第5話 保護

 小さな頃から、私は間違った判断をしてしまう事が多々あった。


 困った様子の相手に事情を聞いていると、いつの間にか器物破損の犯人にされていたり。


 同級生が無くした物が何故か鞄に入っていて、先生に説明したうえ判断を仰げば、大声で盗みはいけない事と叱責を受けたり。


 受験前もストーブをつけて欲しいと先生に言い出せず、風邪を引き朦朧とした頭で解答欄を間違え志望校に落ちたり。


 もっと上手く立ち回れていたなら、違う結果を得られたのだろう。


 それはトラブルが起こる前からで、日頃に他者から信頼されていたなら、庇ってくれる人もいたはず。


 思うところは有れど、それでも多くは私ほど悪い因果を引き寄せる事なく生きているように見える。


 なら、度々押し付けられる貧乏クジも、私に何かしらの落ち度があってのものなのだろう。


 私だけなら、まだ耐えられた。だって、自分の責任だから。なのにーー。


「高梨先生! 大丈夫ですか先生!」


 倒れたまま返事のない先生を前に、自分で言って何が大丈夫なのかと呆れを覚える。


 迷い込んだ異なる世界、強いられ立たされた戦場。


 訳も分からず敗走する中、負傷した王国の兵士に声をかけられた。


「見てくれ! 味方が死にそうなんだ! 時間を稼いでくれ!」


「で、でも私も逃げないと……」


「俺もこの状態なんだ! 戦いながら逃げるなんて到底無理だろ! 必ず味方を連れてくる! だからその間、少しだけ頼む!」


 どうして、私が。その言葉を、いつも言えないまま、残ってしまったのが運の尽き。


 案の定、救援なんて来なくて、そんな私を見つけ援護する為に残った結果、先生も取り残される羽目になって。


「里宇さん、逃げて下さい……」


 この人は、私が殺したんだ。


 進学校に落ちて親から見放され、滑り止めの学校で出会った担任の先生。


 さりげなく気にかけてくれて、億劫な時も一人にしないでくれて。


 そんな立派な人が、私なんかの為に。


「麻美!? なにしてるの!」


 不意に聞こえてきたのは、幼馴染みの裕子の声だった。


 小さな頃はよく遊んで、同じ高校に進学するまで疎遠になってしまっていたけれど。


「裕子! 先生をお願い!」


「お、お願いってアンタっ」


 高梨先生は小柄だ。麻美一人でも、どうにか連れて行けるはず。


 それまでの時間は、私が死んでも稼ぐ。


 握っていたくもない武器を手に、覚悟を決める。


 これでいい。単に騙されたり、いいように扱われるんじゃない。


 お世話になった先生を守る為なら、納得して死ねる。


 なんで生まれてきてしまったんだろう、そんな悔いも薄れるのだから不思議だ。


 どうか先生と裕子が、味方のいる場所にまで辿り着けますように。


 先生の怪我がなるべく早く治って、二人が元の世界へ帰れますようにーー。


「……っ、麻美、ごめん!」


「やああああ!」


 二人の時間を稼ぐため、遮二無二向かって行こうとした瞬間。


 こちらへ血走った目を向けていた相手の瞳が、感情とは無関係に上を向き、そのまま倒れた。


「え……?」


「がああああ! があああーー」


 こちらの困惑を他所に、敵は一人、また一人と事切れていく。


 彼らに攻撃を加え、撃破を重ねているのはーー。


「こ、子供……? どうして、こんなところに……」


 先ほど今生の別れを済ませたばかりの、裕子の戸惑う声が聞こえてきた。


 そう、子供だ。私たちの半分程度の背丈しかない子が、ここまで追い込んできた敵を弄ぶかの如く殺していく。


 恐らく、小学生と間違えられたと溢していた高梨先生より、さらに小さいだろう。


 逃げた相手の逃亡も許さず、容赦なく弓矢で射抜いて始末してしまった。


 久々に思えるあまり違和感すら感じる静寂の中、少年か少女かも判別できない子がこちらを見る。


 黒い髪と瞳に、黄色い肌という、私たちと同じ特徴を有す見知った容姿。


 それなのに、この場に順応しきった瞳を向けられては、無意識に体が強張った。


 敵意はない。助けてくれたのも間違いではないだろう。


 それでも、多少息が上がった程度で、高揚も恐怖も感ぜられない無感情な様子は、私には全く異質なものと思えてならなかった。



 逃げそびれていた者たちがいたので、一応助けておいた。


 女二人に、小さな子供が一人。子供は呼吸こそ確認できるものの、放っておいてよい状態ではなさそうだ。


 早急に解決すべき事態や敵の目が少ない状況から総合的に鑑み、姿を現し正面から敵を皆殺しにする。


 そうして二人に近づく。呆気に取られ、武器もこちらに向けてこない。


 背は高いが、肩幅などは屈強さを感じない。


 それに、この不慣れな感。やはり、ワクイの同胞と見て間違いないだろう。


 足止めに残ろうとした者は眼鏡を掛けており、少なくとも以前の世の中では富裕層しか手に入らないものだった。


 もう一人の女は明るい髪色をしているが、これは後天的に染めたものだろう。


『敵ではない。安全な場所まで案内する』


 そう、王国の言葉で話しかけるも、二人は要領を得ない様子で顔を見合わせるばかり。


 あれ、通じてない? ワクイらとは、これでコミュニケーションを取れていたのに。


 他にも近隣の国から我が帝国まで、一通りの言語を試すも成果は得られなかった。


 どういうことだ? せめて最低限、王国語でやり取りできると踏んでいたのに。


 困っていると、向こうも僕を案じるような表情をした。


 少なくとも、敵対的ではないのだ。


 この場に残るのは得策ではないし、連れて行ってしまおう。


 簡易的に作った荷車を組み立て、草食み狼らが引けるよう準備。


 戦いでの疲弊や今後の会敵も想定し、生命維持に必要な回復を施した後、倒れている子供を乗せる。


 腰の骨が、砕けていた。内臓も損傷している。


 助かったとして、果たしてどれだけ回復することだろうか……。


 幸い、二人は邪魔をせず、むしろ手伝う素振りも見せてくれる。


 せっかくなので使えそうな敵の装備などを鹵獲し、二人に持って貰うことにした。


 今日一日で、根城としている洞まで向かうのは無理だ。


 事前に見つけた場所に潜んで敵の目を忍びつつ、彼女らを保護するとしよう。

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