Game Master

色街アゲハ

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 様々な紆余曲折を経て、遂に最良の結末に辿り着いた冒険者一行。


 それから、幾許かの時が過ぎ、彼ら全員がその生を終えた後、思いがけず再会を果たす事となった。

 四方を白い壁で囲まれた広い部屋。彼ら全員が収まって尚余りある空間を有したこの場所は、その先の、生を終えた魂達の安らぐ世界へと続く前段階、自らの生前の行動を振り返り、これぞ我が人生、これこそが我らが生涯、と心の底より納得し、自らの生の終焉を受け入れる為の仮初の空間。説明されずとも何故か彼ら全員がこの状況を受け入れていた。

 

 再会を喜び合い、思い出話に華を咲かせる一行。その会話は、最後には彼等の歩んだ軌跡の反省会の様な態を為して行った。

 

 彼等の周りに浮かぶ様々な形態の、眩い光を放つ立方体。それ等は、旅の最中に彼等の取った行動の一つ一つの、さながらパズルのピースとして結実した物だった。あれやこれやと相談しながら、彼等はそれ等を組み合わせて行き、そう云った欠片の一つ一つが如何にその後の結果に寄与したか、時には思いもよらぬ行動が、実は非常に重要な意味を担っていた事を知り、今更ながら驚きの声を上げていた。


 そしてパズルは組み合わされて行き、遂に彼等が生前至った最良と言える結末の絵図が出来上がる。その絶妙と言える配置に彼等は感嘆の声を洩らし、自分達の歩んで来た軌跡が、どれ程の奇跡的とも言える幸運に依って為された物であるかを改めて思い知らされる形となり、今更ながらにその綱渡り的な道筋に恐れを為して身震いせずにいられなかった。

 

 そうして完成されたパズルを余所に、どういう訳か余ったピースが数点ばかり、所在無さげに部屋の隅に浮いていた。それ等は、一見した所、特に意味のある様に思えない中途半端な記憶の残渣であり、当事者である彼等もそう思い、不要な物として捨て置くがまま、パズルの完成を宣言しようと口を開き掛けたその瞬間だった。


 そこにそれまで口を噤んで眺めていただけの自分が声を掛けた。驚きの表情で此方に顔を向ける冒険者一行。驚いたのは自分も同じ。まさか声が届くとは思っていなかっただけに、その驚きはより一層。

 

 自分が場違いな存在である事は承知していた。朧げな記憶ではあるが、偶さかこの自分とは全く縁のないこの場所に不意に投げ出された格好の、存在しているのかそれすら怪しい、謂わば夢の様な存在であるこの自分。それでも、理由は分からないが、何故だか嫌な予感がして、思わず声を掛けずにいられなかった。本来であれば、部外者であり、発言はおろか、この場に居る事すら許されない筈なのだが、このまま放置していたら、間違いなく不味い事態になると。


 当然反発を受けた。何処の誰とも知れない者から出し抜けに横合いから嘴を突っ込まれるのだ。怒りを覚えて当然であり、本来ならこのまま素直に引き下がるべきだが、先程から感じる嫌な予感は薄れるどころか、増々強くなる一方で、何とか彼等を納得させるだけの理屈をでっち上げねばならない、それも今直ぐに。


 幸いにも、考えるより口を動かす事は得意なので、先ずは何より口を開いて成り行き任せに言葉を紡ぎ出す。


 この場合、一見無駄に見える様な物であっても、安易にそう決め付けて捨ててしまうべきではない。もしかしたら、その無駄に思える何かが、思いも掛けず重要な事柄に繋がって、決定的な要因を為す為の切っ掛けに繋がるのかも知れないのだから、と。特にこの様な、複雑極まる絵図を完成させるに当たり、ほんの些細な欠如が忽ち全体の崩壊に繋がる事が予想される以上、安易に処分するのは極めて危険な行為であると言わざるを得ない。


 と云う意味の事を、身振り手振りも大仰に滔々と述べ立てたのであったが、予想通り、彼等の怒りが収まる訳も無く、終いにはお前自身がそれを証明してみせろ、とまで言われる始末。


 どうした物か、と黙りこくってしまった私に業を煮やしたのか、彼等は矢庭に私に摑み掛かり、担ぎ上げると、件の欠片の一つに放り投げたのであった。


 一瞬の暗転の後、目の前に開けた光景は、彼等の、未だ現世に居た頃の、旅の途中で一時の休息を取る為に燈した火の照らし出す、周りを囲み、揺れる炎を見詰めながら言葉少なに、これまでの事、これからの事、各々の抱える想い、そう云った事柄を語り合う彼等の姿。


 自分がその輪に紛れ込んでも気に留める者は無く、それ所か認識すらされていない。それを良い事に彼等と共に座り込み、火を見詰め、半ばぼんやりとした意識で彼等の会話に耳を傾けるのだった。


 聞いていて思ったのは、人の身には過ぎたる偉業を為しとげた彼等であってさえも人並みに、いや、その抱える問題の大きさ故に、目の前の不安、恐れを抱えていた事。脅威を前にして、今一歩踏み出す事への躊躇いの気持ちを隠し切れず、揺らめく炎の背後に長く伸びて揺れる影の如く、いや増しに増し、もうこれ以上先に進みたくない、と泣きだす者が居たとしても、それは無理からぬ話であった。むしろ、彼等が皆大なり小なり抱えていた心情を吐露した事に感謝こそすれ、それを咎め立てする者はこの場に居なかったのである。


 一頻り吐き出した後、誰もが押し黙り、言い様の無い沈黙が流れた後、不意に誰かが嫌に明るい声で言いだした。


 このまま何処かに逃げて、隠れて暮らそうよ。


 すると、堰を切った様に、皆が逃げ出した後の暮らしの計画を語り出し、実は自分は~になりたかった、それを言うなら私も、と、今の状況に置かれなければそれぞれがなっていただろう平凡な仕事、ごく平穏な暮らし、何も起きないが温かく安らぎに満ちた生活の事などを、心の底から楽しそうに語り合うのだった。そして彼等は晴れやかな表情で誓い合う、この旅が終わったら、今度こそ誰に遠慮する事無く、たった今語り合った穏やかではあるが得難い夢を取り戻そうと。


 欠片の光景は、其処で終わっていた。自分は元の場所に戻ってきており、周りには欠片の光景を見て感極まって涙する一行の姿が在った。彼等は口々に自分達が間違っていた、こんな大事な物を捨ててしまおうだなんてどうかしていた、と。どうか今までの非礼を許して欲しい、嗚咽交じりにそう言うのだった。

 こうして、自分から何をする迄もなく、彼等の追及を逃れる事が出来、後は何の憂いも無くこの場を去るだけ。全てのピースを使った絵図を完成させた一行は、既にこの場を去り、その魂の安らぎを得るべく彼方の世界へと旅立って行った。もうこれ以上この場に留まる理由は無い筈だ。なのに、夢に依る物か、生き身のまま此処を訪れたのか、それは定かではないが、妙に冴えた思考がこのまま此処を去る事を拒んでいた。


 まだ終わってはいない。本当に相対すべき存在がまだ残っている。あの一行の始め完成させたパズルは、組み上げられた物だった。先程私の覗いたピースの様な、彼等の心境の変化を記録した何気無い一コマ、そう云った物は除かれていた。

 それも無理のない話で、原因と結果、後になって過程を組み上げて行こうとすると、どうしてもそうなってしまいがちだ。まさか、あの火を囲んで交わした一見他愛ない会話が、その後の行動を大きく左右する事になるとは、彼ら自身が思いもしなかった様に。

 特に、こんなパズル形式で過去の行動を振り返る形を取られた場合には特に。

 もし、あのままあのピースを省いたままで出来上がった絵図を彼等が完成したものと見做し、そう宣言してしまったなら……、その瞬間、あの会話は無かった物とされ、彼等は不安や不満、心に傷を負ったまま旅を続ける、と云う結果にすり替わる事になるだろう。それでも、消えたピースが一つ位ならまだそれ程の影響は出なかっただろう。しかし、一行が余分と見做した欠片は、抱える程残っていたのだ。それら全てが無かった物とされた時、絵図を構成する行動の大部分が塗り替えられ、それらは失敗した行動のそれとなり、積もり積もって最終的に至った筈の結末に辿り着く事無く、彼等は旅の途中で無残な死を遂げると云う結果に置き換わる事になる。

 先程まで再会を喜び合い、自らの行動を振り返り、パズルのピースとなったそれ等を無邪気に組み合わせる事に興じていた彼等の姿は悉く掻き消されて、互いの姿を見出す事も出来ない、真なる闇の中に放り出される事となるだろう。

 自分達に何が起きたのか終ぞ分からないまま。


 最初から仕組まれた事だったのだ。彼等の前に突如として現れたピースの数々。これらは決して遊戯的な意味で現れた物では無く、彼等を陥れ破滅へと導く為に用意された物だったのだ。


 誰が?


 考える必要は無い。その内向こうからやって来る。そう直ぐにでも……。



 ”無効だ、無効だ、無効だ、無効だ!”



 そら、来た。やはり我慢出来なくなって出張って来た。まあ無理もない、わざわざ回りくどい手を使って準備万端、後は座ってみているだけで勝手に最高の見世物が転がって来る所を、不意に横から掻っ攫われた形になるのだから。荒れ狂うのも仕方ない話で、それも何処の誰とも知れない者からの横槍とあっては猶更の事。


 白く輝く中空から、薄桃色の花弁が幾つも舞い降りて来る。神々しくも美しい、思わず心奪われそうな眺め。しかし、其れ等が触れた途端、聞くに耐えない罵詈雑言と共に、彼の者の意志が流れ込んで来る。


 そもそもこの試練は、当事者の一行の為に用意された物であって、何処の誰とも知れない部外者に依って邪魔された時点で、この結果は無効であり、本来彼等が辿る筈だった、全ての希望を打ち砕かれ無残な骸を晒し、朽ちて腐れて惨めに打ち捨てられる運命こそが正道なのだ、と、喉も潰れんばかりに声を張り上げ脅し付けて来る。


 さて、ここが正念場だ。元より受け入れがたい主張、認める訳には行かない。認めたが最後、声の主の言った通りの運命が確定してしまう。既に戦いは始まっているのだ、言葉を介した概念の鍔迫り合いが。


 臆する訳にも行かない。単に言葉だけなく、意志の籠った言葉でなければ意味を為さない。相手はそれを承知でわざと強い感情をぶつけて来たのだ。此方の心を折る為に。


 だが心配は要らない。既に勝ち筋は見えている。後はそれを言葉にするだけだ。


 無効ではない。彼の一行の様な、本来只人には余る偉業を達成するには、彼ら自身の力もさることながら、他者による助力、それは人のみならずそれを超越した存在も含まれるが、そう云った助けを引き寄せる運と云う物も又、彼等自身に備わった実力であると見做すべきである。従って、今回自分が取った彼等に対する悪質な罠の回避行動も同様に、彼等の引き寄せた幸運の賜物である、と言えるのだ、と。


 以上の様な事を、意志を言葉に乗せて、所々に嘲りの感情を載せながら、特に”悪質な罠”の下りで、対する相手に向けて反駁を試みるのだった。


 効果は覿面。恐らくは何らかの超越者、何なら神と言い換えても良い存在は、これ以上無いと云った怒りを露わにし、自身のその怒りの為に呆気なく弾け飛んだ。正直助かった。相手がこの手の争いに慣れていなかった事が幸いした。今まで自分の思い通りにならなかった事など無かったのだろう。


 為すべき事を終えた自分の意識は徐々に薄れて行き、元居た世界への覚醒の時が近付いている事を感じさせた。此度の一連の出来事は、恐らく夢と云う形で処理されるのだろう。

 目覚めの途中の、夢と現実との狭間にある中で、背後から散り散りになりながら尚も呪詛の言葉を吐き続ける神。言っている事の内容はもう朧気で良く分からなかったが、多分二度と来るな的な事を言っているのだろう。

 それに関しては全くの同感で、そうある事を心より望むのであったが、多分そうはならないだろう事も良く分かっていた。対する相手は違えど、どの道似た状況に投げ込まれる事になるだろう、そんな確信めいた予感がしてならない。他の多くの例に洩れず、兎角この手の自分の悪い予感は良く当たるのだ。



 

                                  終

 


 

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