第10話
来た道を全速力で駆け戻る。
「あいつらっ!!」
後ろから、同じクラスの三人が物凄い勢いで追いかけて来ている。
あの様子を、俺は知っていた。
俺の記憶の中で数十年前の出来事。
理性崩壊して、男を襲い始めた女達のそれだ。
理性だけじゃなく、身体のリミッターさえも外れたかのような身体能力を発揮し、眼は虚ろの状態で満足するまで男を襲う。
「速すぎだ!!」
追い掛けてくるスピードもそうだが、理性崩壊を起こす人間が身近に出る事もそうだ。
こんな所で助けを叫んでも、それでは周りに住む男達を巻き込むだけになってしまう。
訳も分からない状況でいて、身体も鍛えていない一般人だと、こいつらを抑え込むなんてことまず無理だ。
今はとにかく、あの倉庫に行くしかない。
ガンッ!
「くっ!」
走るスピードを緩める暇も無く、金属製の扉に体当たりして焦りながら扉を開ける。
そして、入って右側にある梯子から中二階へと登る。
中二階には一つ黒いカバンが置いてあり、中にはスタンバトンが入っている。
本当なら、学校のカバンに入れて持ち歩きたいのだが、いくら法律上所持は問題ないものとされていても学校に持って入るのはマズイだろう。
そうでなくても、持っているだけで普通に怪しまれる物の為、せめての備えで霧島と二人きりにならないといけない場所に隠し置いてあるのだ。
「彼方くん!!!お願いだから出て来てぇ!!」
「南宮く〜ん!!どこですかぁ!!」
「きゃなたくぅん!」
声や喋り方からは、おかしいという事は気づき難い。
「…………」
けれど、あいつ等は俺を普段呼ばない名前で呼んだりしているのは確かにおかしい事なのだ。
裏で呼んでいようが、直接本人に名前呼びなんて事、この世界の女…特に社会に出て居ない女子生徒は羞恥心で出来ない。
様子を見ようと思ったが、もし見つからなかった場合他の所へ行ってしまっては大変なことになると気づき、俺はその場で足音を鳴らして下にいる三人に気付かせることにした。
「あっ!」
「見つけました!」
「みっけ!」
近くにいた順に、彼女達は登ってくる。
「……」
そして、最後の一人が梯子に手をかけた瞬間。
ビリビリビリッ!!!
「「「っ!?!!」」」
金属製で出来た梯子に、スタンバトンを当ててスイッチを入れた。
一番上にいた花実ゆうこという生徒は少し高い所から落ちる事になったが……まぁ、まだこの高さなら平気だろう。
「自業自得だな」
俺は中二階に置いてある予備の木製梯子を離した場所に下ろし、気絶している三人を警戒しながら降りていく。
「………あぁ、縄も持って降りれば良かった」
起きた時が面倒な為、梯子を再度登って黒いカバンから縄を取ってくる。
だいぶ効いた様で、中々目が覚めそうになかった。
「ここはもう使えないな…」
霧島が、組織に用意させた場所だったのだが…なんとか騙して場所を変えるしかないだろう。
こいつらを帰すわけにもいかない、理性崩壊後の人に対してどう対処をすれば良いのか実験体としてここに監禁する事にする。
このままで理性は戻るのか、それまでの時間はどれほどか…または、崩壊後でも従わせられるようになるのかどうか…。
色々と調べなければいけない。
「大分予定が早まったな」
前回、うちの学校で始めの理性崩壊が始まった生徒はまだ数ヶ月後だった筈なのだが………。
だが、全くの予想外と言う訳では無いから問題はない。
ただ、今の自分は学生の身分であり色々と揃えたい物も揃えられない状況だ。
本当なら、こいつらも人に見つかるかもしれないこんな所に監禁するのではなく、そういった建物を用意して置くつもりだった。
「……一苦労だな」
バチバチと、スタンバトンでもう一度三人を触れてから、一人ずつ縄で背中に縛り付け中二階へと運ばないといけない。
こういった作業を一人でやるのにも限度がある為、協力者が一人でも出来てからが良かったのだ。
「はぁ…やるか」
文句を言っても仕方が無いのは分かっている。
カナタは、スタンバトンのスイッチを入れて作業を始めた。
…………………………………。
ガラガラガラッ!
「………」
物凄い速度で行ってしまった四人を追って、向かったであろう倉庫に辿り着いたフウカ。
なるべく静かに開けようとしたけれど、それでもなってしまう金属扉に目を見開く。
「………しずか…」
暗い倉庫の中ははっきりと見えず、人影も見つける事は出来ない。
「……………いない?」
倉庫の外まではストーカーをしていたけれど、中の様子は全く見れないでいたフウカは、中二階がある事を知らない。
「………ん………でもにおいする…」
クンクンと、猫のように鼻を動かしつい先程までその場に彼がいた事に気がつく。
「ん………」
携帯を取り出し、ウチは三人にメールを送った。
ピロンッ!
すると、一つの着信音が聞こえた。
「うえ………」
二階があったのかと周りを見て階段を探し、見つけた梯子を目で伝って中二階の方に顔を向ける。
「あ…」
そして、目が合ってしまう。
中二階でしゃがみ込み、静かにこちらを見つめる彼の視線と…。
「うち………むがい…です…」
さっきの状況的に、自分の事を警戒しているのは確か。
ウチは、その言葉だけじゃ信じてもらえないと思い、行動で示そうと動き出す。
「ん………むがい…」
その場に仰向けに寝転がり、手と足をちょこんと上げて、動物がお腹を見せる所謂服従のポーズを取った。
「………まともじゃないな」
「っ………ん///……………てれる…」
ちゃんとに、無害でまともだと証明したはずなのに、まともじゃないと判断されて恥ずかしさを覚える。
「…何処まで知っている?」
「バカ三人………おいかけてた………」
「…周りには誰もいなかった。そして、あそこからこの場まではあいつらを含めお前も、通らない道なのは分っている。」
どうやら、彼はウチらの家の方向は把握しているらしい。
「もう一度聞く。何処まで知っていて、何故あそこにいた。」
鋭い目が見つめてくる。
「ん……ぅ…///」
身体が熱くなる。
ウチは……ウチらは、あの表情に惹かれているのだ。
写真で見た表情、振られた時に向けられた表情…それがウチにまた向けられている。
締め付けられる胸の感覚に少し喋りづらくなるが、今は説明しないといけない。
「……ずっと……………みてた」
あれからずっと。
毎日、彼が本当に見られたくないであろう所を除いて、ずっと追い掛けてた。
ウチは全てを話す。
話している最中、彼はウチのことを気持ちの悪い様な表情で見てきた。
それが、ウチにはとても堪らない事だった。
他の人とは違って、彼の一つ一つの行動がウチの胸を締め付ける。
その中でも、彼が良くする人を嫌う時の顔。
それを見ると、胸だけじゃなくお腹ら辺がキュウと反応して、気持ち良くなれる。
その感覚を感じるたび、ウチはどんどん彼に惹かれ、溺れていく。
だから………だからお願い。
「なんでも………します……」
ドクン……ドクン………。
心臓の音が煩い。
「…もう…………ともだちになんて…………いわないから…………そば……ぐすっ……そばに…」
正座をして、頭を下げる。
無理だとわかって言うお願いに、涙が止まらない。
きっと、今回の事でウチは遂に通報されてしまう。
そうなったら二度と、彼には会えないだろう。
牢には入れられないにしろ、高校は辞めないといけなくなり、接近禁止を言われてしまうから。
「………ぐすっ……………ん…ごめっ……なさい…」
ウチは、携帯を手に取り番号を打ち込んでいく。
警察……これを掛ければウチは連れて行かれて、彼が喜んでくれる。
もう、ウチみたいな気持ちの悪い存在に付き纏われなくて済む、って……。
さようなら………。
「はぁぁ……」
「っ!」
通話ボタンを押す寸前、彼の大きなため息が聞こえた。
「登ってこい」
「…ぇ………うん…」
どうしてかは分からなかったけど、彼が言うならとウチは急いで梯子を登る。
そして、恐る恐る登り切ると目の前に縛られた友達三人を見つけた。
「ぁ…これ……」
着信音は鳴ったけれど声すらも出さなかったのはこういう事だったのか。
三人は口が塞がれ、手足が縛られた状態で眠っている。
「これを自分でつけろ」
そう言って彼が遠くから投げてきたのは、少し大きめの結束バンドだった。
「口を使えばしっかり締めれる筈だ、早く」
動作と言葉で説明された通りに両腕を前に、手を解けないように固定する。
「ん…できた」
どうして登らせるのか、と思ったけどそれもそうだ……女三人に襲われたばかりだから、女である自分がそのまま動ける状態というのも心配なはず。
警察が来るまで、縛って三人と同じ場所で見張っている方が安心できるだろう。
「お前」
「んっ!…」
大人しく三人の横に行こうとすると声を掛けられた。
「言っておくが、お前らを通報することは無い。」
「……どうして?」
それならば、ウチらはどうなるんだろう…?
素直に、言われた事に疑問を浮かべる。
「……………」
「…ぁ……」
彼は何も言わずこの場を去った。
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