第7話 回想(4)~街に出かける~

「お待たせ。古いものだから倉庫のどこにあるのか思い出せなくて、探すのに手間取っちゃったよ」


 ユーグが服を抱えて戻って来た。


 ユーグがいない間、シアンが『博士』のことを語る独演会になっていた。


 話をまとめると、シアンが博士と出会ったのは『研究所』と言われる施設の中。彼は物心ついた頃からそこにいて実験素材として扱われていたらしい。トラウマも関わることなので、そこでどういう仕打ちを受けたかを彼自身あまりうまく語れないみたいだが、ひどい扱いだったことは間違いない。

 

 博士はそれを抗議したが、シアンを『所有』している研究者は取り合わなかった。そこからどうやって博士が彼を救い出したかの話に入るところで、ユーグが帰ってきて中断された。


「はい、これ」


 そう言ってユーグが渡した服は、白の長袖ワイシャツとポケットのいっぱいついたカーキー色のワークパンツであった。


「あのカーテンの向こうで着替えるといいよ」


 そう言われたので私はそこに引っ込んで着替える。

 服を受け取ったときは若干サイズが大きいように見えたが、身に着けてみるとぴったりだった。身に着ける者に自動的にサイズを合わせる魔法が施されているとの話だからね。


「うんうん、似合うね」


 出てきた私を見てユーグはそう言った。


 シアンは何も言わずじっとこっちを見つめている。


「じゃあ、今からリンデンさんのところにあいさつに行ってくれるかい? シアンを同行させるからさ」


 いきなりですか?


 疑問形で話しているけど、断りにくい言い方だ、これ。いずれあいさつに行かなきゃならない人っぽいし、疲れてないから別にいいけど。


「前もって連絡しておくよ。彼は今は魔道具店にいるはずだから」


「ここから遠いのですか?」


 私は質問した。


「すぐだよ」


 ユーグは心配しないでと言う表情で答える。


「まあ、俺がミヤを抱えてここまで来たのと同じくらいの距離だからな」


 シアンがつぶやく。


「それってめちゃくちゃ距離ありませんか?」


 少なくとも『すぐ』と言える距離じゃない!

 シアンのように体力があって歩くの慣れている人と一緒にされては困る。


「大丈夫、すぐすぐ! ポータルを使うからさ」


 ユーグが言う。


「ポータル?」


「瞬間移動するための魔法陣のある所ってことかな。ここから城壁近くのポータルに二人を飛ばすね。そこから彼の魔道具店はすぐさ。組合支部も近くにあるから、ついでにそこにも顔を出しておいて」


「はあ……?」


 魔法のある物語は読んだことあるし、瞬間移動もそれで知っている。


「俺一人だったら歩いて行けっていうくせに」


 私がぽかんとしているとシアンがぼやくようにユーグに言う。


「だって彼女の靴歩きにくそうだろ」


 ユーグは答えた。


 そういえばサンダルだった。


「服はあったけど靴は用意できなかったから、それも含めてリンデンさんの店で必要なものをそろえてくるといいよ。じゃあ、送るね」


 ユーグがそういうと、シアンが私の手をつかみ、私たちは一瞬何か体が浮かんで漂うような空間に投げ出されたかと思うと、すぐさま、石畳の街中に出現させられた。


「び、びっくりしたっ!」


 瞬間移動初体験!


 神もそうだったけど、どうして、言ったそばからすぐ人を飛ばすの?


 心の準備ってものがあるでしょ!


「初めてか? 異空間酔いしなかっただけ上等だな」


 もしかして心配して手を握っていてくれたのだろうか?


「次の人が移動してくるかもしれない、早く魔法陣から出て」


 いや、初めてでもたつくであろう私が他の人に迷惑かけないためだな。


 シアンは私の手を引っ張り、円の外へ出た。

 魔法陣は城門の脇のところにあり、そこだけ屋根が設置され、駅前でよく見かけるバス停に少し似ていた。


「今のは街の中のあちこちに設置されているポータルだよ。普通はポータルからポータルに移動するものだけど、ユーグの魔法能力はでたらめにすごいから、何もないところからポータルに移動させることもできるんだ」


 いわゆる公共のポータルってやつか。

 でもそうだとしたら、ユーグのやっていることって、駅やバス停のないところから勝手に乗り物に乗って移動するがごとしなのかな?


 改めて周囲を見回してみた。


 城門では外から入ってくる人々を門番らしき人がチェックしていた。 

 石畳の道の向こう側には木の柱がむき出しになった中世ヨーロッパ風の建物が並んでいる。


 ポータルを出て左にシアンは進み、私もそれについていった。 


「よく行くのは『ライシュレッカー』、ここは肉料理が美味い」


 城門前にいくつかある建物はみな食事処らしい。シアンが赤い壁の木組みの家を指さして言う。

 

「その横は夜しかやっていない女たちが常駐している飲み屋、俺は酒が飲めないので入ったことがない。さらにその横の『ガルネーネ』はエビ料理が美味い」


 歩きながら店々を説明してくれるシアン。


 ゆるくカーブを描いた城壁沿いの道を少し進むと最初の三叉路。その角に白い壁がひときわまぶしいダンジョン組合の支部がある。


 そこを右に曲がって入っていくと、数軒先にひときわこじんまりした建物があり、そこがリンデンの魔道具店であった。



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