百物語(仮)

櫻井桜子

プロローグ

目の前にいる編集者が、重い溜息をつく。

その原因は、間違いなく私だ。


ホラー作家である私は、簡単かつ分かりやすく言うと、スランプに陥っていた。


別に珍しいことでもなんでもないが、私にとっては重大である。


何を書いても怖くならない。

何を書いても面白くならない。

どこかで見た設定ばかり並んでしまう。


こんなものを世に出すわけにもいかず、かれこれ1年ほど納得できるものを書けていない。


編集者が溜息を漏らすのも、必然というものだ。


「松原さん、なんでもいいから何か書いてくれないと」

「なんでもって——」


その言いぐさに、ふっと突発的な苛つきが襲った。


「じゃあ、編集者さんが書いたらいいじゃないですか。なんでもいいんでしょう?」

「そういうわけにもいかないでしょう」


無責任に思えるその言葉に、怒りが湧いていたが、その時、ふと思いついたことがあった。


「編集者さんだって、何か怖い話の一つや二つ、経験したことあるんじゃないですか」

「そんな無茶苦茶な」

「あるでしょう、それくらい。人から聞いたのを、私が読みやすく編集して、それに関する解説かなにかを載せて、そんなかんじで編集者さんのおっしゃる“なんでも”が出来上がりませんかね?」

「それは——いや、それも一理ありますね」

「でしょう」


では、と思い立ってスマートフォンの録音アプリを開く。

聞き洩らしや勘違いを減らすためだ。


「ではまず、編集者さんからお願いします」

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