第28話 エピローグ「変化の意味」

1.「神の声、人の心」


 戦闘に参加した者たちは疲れ果てた。目の前で繰り広げられた光景は何

 だったのか。あの轟音、天は割れ、地はめくれて掘り返された。焼け焦げた

 匂いと瘴気の世界。物語を知っていても、五感を通した体験は少なからず

 今後を変化させるだろう。


「江戸を守る民よ」


 静香は三面六臂さんめんろっぴの戦う姿を、一面二臂いちめんにひ

 の天女のような姿に変わっていた。その口調は彼女自身のものでありなが

 ら、どこか古めかしく、威厳に満ちていた。目の奥に摩利支天の光が宿り、

 声には神々しさが混じる。


「東王公の力は封じられたが、その脅威は完全に消えたわけではない。

 わたくしが……私がすぐそばの摩利支天寺から見守り続ける」


「敵とはいえ、同じ神として此度こたびは悪かったのぉ。後始末も

 任せてしまうが、困ったことがあれば寺に願いに来い。この樽屋静が其方

 らに助力する故、許して給れ……え? ええ? 私が? 」


 奉行方は眉間に皺を寄せ、今後の阿片の行方を、千代婆、小太郎、百合、

 半次は焔影えんえき一族の対処を憂いていたが、皆、摩利支天の言葉で

 狐につままれたような表情から、思わず笑みがこぼれた。


「こりゃ、さっそくお寺さんに御百度参りが必要だなぁ。」


 この言葉を最後に静の様子は普段通りの樽屋静に戻った。


「ちょ、ちょっと待ってください……急に困ります。」


 静の慌てぶりに皆が笑い合った頃、空は白々となり始めた。


  2.「新たな役目」


 静香とお咲は目黒の訓練所で手裏剣を投げ、ひたすら走って修行を続けてい

 た。基礎的なものと、陽炎の力で作り出したあらゆる武器を試していた。

 そして、二人に目を光らせていたのは千代婆だ。


 今まで、彼女たちを指導してきたのは小太郎と半次だったが、今回の戦いで

 焔影一族にいた陰陽師の対策のため、その道の達人を探す旅に出た。


 それを受けて、江戸の町は奉行方と、くノ一組が後処理に当たることに

 なった。首謀者がいなくなったとはいえ、阿片がなくなったわけでも、吉原

 の華玉楼かぎょくろうが潰れたわけでもない。


 一方、神楽院真央の身柄は公表されることなく、焔影一族との繋がりを維持

 するためにも、おとり捜査に協力する事を条件に、歌舞伎小屋に戻った。

 その監視役として、変装した百合が三味線を持ち真央のそばにいて、先代

 勘三郎の恩返しが出来ると喜んでいた。


「坊ちゃん、お静には感謝しなくっちゃいけませんよ。」

 真央の顔に、少し先代の面影を見て微笑みながら百合はそう言った。


「ああ、ここからやり直すさ。この体で感じた神々の物語を、新しく作りたい

 ねぇ。 まぁ、迷った時は弁天島と摩利支天様に拝みに行くよ。」

「坊ちゃんには、新しい試みであり戒めの地になりましたからね。」

 真央の言葉に未来の兆しを感じ、百合はさらに嬉しくなった。


  3.「二つの光」


「行くわよ、お咲! 」


 静香の声が木々の間に響く。その瞬間、彼女の体から放たれる陽炎の光が

 木立を照らし、鉄の壁が現れた。


「はい、姉さま! 」


 十メートル後方から飛び出したお咲の手から、光の矢が次々と放たれる。

 周囲に配置された的を射抜き、走りながら移動する。


 時には弓手の盾になるように防壁が現れ、時にお咲を上空高く持ち上げ、

 砲台を作り上げ、足下に武器を用意する。鉄砲狭間から攻撃し、弾も矢も

 尽きることはない。


「だいぶ戦い方が、自然になったわね。」

「はい、姉さまの考え方が壁から伝わってくるようになりました。」


 三年の歳月は二人を真の意味でのパートナーへと成長させていた。静香の

 作り出す盾と武器、お咲の放つ矢と鉄砲は、まるで一人の意志で動いている

 かのように調和していた。


 千代婆は遠くから、感慨深げに二人を見守っていた。樽屋静が成長するのは

 予想していたが、お咲がここまで開花するとは。その才能はもはや、かつて

 の百合にも匹敵するほどだった。戦い方は変わり、千代婆自身も変わる時が

 やってきたのではないか、と思うようになった。


  4.「時を超える使命」


 上野広小路の摩利支天寺に参拝しに来た静香は、猪の石像を撫でながら、

 サルタヒコと話していた。


「新月の夜には、結晶からほのかに紫に光るらしいが、今のところは大丈夫

 らしいな。」


「そうなのね、安心したわ。」

 静香がそう答えた。すると、本堂の方から声がした。


「樽屋静。ちと、こちらへ参れ。」

 あんなに力のある神なのに、寂しがり屋なのか話を聞きに来いと、毎度の

 ように呼び出される。


「あれから三年、よく修行を積んだな。 お静。」

 小ぶりながらも威厳のある仏像から、いつもと違う切り出し方に虚を突かれ

 たが、摩利支天の声は静香の内側から心地よく響いた。


「あなたの力を借りてのことよ。」

 静香は微笑みながら答えた。かつてのような畏れも混乱もない。今や彼女

 は家族のように慕い、この力と共に生きることに慣れていた。


「東王公を含め、神々の力はこの世界だけではない。他の時代、他の場所に

 も影響を及ぼし始めておる……」


「あらあら、それで私に何をしてほしいの? 」

 妙なことを言い出したと、静香が怪訝な表情で尋ねると、


「時を超え、場所を越え、神々の企みを探し出し、封じてほしいのじゃ。」

 摩利支天の声には切実さがあった。


「あら、随分骨が折れそうなお願いじゃないですか」


「汝とその相棒なら大丈夫じゃ。二人で一つの力となればな。」

 そう言うとそばで聞いていたサルも

「天女様のお墨付きだ! 俺とうり坊も付いているさ。」


「私と……お咲? 」

「ああ、頼りにしておるぞ。 これからずっとな。」


 静香は頷き、にぎわう寺の入口を見ながら、


「仕方ないわね。でも、誰かに必要とされるのは悪くないわね…… 」


 そう言った静香は、いつの間にか和服を着るのも慣れた自分に気付き、

 微笑んだ。

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無双の体はチェンジでお願いします!? 〜過労死からの転生くノ一日記、鉄中錚錚(てっちゅうそうそう)〜 エンマ @jizoemma

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