第4話 終末車窓、もうひとつの声

 今日も空は、白く濁っていた。

 太陽はどこかにあるのかもしれないけど、地上には光は届かない。かわりに、灰だけが降ってくる。

 俺は軽トラックの荷台に座り、パソコンの録音ボタンを押す。


 旅は続く。今日の舞台は――静岡。


 「さて、やってまいりました!『終末世界からこんにちは』!」

 「今回は東へ戻りまして、静岡県からお送りします〜!」


 海岸沿いを走る道は、半ば崩れていて、波音しか聞こえてこない。


 けれど、かつてここにあった街は確かに、音楽と陽光にあふれていた。


 「静岡といえばお茶……もそうだけど、実は音楽フェスの多い土地でもあったんです。終末の前の年、俺もここで小さなステージを……」

 

 言いかけて、ふっと口を閉じる。

 

 あの日のことを思い出すと、どうしても胸が詰まる。

 あのとき、彼女は客席の一番前で笑っていた。

 

 少し茶色がかった髪、目が合うと照れたように視線を逸らす。

 終演後、彼女がくれた言葉は今も耳に残っている。


 「涼くんの声、やっぱり……天使みたいだね」

 

 彼女の名前を、俺は……思い出せない。

 どうしても、思い出せない。


 録音を終えて、機材を片付けていたときだった。

 スピーカーから、もう一度、あの声が聞こえた。

 

 「……涼くん……聞こえる、の?」

 

 女の子の声だった。


 ノイズにまぎれて、短く、はっきりと。

 俺は一瞬、機材を落としそうになった。


 「……おいおい……またかよ……」


 冷静なふりをしていた。でも、震えていた。

 この声が、現実なのか、幻覚なのか、もう自分でもよくわからない。

 でも、確かに“知っている”声だった。


 その夜、眠れずノートに言葉を書き連ねた。

 

 『静岡、ライブ、女の子、髪は茶色、声は柔らかい』

 

 記憶を掘り起こしても、名前が出てこない。写真も、SNSも、もうとっくに消えた。

 

 だけど――。


 「彼女がまだ、生きてるとしたら?」

 

 そう思ってしまった瞬間、心が“決意”をしていた。

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