183

Nora_

01

 夏が終わったと思ったら冬がきた。

 夏の次は秋だろとツッコまれるだろうが寒がりにとっては似たようなもんだ。

 まあ、本格的に冬になったらずっと引きこもっていたくなるぐらいの酷さに変わるわけだから違うんだが。


修也しゅうやおはよう!」


 友達の平良杏花たいらきょうかが挨拶をしてきたから返しておいた。

 現在は高校二年生だが去年の夏頃から話すようになっていまでも一緒にいられている。

 髪は短めでもそれでも男子よりは長いから彼女が元気よく動く度にふわふわしていて目で追ってしまうときがあった。

 意識しているわけではないんだろうがそのときばかりは猫みたいになってしまうから気を付けてもらいたいと完全に自分が悪いのを棚にあげて俺はそう思う。


「今日は早いな」

「修也こそ早いじゃん、秋でも『冬みたいに寒い、学校にいきたくない……』とか言っていたくせにさ」

「二度寝をしようとしたんだけどできなかったんだ」


 家から高校までそう距離も離れていないことが救いだった、あとは流石に外よりも人の多さで教室の方が温かいのも大きい。

 ここまで冷たかったとしたらどうなっていたことか……って、それでも我慢をして通うしかないよなと片付ける。


「じゃ、いってきます」

「おう」


 どこにいっているのかは教えないくせにいってくることは言ってくるから正直なにも言わなければいいのにという気持ちになるのは確かだ。

 若い女子なら化粧をするためにトイレにこもるとかか? それよりも気になる男子のところにいって頑張っているとかかもしれない。

 俺にとっては非現実的なことでも他の人にとっては恋をすることなんて当たり前のことなんだからそうであっても問題がないどころかいい話でしかないが。

 だってそういう人を見つけられたってことだろ? そういうことに関しても頑張っていたら親だっていちいち言わなくて済むんだからありがたいわな。

 結局平良はぎりぎりまで戻ってこなかった。

 それと朝のあの時間以外は友達を優先するから休み時間なんかも暇だった。

 午前の授業を全て終え、比較的自由な感じがする昼休みにはどんな季節でも絶対に外に出る。

 寒いとか言っているくせに馬鹿だがそれだけの価値があるんだ。


「お、今日もいるな」


 それこそ去年の夏頃、ただただ歩いていたら偶然見つけた猫だったがたまたまではなくてこの時間ここでいつも休んでいることを知った。

 餌とかは無暗にあげればいいわけではないから適度な距離感を保ちつつここで猫を見つつの食事となっている。

 あとあの猫も気になっているのかそうではないのかはわからないが相棒の猫と一緒にいるからいつも仲良しだった。


「お、今日もいるな」

「真似しないでくださいよ」


 入谷久喜いりたにひさき先輩だ。

 この人も同じで餌をあげているわけでもないのにやたらと懐かれているから羨ましくなる。

 だから意味もないがライバル視しているものの、全く相手にされていないというのが現実だった。

 就職活動組でもう終わったみたいなので猫に触れて癒されたいらしい。


「いやいや、たまたま被っただけだ。それにグレンとアヤラに対して言っているだけだ」

「そうですか、二匹は相変わらず仲良しみたいですよ」

「そうか、それならよかった」


 俺にとっては目の前で自由にやられるわけだからいいことばかりではないが。

 それでもここで離れたら負ける気がするから離れることはしないでいた。


「あ、そうそう、平良のことだけどなんか壁に向かって一人でぶつぶつ話しているところを見たぞ」

「たまにあるんですよ、あれをするとすっきりするそうなんです」


 その後の調子がわかりやすく上がるということならどんどんやった方がいい。


「んーだけど怪しくないか? やるにしても放課後に一人のときにやるべきだと思うぞ」

「放課後は放課後で遊びたいタイプですからね、それまでになんとかしておかなければいけないときもあるんでしょう」


 初めてしているところを見たときは固まってしまったぐらいだがまあ……他の人からの評価はそこだけで決まるわけではないから気にする必要もないだろう。

 気になるなら抑えるとかいま先輩が言ったように誰もいないところでだけやればいいんだ。

 というか、やっぱり狙いは目の前の先輩……かどうかはわからないが年上なのかもしれない。


「入谷先輩はなにかそこのところ知りませんか?」

「俺のクラスには全然来ないからな――はっ、もしかしたら人間に興味を持てなくてグレンとアヤラを自由に!?」


 せめて声量に合わせて表情も変えてもらいたいところだ。


「それでも健全でいいですけどね、餌とかはやるべきではありませんが」

「取られても三上みかみは『いいことですからね』とか言って終わらせそうだな」

「いや、逆にそれ以外でなにか言えます?」

「はあ~若いのがこんなのでいいのかね」

「いいんですよ」


 たとえ好きでも邪魔にならないようにするのが常識だろう。

 なんでも吐けばいいわけではない、考えたことを全て吐いていたら確実に後の自分に悪い影響を与える。

 自分のせいでやりづらくなることが一番避けたいことだから誰かと付き合い始めたらおめでとうとだけ言っておけばいいんだ。


「お、いくのか、またな。さてと、俺らも戻るか」

「ですね、午後の授業がありますからね」


 あの二匹が離れると寒さに関するそれもいつも通りに戻って元々長くいられないのもあった。

 あとこの人の中には二匹のことしかない……ようなそうではないようなという曖昧な状態のため、もう少しぐらいは関係がよくならないと落ち着いていられないのもあった。




「ありえないありえないありえないありえない」


 グレンだけいるとは珍しい、俺の足に頭をぶつけてきているところもそうだ。

 側でぶつぶつ吐いている彼女がいてもそうだからやっと懐いてくれた……わけではないだろうがまあ悪くない時間だ。


「なにがありえないんだ?」

「よく聞いてくれたよっ、それは――アヤラもきた!」


 この名前、先輩が名付けただけなのになんかもうそれで通っているから面白い。


「でも、アヤラが来るとグレンはそっちにばっかり集中するから寂しいかな」

「人も同じだろ」

「そりゃそうだけどさーあ、さっきありえないって言ったのは友達に関することなんだけどさ」

「珍しいな」


 よく言うことはあっても悪く言うことは全くないから聞いていいのか気になる。

 だが、ここで我慢をさせるといつか大爆発して他の人の前でも言ってしまいそうだから聞いておいた方がいいか。


「だってね、ありえないぐらい可愛いの!」

「そういう話か、そういう人もたまにいるよな」

「うん、それでどうすればあなたみたいになれるって聞いてみたんだけど……わからないって言われたの」

「まあ、そうだろうな」


 〇〇したからこうなれたなんて言える人は少ないだろう。

 ただ自信満々に語る人がいても面白いのかもしれない、そもそも聞いて答えてくれるならそのこと自体がありがたい。


「可愛いのはいいけど隠そうとするのはずるいと思わない?」

「ならなんでその見た目になったのか聞かれて平良は答えることができるのか?」

「できるよっ、だって毎日意識して頑張っていたからねっ。ただ修也には聞かれていないし興味もないだろうから言わないけど!」

「なら教えてくれ、少しでも平良みたいになりたい」

「うぇっ」


 可愛くはなれないが参考になることもあるだろう。

 男でも色々と対策していかないといけないことは確かだからな。


「はは、そうなるだろ、だからずるいとか思わないでやってくれよ」

「む、可愛い子だから気に入られたいってところだね?」

「対象がいないのにそのつもりで動いても意味がないだろ? 少し落ち着け」

「あははっ、はーい!」


 今更な話ではあるが放課後にもここにグレン達は来ていたのか。

 他にも誰か接触している人がいるのか先輩と会いたいから来ているのか、細かいところはわからないがあんまり人を信用しすぎるのも駄目だぞと言いたくなる。


「さってと、今日はこのまま修也と帰ろうかな」

「おう」

「寄り道していかない? 平良家にいい物があるんだ」

「それなら上がらせてもらうよ、グレンじゃあな」


 と挨拶をして別れたはずだったのだが。


「あれ、付いてくるね?」

「ああ、本当に珍しい状態だ」


 俺達と一緒に来たってアヤラに会える可能性は低い、ただただ時間の無駄になるだけなのに今日はどうしたのだろうか。


「ふふふ、このまま連れていっちゃおー」

「意地悪をしてやるな」


 たまたまいきたい方向が同じだっただけよな。

 だからじろじろ見てもあれだから一応意識しないで歩いていたが平良の家に着いたときにわざわざ目の前に現れたから驚いた。


「私の家はペット禁止じゃないから入れちゃおー」

「まあ……ここまで付いてきたうえに離れないで平良を見つめているからいいんじゃないか」


 猫も異性を求めているのかもしれなかった。

 アヤラがいないから代わりの女子を、なんてそんな昔の俺ではないんだからありえないか。

 あ、一応言っておくと異性に相手をされないからといって別にメス猫を求めていたわけではないが……。


「はい、今日からここがグレンの家だよ~」

「ん? グレンどうした?」


 鳴かずになにかを期待するかのような目で見られてもどうしようもない。

 すぐに応えられなくてもやめることもなく人と同じように立ち上がって見つめてきている。


「修也に抱っこしてほしいとか?」

「触るぞ?」


 触れても暴れたりはせずに落ち着いてくれていた。


「んー落ち着いているね」

「元々グレンは大人しいからな、アヤラの方が元気いっぱいだ」


 多分遊んでいるだけだろうがよくアヤラに襲われている、そのときに先輩がいれば先輩の後ろに隠れるぐらいだった。

 

「ほうほう、グレンとアヤラってそう考えると修也と私みたいじゃない?」

「平良が元気いっぱいなのはそうだな」


 アヤラみたいに肉食獣になっても襲うのは俺ではなくて他の男子だ。

 それでも真面目に仲を深めた結果ならやはりおめでとうと言うしかない。

 そのときに悔しいとかって気持ちにはならない自信しかなかった。


「私ね、たまに食べたくなるときがあるんだ」

「肉の話だよな、俺も好きだぞ肉は。金持ちになったら変わるかもしれないがいまはとにかく質より量だ」

「わかるっ、いっぱい食べたい!」


 野郎にくっついているよりも女子にくっついていた方がいいだろうからグレンは任せてトイレを借りてから帰ることにした。

 長居はなあ……簡単に上がっておいて説得力はないとしてもできるだけ避けるようにはしているんだ、平良的には無問題でも相手の男子からどう見えるのかはわからないから。

 だって朝に最近始まったことではなくてずっとどこかにいっているわけだから全くいないということもないだろうしな。


「お、こんな偶然もあるんだな」

「平良の家の近くですけど平良に用でもあったんですか?」

「いや俺はグレンを探しているんだ、アヤラが困っていたみたいなんでな」


 いつもいる場所も探したうえで見つからなかったら心配になるか……って、猫の表情なんて全く変わらないからあくまで妄想にすぎないか。


「あ、グレンなら平良の家にいますよ」

「ん? まさか連れていったのか?」

「いや、何故か今日は付いてきたんです、平良のことを気に入っているのかもしれませんね」

「ほう……三上の家は飼うことはできないのか?」

「問題はありませんがそういうのは中途半端ではいけませんからね」


 今回も挨拶をして別れることができなかった。

 今日は付いてこられる日のようだ。

 先程なら平良がいたからと理由がわかってよかったものの、今回は俺だけしかいないから不気味でしかない。

 男の俺でもこう感じるぐらいだ、だから全く知らない人でも多少知っている人でも女の人からすれば追われたら怖いことがわかる。


「なにが目的なんですか」

「いやまあなに、昼休みぐらいにしか一緒にいられない後輩と一緒に過ごそうと思ってな」

「なんでそこで平良にってならないんです?」

「三上、どれだけ平良のことが好きなんだ?」


 平良平良平良、確かに俺でも相手がこんなに異性の名字ばかり出していたらツッコミたくなることではあるか。


「だって昼休みに会える存在なら平良だって同じじゃないですか」

「いや、平良と過ごせたこととかほとんどないぞ」


 まだ仲良くしているのが先輩であってくれた方がよかった。

 頼まれてもいない内はなにかするつもりもないが全く知らないといざ頼まれたときに役に立てない可能性の方が高くなるからだ。


「あと俺はな、アヤラが大好きなんだ、だからなんでも言うことを聞きたくなる。そしていまもこうして――ほら、アヤラがいるんだ」


 狭いバッグの中で窮屈そうにしているかと思えばやたらと寛いでいる感じのアヤラがいた。

 だがそれなら余計に平良の家にいってグレンと会わせてやるべきだっただろう。

 この先輩はどこかズレている、違うときなら自分のしたいようにすればいいがアヤラのために行動しているときに変えるべきではない。


「グレンはライバルだな」

「猫に嫉妬するのはやめてくださいね」

「そんな情けないところは見せないぞ」


 冗談を本気に捉える人も出てくるかもしれないから気を付けてもらうしかなかった。

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