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京の花の都より遠く離れ、異邦人たちの宇宙船が停泊するニュー・シブヤより少し離れた、ここは東海道の、明治
「いやまさか、殴られるとは思いませんでした」
ラシャとスエは茶屋の奥、従業員用の部屋を借りることとなった。
ラシャは豊かな黒髪が生えた自身の頭を摩りながら苦笑いをする。そんなラシャにスエはいくつか聞きたいことがあった。ラシャもまたスエに頼みたいことがあるというので、素直に茶屋の奥の部屋を借りる運びとなった。というより、茶屋の女将に説教を受けたためだ。
しかし説教など気にしていないと言わんばかりに、ラシャはスエに様々な話題を振っていく。スエが答える間もない。
「人前で高額の金銭のやり取りは危険だったとは。学びを得ました。流石、含蓄がある人は違いますね。ああ、ちゃんとお団子食べれたら良かったなぁ。あ、そういえば、ここに来る道すがらに巨大な山車を見たのですが……」
茶屋の女将は、人目に付くところで見るからに高額な品を金に替えようと提案したラシャに危機感の無さを𠮟りつけた。ましてその流れでスエに聞かれたとはいえ名乗るなどもってのほかであると。スエもまたその流れで女将からの鉄拳説教を受けた。
その後、人目を避ける目的もあり二人は茶屋の奥へと半ば追いやられたのである。
質素な従業員用の狭い部屋、畳の上に置かれた小さなちゃぶ台が一つ。そこに女旅芸人のスエ、怪しさ満点の少年僧侶ラシャ、そしてそこにもう一人。
スエは「そんなことより」と、聞いていなかったラシャの話を切って口を挟んだ。
「あの子は誰ですか?」
スエが聞いたそのもう一人は、白髪のラシャより一回り幼い子供だった。ラシャと同じくボロボロな服を着ているが、こちらは袈裟ではない。少年とも少女ともつかないが、ラシャの連れらしいことは解る。しかしその様は異様だった。生気のない目で何もない宙を眺め、何も言葉を発さない。ラシャに手を引っ張られるまで自力で歩こうとすらしなかった。
ラシャがその子供の前に屈んで顔を覗き込む。だがその子の視界にラシャは写っていないようだった。
「ロナ? ほら、旅芸人のお姉さん、スエさんだよ。挨拶は? 言えるかな?」
ともすれば蠅でも止まりそうなほど反応が無い、ロナと呼ばれた子供はこの世界には居ないかのようだった。
ラシャはロナの頭を優しく撫でてその場を離れ、スエと対面して座る。
「あの子はロナと言います。僕の家族です」
スエは身動き一つしないロナから目を離し、ラシャに向き直る。その言わんとしていることをラシャは感じ取ってスエに答える。
「ロナは言葉を発せません。正しくは『発せない』のか『発さないのか』は解りません。ですが、ある事件をきっかけにあの子は一切の言葉を発さなくなってしまいました。元は、とても明るい子だったんですけど」
ある事件、とは何なのか。ふと、スエの脳裏にラシャが「鬼を追って旅をしている」と言ったことが過った。鬼とはなんなのか。文字通り怪物の鬼が居るとは思えない。
だが、スエがその事を聞くより先にラシャが手を叩いてスエの視線を向けさせる。
「さて、スエさん、あなたに
そう言って、彼は自身の太ももを掴んで捻る。何かが外れる音がし、その脚が取れる。スエはそれを見て即座に理解する。
「その脚、神木デバイスですか?」
「はい。
細くとも力強く、触れる指先に吸いつくような滑らかさを有し、内部にめぐらされた異星の技術はスエの技量では推し量れずとも他に類を見ない高等な物だと解る。これはただの義足ではない。
「すごい……これは一般人の、私の木工デバイスと物が違う。違い過ぎる」
「え? じゃあ、もしや直せない?」
この世界の多くの人は体のほとんどを特殊木材で出来た
世間一般に出回っている
本来はその内にナノマシンを使って書き込まれた経文に装着者の祈り、念が届くことによって自在に手足のように動き、感覚を有する義手義足、義体である。だが、元々この木工デバイスは本来は人工木材ではなく、樹齢数百、数千年の御神木を切り出して作られるものであった。木材に人々の信仰が積もり積もったことで、エントロピーを覆して物理現象を無視する、あるいは生命倫理すら超えて人を炭素生命体の軛から外すだとか、人どころか神の手足を越えた力を出すことができるのだとか、誇張されているであろう噂がある。……無論、樹齢の長い神木がそんなにありふれているわけもなく、神木を使った
普通の
「いえ! やらせて! やりたい! 是非!!」
スエは鼻息荒く、渡されたラシャの脚を視ていく。
「実は、旅芸人ではなく
興奮から徐々に敬語が無くなるほど息巻いたものの、ラシャの反応が気になってスエは少し引き下がった。その様子にラシャは笑って答える。
「では、是非お願いします。あ、特にひどいのが右腕でして……」
「まだあるの!?」
驚くスエを他所に、ラシャは頷き応える。
「はい。両手足です。本当は心臓の一部もですが、そこは流石に設備が必要でしょうから、今はやめておきましょう」
そうして右手を自力で外してスエに差し出した。
スエは年端も行かない少年が、両手両足、更には生命活動に類する内蔵の一部までが
なぜなら、多くの場合は
昔の事件で言葉を発さなくなった子供と共に、四肢を義手義足に変えてまで、鬼を追う、サイズの合わない
が、スエが聞くより先に茶屋の表の方が騒がしくなる。陶器やガラスが割れる音に悲鳴まで聞こえ、それどころではなくなったのだとスエとラシャは理解した。
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