第3話 灰の中を旅して

 灰は、どこに行っても降っていた。

 今日は神戸。三宮のあたり。

 かつて人でにぎわった港町も、今は潮の匂いすらしない。

 道路はひび割れ、海の色は不気味にくすんでいる。

 少し進んだ先にあるメリケンパークの入り口には、半ば倒れかけたオブジェが、まだ形だけは残っていた。

 

 俺はワイヤレスマイクをセットし、少しだけ口角を上げて話し始める。

 「というわけでやってまいりました〜、『終末世界からこんには』!」

 「今日は兵庫県神戸市からお届けしております! どーも、旅するラジオマンこと南方涼です!」

 

 周囲に誰もいないことはわかっているのに、マイクの向こうに“誰か”がいる前提で話すクセが、いつの間にか染みついていた。

 「神戸と言えば……“1000万ドルの夜景”なんて呼ばれていた、港町の宝石みたいなところ。ポートタワーに中華街や異人館街、山と海と異国がぎゅっと詰まった街です。」

 俺はゆっくりと歩きながら、録音を続ける。

 「でも今、ポートタワーは骨組みだけになってる。上には登れないけど、下から見上げると……なんというか、昔の夢の残骸って感じかな。」

 

 カメラで写真がとって見せたかった。

 だけどこの世界に、SNSやインターネットはもう残っていない。

 

 「それでも、この街の空気はどこか懐かしい。……あ、そうそう。俺が大学時代に、一度だけライブに来たことがあったんですよ、神戸。」

 不意に、過去の記憶が蘇る。



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(涼の記憶)

 その日、俺はステージの袖でマイクを持って震えていた。

 出演者のなかで、最も地味で、観客の反応もなかった。


 でも、終演後にひとりの女の子が声をかけてきた。


「天使みたいな声だね、って思った。ずっと聴いていたくなる。」

 

 その言葉が、ずっと胸に残っていた。

 誰にも必要とされない声だったはずなのに、そのときだけ、確かに“届いた”と感じた。

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「……うん、だから、たぶん。俺はこうやって今も喋ってるのかも。」

 風が強くなってきた。灰がまた、空から舞い落ちてくる。

 俺は車に戻り、録音を止めた。


 その夜、録音データを整理していると――違和感に気づいた。

 音声ファイルの末尾に、誰かの声が入っていた。

 ……ノイズ交じりの、かすかな女性の声。


「……聞こえてるよ、涼くん。」


 心臓が跳ねた。

 もう一度再生する。

 ……入っていない。

 何度聞き直しても、それはそこには“存在していなかった”。

 けれど確かに、その一瞬、耳ではなく、胸の内側で誰かの声が響いていた気がした。

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