春の空気に満ちる、やわらかな光と記憶の香り。そのなかを駆け抜ける短歌たちは、どれも「懐かしさ」と「現在の瞬間」とが溶け合うような不思議な時間を描き出していました。「五分咲きの中駆けてくるその髪に花咲かせ来る桜色の頬」では、まだ満開ではない桜の下、駆けてくる人の髪に舞い散る花びらが絡み、頬を染める桜色とともに、春という季節のときめきと期待が鮮やかに描かれています。その人物が“駆けてくる”という能動的な動きに、見る側の“待っていた”感情が滲んでいて、短い一首に、背景と感情の動きが豊かに込められていると感じました。
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