20250620

 何かを探していた。夜の砂浜だ。

 引き潮の海は普段歩けないところまで砂の道が伸び、現れた洞窟にはいくつか屋台が出されている。

 空には星が出ていた。それでも辺りは暗く、手元の明かりだけがぼんやりと足元を照らす。視界の端から端まで密度の高い濃紺に満たされて、私たち人間の呼吸や足音は場違いに思えた。白いはずの砂でさえ、闇を吸って黒い。

 私は、二人ほどの男と一緒にここへ来ている。みんな夜に馴染む外套を着て、岩間や砂浜を見回した。私は波打ち際に、きらめくそれを発見する。

 平たく楕円形で、青く、あるいは翠色で、ウミウシのような斑点模様のそれを、手に取った。しかし、私はこれが何か、分からないのだ。

 分からないのに「これを探していた」ということだけはっきりと確信する。手のひらからはみ出すくらいの大きさで、あえて言うなら貝殻に近い。一つ見つけてしまえば早かった。あたりには、なぜ今まで気づかなかったのかと思うほどのそれが、そこらじゅうの砂から顔を出し、ぼうっと光っていた。

 美しかった。ここは静かで、波の音と闇と光と私たちがいる。私はそれを回収して満足したらしい。男たちと共に洞窟の方へ引き返す。屋台には焼きそばや飴が売っている。まるで祭りだ。けれどこんなところに来る人はいない。私たちは仕事で訪れただけだし、洞窟は存外短く、屋台は三つ四つあるだけだ。それに屋台の人々は、私たちに向けてしか商売をしない。この時、この瞬間のためだけに焼きそばが焼かれているのだから、注文しない手はない。

 そういえば。

 女の子がいた気がする。

 私は、くるくるとうねる白く長い髪をした少女と、なにか、巨大な物語の中の一人としてこの場に呼ばれたのではなかっただろうか? 彼女と夜の砂浜で、何かを。そう、あの光る貝殻もどきを手に入れたのは、彼女と私の生存に必要だったからではなかったか?

 この世界は、私が知覚している世界は、物語の中だ。

 私たちの終わりを決めなければならない。選択をしなければならない。そういうことをするために、ここへ来たような気がする。空が高い。星が瞬いている。潮の匂いがしない。海水の温度を感じない。

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