第六章 口寄・幽霊・夜半

第三十六話 氷塊

「おなかすいたぜぇ。ユズルは起きねぇし、つまんねーんだよ」


朝の八時。

またもや、彼女のぼやく声で目が覚めた。


「しょうがないだろ。…まだ陰陽連に突き出されていないだけマシだと思って」

「若造がうるせぇなぁ〜。暇なもんは暇だ。なんか付き合え」


『甲斐田まりん』

近衛によって皮を剥がされており、現在九条家に隔離されている。

あれからずっと眠っているユズルという子に、新幹線の中でとんでもない腹パンを食らったらしい。三日は布団の上で唸っていた。



「あ…、雲がウンコみてぇな形してる」

「お下品ッッ!!!」


廊下に寝転がる彼女。とんでもない無法者だけど、一応この家に閉じ込められている間は大人しい。

どうやっても出れないって分かってからは、暇つぶしに他人の家の冷蔵庫を物色している。もちろん頭をチョップした。


「…オマエ、名前なんだっけ」

「チヨタロウ。野々瀬千代太郎」

「そうだそうだ。チヨタロウ、今更だから言うけどよぉ。お前の無象式、近衛が死ぬほど欲しがってたぜ。ウチは知らんけど、さぞかし将来有望な祓い屋なんだろうな」

「…バカだな。僕が末代だから、仕方が無く僕を追ってるだけだ」


机に置かれたご飯を見つける。

自分の腹がぐるぐる鳴っているのに気づき、マリンを呼んで食卓に座る。

…オムライスなんて、食べるの五年ぶりだ。


「チヨ〜、なんか面白い話聞かせろよ。暇だから」

「なんだよ面白い話って。…どうせ近衛への土産話にするんだろ」

「はぁ〜?なに言ってんだぁ。ウチと近衛の契約は、九条の坊がブチ切ったんだぜ。…今更会えても、次は敵同士だ」

「敵?なんでそんな急に…」

「失敗したからに決まってんだろぉ。仕事を遂行出来なかった愚図が、アイツは一番嫌いだから」


そう吐き捨てたマリンは、まるで他人事みたいに平気な顔をしていた。

きっと、僕も今はそんな顔をしているんだなと思って、紛らわすみたいにお茶を飲んだ。


「…僕こそ、愚図以外の何者でも無い。仕事を遂行できなかっただけじゃない。罪もない子供の心を、これほどにない傷つけ方をしてしまった」

「二戸部零のことかぁ?」

「そうだよ。お前らが殺そうとしていた、中学生の男の子」

「だからなんだ。いくら若かろうが有望だろうが、誰だって平等だぜ。仕事だからよぉ」

「…あっそ」


マリンはオムライスにスプーンを入れた。

僕もむしゃくしゃしてオムライスを口に運んだ。

冷たいけど、ケチャップの味が濃くて美味しい。あの傷だらけの腕で作ってもらったと思うと、罪悪感がつのった。


「九条さん、起こしてくれたらいろいろ手伝ったのに…」

「アイツ、「まだ全快じゃないから、眠ってもらわなきゃ困る」って言ってたぜぇ。それに、ユズルが引っ掻きまくった傷も、顔以外ほとんど治ってた。ヤバいぜアイツはよぉ」

「うっそだぁ…!?」


スプーンを落としそうになる。

…あんなの、一生物の傷になるひどい怪我だった。

普通、あの子くらいの年齢ならトラウマになったっておかしくないのに。



「…強いな、あの人は」

「当たり前だ。近衛の分身みたいなヤツが、普通なわけない」

「…そういうんじゃなくて」

「はぁ?」


少しの沈黙の後。

僕はなんだか踏ん切りがついた気持ちになった。




「…やっぱり話す。せめて、ユズルくんが起きる前に…」

「…気分が変わったんだな」

「すこし、気持ちを整理したい」

「あそ」


マリンが僕の顔を見ずに、そう言った。

僕は誰に相談するでもなく、独り言のようにあの日を思い出した。

僕がたまたま、触り神の祓任務で大阪へ行った日のこと。



「…僕、最初から分かってたんだ。レイさんの言うアケビちゃんが…、すでに亡くなっていたこと」










『レイを助けて』


新幹線で、女の子の声が聞こえた。

辺りを見渡したけど、僕に話しかけるような人は一人も居なかった。


気のせいと思ったけど、その声があんまりにも切実だった気がして。


「…すみません、鴨川さん。隣の車両少し見てきます」

「またいつもの、変な勘ですか?」

「いつもってわけじゃないでしょ!…僕が1時間で戻ってこられなかったら、先に愛知のホームで降りて本部へ言ってください」

「了解です。連絡はきちんと入れてくださいね」

「はーい」


…あの時、なんで僕が座席から近い車両ではなく、後続車両の方へ敢えて行こうとしたのか。

いまいち覚えてはいない。



ポニーテールの女の子。

まったく血の気のない顔で、ずっと僕を見ている。


…そんなような気がしたから。




「…え」


恐怖と驚きでとにかく勢いよく扉を開けると、そこには異常な光景が映った。



全客員が眠っている。

各々のぐーぐーとした寝息が、車内を蹂躙している。



「どうなってんの…!?」


僕があたふたしていると、ある席の一部からうなるような声が聞こえた。

おそるおそる近づくと、声の主であるだろう髪の長い女の子が、苦しそうに手足をじたばたとさせていた。

こんな暑い夏に、信じられない厚着をした子だった。


肩を叩いて起こそうとした。


「いっ」


手に鋭い痛みが、針のように走った。


その痛みが「冷たさ」だと理解する間もなく、同時に、自分の視界が赤色に染まる不思議な感覚に陥った。


本能で理解した。

僕は一時的に二離結界に足を踏み入れてしまったと。


「…さ、さむっ」


手と口がガチガチ震えた。

凍える空間で、なりふり構わず無象式を開いた。

そこに触り神がいると確信して、もはや手元さえ見ずに「それ」を閉じ込めた。


「お前は僕が捕まえた!!!!」


強行突破だったけど、とりあえず結界から出られたのをしっかり認識する。

松の触り神が、無象式の中に刻まれているのを確認して、肩の力がゆるゆる抜けていくのを感じた。



そうやって安堵するのも束の間。

目の前には見知らぬ男の子が立ちすくんでいた。


…彼が、さっきの長髪の女の子と理解するのに時間はかからなかった。



直感とは名ばかりだけど、その子が皮を剥がされているんじゃないかって勝手に思った。

人見知りをいつまで経っても克服できない僕だったけど、この時ばっかりは思い切って色々聞いた。


「なにか最近変なこと無かった?銀髪の変な女の人に恐喝されたとか…」


結局僕の考察は全部合っていて、今の状況が自分の思っているよりも最悪に近いことを知った。

だからか、僕は彼に安心してもらいたくて、中身のない元気づけばかりした。

彼がいたずらにでも、僕に頼る素振りをしてくれたのが嬉しかった。

…変におにいさんぶった。別にそんなたちじゃないくせに。



「アケビに会いたい…」

「…友達…?」



じとっと。

猛烈に自分が冷や汗をかくのを感じた。

あんまりにも、嫌な憶測だったから。


「おにいさん、ありがとう!」

「どういたしましてぇ」


ポニーテールとか、同い年とか。

癖毛の女の子だったって聞いてから、さらに不安が募った。



……今もずっと僕らに着いて来ている、彼女のことだったらどうしよう。

もしそうだったら…。


「駄目だレイさん。行こう」

「なんで!!!だって、アケビのこと分かるかもしれない」

「こんな胡散臭い人に構っていられない」

「…っ」


恐ろしかった。

もし、遊園地のおばあさんに、アケビちゃんのことを告げられたら、彼はきっと。



「あっ、待って!!!!」


廃遊園地へと勝手に向かってしまった彼を引き止める足が重かった。

僕は希望を彼に、持たせ続けてしまった張本人と、やっと自覚した。




「ここにおった触り神様の「残り気」を借りるとな、よ〜く見えるんじゃ。生きてるもんも、死んどるもんも」

「だから遊園地に…?」

「そうじゃ。金はとらんから、安心しな。除霊せな、ちと危険な状態だから呼んだんじゃ」

「除霊って…、幽霊がついてる、って、こと?」

「そうじゃそうじゃ。なんだお前さん、祓い屋連中を引き連れていたのに、忠告されんかったんかいな」

「…知らない、そんなの」



「くせっ毛の一つ結びの女の子じゃ。お前さんと同い年くらいの」







あの時のことは、断片的にしか思い出せない。





「…なんで、なんで…?」

「…レイ、…さんっ」


「おにいさん、分かってたの?アケビが幽霊なこと」

「…確証が、もて、なかった。このまま、じゃ、レイさんが、こわれて…しまうって」

「とっくに壊れてるよ!!!!騙したなっ、あんな希望を持たせることばっかり言いやがって!!!!」

「…レイ、さん」



冷たい氷に覆われて、意識が朦朧とした。

彼の怒号と、悲しみと恨みで、それはどんどん冷たさを増していった。


「嘘つき…!!!僕は、おにいさんだから信じたのにっ」

「ごめん、なさい」


僕は、少年の心をぐちゃぐちゃにしてしまったのだ。

彼は僕のことを、こんなに信頼をしてくれていたのに。

僕だって頼りになる存在で居たかったのに。


…そんな生半可な気持ちで、彼を裏切った。

レイさんの一筋の望みを、粉々に砕いた。


「…おばさん言ってた。…アケビは、悪霊になっちゃうかもしれないって」

「…っ」

「死体を…っ、ひど、いっことに、使われてるからぁ…、いっぱい悲しんでるって!!!!!」


涙が結晶になって、凍った地面にコツコツ落ちた。

僕は手を伸ばそうとして、それを彼に跳ね除けられた。


「おにぃさんなんか…っ、だいっきらい!!!!」







吐き捨てたその声を最後に、彼は何処かへ走り去って行ってしまった。

僕は力を振り絞って身体を起こそうとしたけど、氷の塊は僕の心臓を冷やしていくばっかりだった。


段々、死に近づくのが分かった。


…アケビちゃんは、一体どんな風に手をかけられてしまったのだろうか。

きっと、怖くて、痛くて、想像を絶する恐怖にさらされたに違いない。


アイツの手によって。


「ごめんな、さ、い」


罪悪感のまま、地面に伏す。

なにもかも手放して楽になろうとした。

けど、それを許す人は当然いなかった。



「まだ死なせねぇぞ!!!!まんまとガキンチョに逃げられてんじゃねぇ!!!最後までちゃんと責任果たすんだよ!」


僕は、その言葉でギリギリ留まった。

彼の「おにいさん」で居るために、留まったのだ。



第三十六話 氷塊

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