここまで通用しないのは予想を下回っている。

 ポセイドンの筋肉が、さきほどより堅牢に思えてきた。隙が見つけられず、どんな攻撃も通用する気がしなかった。

 笑って突っ立っているだけなのに、威嚇されているみたいだ。


「う~ん、これは期待外れだったのかもしれませんね。全く動かなくなってきたじゃないですか。いや、動けないのでしょうか?」


 このまま、ポセイドンの次の食事のタイミングまでにらめっこしているのがベストな戦法かもしれない。だが、食事中に隙があったとしても、そこまで時間をかけるのは現実的ではない。

 案の定、ポセイドンが痺れを切らした。

 わざわざ隙をみせて、ここを狙えばいいよと誘導してくる。それに飛びつくような真似はせず、浜岡はぼやく。


「分が悪すぎるよ、この勝負」


 そういうと、浜岡はくるりとポセイドンに背を向ける。


「結局、諦めましたか」


「アンタ、隙がなかった」


「これも日々の鍛錬のたまものですよ。あなたもどうですか? 筋トレ?」


「そうだな、いいかも……」


 浜岡は自らの身体で、ポセイドンの死角をつくった。死角に左手を隠されるのをきらってか、軽やかなステップでポセイドンは正面に回り込む。

 そうしてくれると信じていたから、浜岡はすでにパンチを繰り出している。


「なぁっ!!」


 慌てることなくポセイドンは浜岡の拳を受け止めた。


「甘いです。こんなパンチでミーを……!!」


「物質変換能力が宿った手を掴んでいいのかよ?」


 ようやくポセイドンのニヤつき以外の表情が拝めた。


「NO! ウエイト!」


 浜岡は自らの身体の怪我を左手で治した。ならば、このままイメージするだけでポセイドンの手を別のものに変換することも――

 ポセイドンは慌てて手を離す。

 SF映画で、宇宙船に穴が空いて空気が吸い込まれるように、浜岡の閉じた左手に空気が集まる。そして、次の瞬間には左手の中におさまらないものをつくったことで、左手は大きく開いていく。


 戦闘中に浜岡が無意識で作り出したものは、一冊の大学ノートだった。

 鳥の羽ばたきのようにページがめくれる。ノートに挟んでいた紙もあったようで、それらは、そのまま空高く飛んでいった。

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