20250906

 家の集合ポストに何か入っている。

 開ければ、丁寧に畳まれた分厚くて白い紙。手にとって、外側の紙を広げると、細かな文字がびっしりと書かれていた。万年筆などで書いたのか、筆圧が安定しないのか、とにかくふにゃふにゃとしてインクの濃淡もひどい、なんとも読みづらい文字で、そのくせ小説の二段書式のようにきっちりと区分けされた書き方をしている。

 内容は、おぞましいほど支離滅裂だった。人名、不気味な現象、整合性のない出来事。なんだか、脳が認識することを避けているように、内容が頭に入ってこない。というか、目が直視することを避けてしまう。本能的にこれを読んではいけないと思って、気を逸らすようにさらに中に入っていた紙を開けば、分厚い札束が出てきた。ぎょっとして、ぺらぺらと捲ってみてもやはり紙幣だ。しかし見たことのない「十萬円紙幣」である。こんなもの存在しないはず。

 警察に行こう。

 そう思って、同居人についてきてくれと頼む。一人ではなんとなく不気味だった。歩いて昼の町を歩き、薬局に入る。警察署はどこか店員に尋ねると、ここから歩いて二十分くらいかなりそうな位置だ。日差しもそれなりに強く、こんなことなら自転車でくるんだった、と同居人とげんなり顔を見合わせる。警察署に行くのが面倒になってきて、結局どうしたのだったかわからない。


 私たちは学舎のような、孤児院のようなところで暮らしていて、小学生くらいの弟や同い年の友人、年上の姉や兄がいた。保母のような女性や、教員のような男性も。そしてなぜか、みんなが私を襲ってくる。

 ベランダの外は海だ。ほんの一メートル先が急に深くなっているから迂闊に入ってはいけないのに、亀の甲羅のような、あるいはカゴのようなものを拾い上げるために私はその海へ入る。濁った深緑の水は、自分の体すら見えない。重くまとわりつく海水に、急に海底がなくなり浮いた足。すぐ近くに学舎があるのに、このまま私だけ誰にも知られず沈んでしまうのではと不安に襲われる。慌てて、ベランダに這い上がる。

 そこまでして拾い上げたそれを何に使うのか。給食。何か、何か足りなくて、私は弟や妹と、足りないものを探しに行くことにした。彼らの頭が吹き飛んだり、潰された。沢山の蟻が道を作っている。私に向けられるフォーク。人々の視線、不安、奇行。私に危害を加えようとする人には、ずっと手に握りしめていた十萬円紙幣を包んでいた例の手紙を広げてかざした。そうすると、彼らは必死に手紙から目を逸らしたり、頭を抱えてじっとする。狂気に呑み込まれないように。


 高い高い針葉樹の先。そこに私は乗っている。もう一人、あるいは一羽、一匹かもしれない。伸びた枝の先端にそれがいて、私はそこを目指して、慎重に移動する。でも木の先端の細枝だ。物理的な重さにしなっていく。これは崖の上に生えた非常に背の高い木だから、このまま枝が折れてしまえば下に広がる海面に叩きつけられて死ぬだろう。落ちるのが怖かった。けれど避けられないとわかった。軋む枝の音。ばりばりと樹皮が裂ける音。がさがさと木の葉が擦れる音。風の音。様々な音がする中で、私の意識は木の枝のしなりにだけ集中していた。

 そしてついに、枝は折れる。

 重力に従いすさまじいスピードで真っ逆さまに落ちていく。内臓が浮くような感覚に背筋が震えて、怖くて、死にたくなくて、でも、海面までありえないほど長い時間を転落する間に、この落下の感覚が好きになりつつあった。このままいけば、意識によって肉体をぐっと持ち上げれば、うまくいけば、そのまま空を飛べる。強く念じることが大事だ。飛べ、飛べ、飛べ!

 まるでレバーを強く引くみたいに意識を引っ張って、操作する。体がぐにゃりと曲がるような、よく分からない感覚がして、私は海面にぶつかる前に、空へ滑り出す。間に合った。飛べた。

 私は生まれてから今日まで一度も、夢の中で空を飛んだことがなかったのに。

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