20250918

 日本家屋の一室だ。昼の明るい日差しが、障子の白を強く照らしている。その障子戸を、音を立てなよう静かに引いた。今すぐ、ここから逃げなくてはいけない。靴を履いていただろうか。わからない。硬い土の感触。家を囲うように植った生垣の隙間を縫って、塀をよじ登り、外へ。


 明るい住宅地をひた走る。アスファルトの坂道を下る。平和な一軒家が立ち並んでいた。中学時代の通学路に似ている。私の友人が追いついてきた。私を心配して一緒に逃げてきたらしい。黒塗りの車がエンジンを蒸してやってくる。もう逃げ出したことがバレたらしい。道の左手に小さな公園が現れる。公園の端から、住宅街の下まで降りられるような滑り台じみた筒が伸びているのを見つけた。追いつかれる前に、それに入るしかないと思う。


 筒に飛び込み下に着いた頃には日が落ちていた。まだ続いている住宅街は静まり返り、車の音もしない。友人もついてきた。まるで人が住んでいないみたいな静寂と、海外の住宅街じみた同じデザインの家がひたすらに並ぶ景色。ミニチュアの静止した世界にでも迷い込んだような気になる。

 適当な家の中に入った。玄関は開いていた。灯りのない屋内は暗く、それでも外の闇に慣れた目だとぼんやりと家具や間取りのシルエットを掴むことはできた。入って右正面にある、白い手すりのついた階段を登る。

 二階にはいくつか扉があり、手近な部屋に入ればそこには天井まで背の届くオーク材のクローゼットと、黒に近い濃紺のカーテンが引かれた窓があった。私は素早くカーテンの中に潜り込み、細い窓台に登った。窓の端、クローゼットの角と接する場所まで移動して、身を隠す。カーテンの外に友人の気配があり、ここで一晩過ごすのかと聞かれる。そうだ。ここに隠れて夜を明かす。だからあなたもどこかの部屋に隠れて、と告げる。

 視界をカーテンに塞がれた中で、自分の呼吸やわずかな家の軋み、隙間風の通る音だけが鮮明だった。数時間過ごした気もするし、数分しか経っていないような気もする。そんな曖昧な時間は、外から聞こえた音で終わりを迎えた。聞き間違えるはずのない、忌々しい黒い車の唸り声。

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