第4話 接触

 封印から解かれ、既に三ヶ月が経った頃。


 周辺の様子を探る為に置いてきた、設置型の観測用魔道具から反応があった。


 場所は対魔族のみならず人間同士でも幾度と無く戦場となってきた、レトナーク平原。


 集結している勢力は二つ。一方はその魔力の特徴から鑑み、魔族どもの軍勢とわかる。


 もう一方は、設営の様子などから王国軍と見るべきだろう。


 準備を整え、草食み狼などのうち数頭を連れ向かえば、おおよそ状況は想定の通りとなっていた。


 魔族の群れとの衝突を前に、陣地形成に勤しむ王国側。


 下士官や軍属が駆けずり回る中、上官らは涼やかに微笑みながら会話を交わしている。


 彼らの天幕近くに立っているのは、王国及びその騎士団らの旗。


「クソ王国人どもめ……余の臣民を虐殺したばかりか。卑劣な手で奪った我らが土地にクソのような旗を掲げおって」


 眺めながら舌打ちしつつ、自作した遠眼鏡で陣を観察するとーー。


「やはり、いたか」


 黒い髪に黒い瞳。そして王国人とは違う黄色い肌。


 中には黒以外の髪の者もいるが、持っているであろう魔力の強大さや、その割には制御を覚えきれていない様子から見て間違いない。


 彼らが、ワクイの同胞というわけか。


 比較的若いのも理由の一つだろうが、どこか装備に着られているよう見える姿。


 それに神経質さを隠せない表情など、連中と初めて会った時の事を思い出さずにはいられない。


 ワクイは王国に連れ去られた、と言った内容を口にしていたが、拉致被害を受けたのか?


 しかし、その割には意気軒昂な者も少ないながら存在する。


 彼らもやはり、新兵然とした様子なのは否めないが。


 もっとも、生殺与奪を握られている状況の者が支配者に媚びを売るうち、それが本心に擦り変わってしまうのはよくある話だ。


 僕とて帝都で育った頃には、母上にーー。


 そんな無為な思考は、敵の戦意を示す雄叫びの数々に掻き消された。


 敵? いや、別に王国に味方する気など微塵もないが、一先ず魔族の連中は敵で構わないだろう。


 進軍してくる奴らに対し、王国軍も受けて立つ構えを見せている。


 投石や矢の雨を耐え、ジリジリと進んでくる魔族の群れ。


 しかし、ある地点を境に地面が弾ぜ、骨まで響く怒業が響き出した。


 事前に埋めていた地雷が炸裂しては、いかに頑健なオークらを主体とした先鋒も歩みが躊躇してしまう。


「よしよし……昔より威力が上がっているな」


 緊張した様子の草食み狼らを落ち着かせながら、戦況を観察する。


 その場で動かず足を止めていれば、ジリジリと数を減らされるばかり。


 そんな中、皮鎧を身に付けたコボルトらがオークらの足元を抜け、人間側へ進み始める。


 地雷は必ずしも起動しないあたり、作動の基準は重量なのか?


 矢や投石で潰れやすく、稀に作動する地雷で首という字のつく部位から吹き飛んではいる。


 が、勇猛なコボルトらのうち幾らかは攻撃を抜け、敵陣に辿り着き始めた。


 それらの迎撃要員もいる為、目に見えて連中への攻撃が陰りだす事はない。


 が、前衛がぶつかり出した中で景気のよい攻撃が続くと期待するのは、さすがに無理のある話だ。


 そうしている間に、ゴブリン祈祷師らが地雷の機能を停止させたらしい。


 再び突貫するオークたち。その怪力で柵を引き倒されれば、次は人間たちが泡を食う番となる。


 後ろの柵まで後退が間に合わず、背中から突き刺される者。


 どうにか崩壊を食い止めんと、その場に足を止め奮戦し、飲まれる者。


 今すぐの壊走は免れたものの、どうにも拙い戦いぶりである。


 陣や設営などに大きな問題はないのだが、戦術を詰めきれていない。


 個々人が奮闘するだけでは、自然と攻守に薄い部分が生まれ始める。


 それは個人能力の違いや人数の過多だったりするのだが、それは単に人を回したり、数を増やせばよいと言うものではない。


 まだ戦意は高いので凌げてはいるが、計画性もなく各々の判断に任せていれば、後手に回らざるを得ない。


「何をしている! 早く押し上げろ!」


「おい、今度は左翼が手薄だぞ! なにをしている!?」


「この馬鹿ども! 少しは臨機応変に考えながら動けんのか!?」


「恐れるな! 正義は我らイプスター王国にあり! このエドワード・リード五世に続けェ!」


 押し込まれ続ける苦境に痺れを切らしたか、一人が自ら先頭に立ち敵にぶつかって行く。


 エドワード・リード五世? たしか三世とは軍儀で顔を合わせた事があった。


 たしかに、眉の形や髪の色に面影が見て取れる。あんな立派なお孫さんがいたのか。


 その意気やヨシ! ……と言いたいのは山々ながら、彼を守るため少なからぬ人数も続くこととなる。


 助勢は間違いなく必要だが、根本的な解決とはならない。


 また、彼が至るところへ場に顔を出せば全体のバランスも崩れがちになり、他者の役割と被る事で機能不全を助長させる。


「助かりましたリード様! 有り難う御座います有り難う御座いますぅ!」


「いや、よく貴様らこそ持ちこたえてくれた! さあ怯むな! 今こそ反撃の時だ!」


 上がる鬨の声からは、互いへの敬意と信頼が強く感じられた。


 美しい関係性だ。しかし、ここは不条理なまでに冷徹な合理が支配する戦の場。

 

 案の定、一時的に勢いを取り戻す事には成功するも、それは長く続くものではなかった。


 読まれてもいた再突撃は徐々に勢いを落とし、膠着してからは劣勢へと傾いていく。


 限界を超えて戦ってきたのだ。気力が尽きればあっさり潰えるのも自明というものであった。


 とは言え、よく一度は立て直せたものだが……。


 そう思っている間に、奮戦し続けていたリード伯爵が遂に倒れた。


「た、大変だ! リード様が槍を受けて!」


「わ、私に構うな……今は敵を……」


 肩を担がれ起き上がらされた彼を狙い、オークが斧を振り上げる。


 その頭部を狙って引き絞った矢を放てば、さながら落石を思わせる勢いで地面へ倒れ伏した。


 そのまま流れ矢を装い、エドワード五世の撤退を援護する。


「な、なんだ? 味方の援護か?」


「そんなの今はどうでもいい! リード様を死なせるな!」


 本当にね。鏃や矢羽は希少なので、さっさと尻尾巻いて逃げて下さい。


 実際、多少の目的意識があるから今はまだしも、崩壊は眼前に迫っているのだから。


 たしかにエドワード五世は一時の劣勢を撥ね退けた。


 が、彼の良くも悪くも縦横無尽な活躍は、組織としての機能も破壊してしまったのだ。


 案の定、咄嗟に撤退の援護をしていた兵たちも、一人また一人と倒れるうち闘志を失っていく。


「嗚呼、そんな……リード様が……」


「もう駄目だ……俺たち、もうおしまいだ……」


 それでも現時点では、まだ手の打ち様は残っている。


 しかし、それを打てるだけの器量や才覚があるなら、そもそも今の事態は招いていないわけで……。


「糞っ、撤退! 撤退だ!」


「リード五世の猪武者が! 考え無しに突っ込むからだ!」


「おい、お前たちは各自持ち場を守り、少しでも長く時を稼げよ! 手を抜けばどうなるか、理解っているな!?」


「こんな場所で死んでいられるか! 私は貴族だぞ!」


 なんでそれ、口にしちゃうかなあ。


 自身らの命運を握る殿軍が少しでも意気に感じる言葉をかけるとか、残る家族への補償を約束するとかあるだろうに。


 王国もかつての帝国も、本当に人を使う事を理解できないくせして地位には固執する小人ばかりである。


 そもそも、どうしてこんな開けた場所を戦いの場に選んだのか。


 少し後方に下がれば、オークの力強さやコボルトの機動力を殺せる峡谷もあるのだが。


 我らが帝国の支配域だった頃は、そこにある砦で防衛に当たっていたものだ。


 政争の余波? 継承の失敗?


 まあ、いい。王国人と魔族の潰し合いは望むところだ。


 矢を打ち尽くしたのち、攻勢に乗り出した隙を突くため、草食み狼らと共に姿を現し、魔族らの群れへ切り込む。


 指揮の要となりそうな者、ヒラでも判断力に優れカバーリングなど底が抜けるのを防ぐ役割を果たす者を惨殺していく。


 すぐに存在を認識され、攻撃が始まるが、個として強くとも機能しなければ駄目だ。


 小さくなってしまった体も最大限に活かし、狭く密集したスペースを機動性で翻弄。


 リーチの差による不利も、頭に血を上らせての同士討ちを誘えると思えばリスクとして冒す価値はある。


 また、敏捷かつ勇猛なコボルトらはの対処は、草食み狼らが連携でカバー。


 かつて魔王軍を相手にしていた際、仲間たちと撹乱の為に用いていた戦法。


 まだまだ力は戻っていないが、この程度の相手なら時間稼ぎ程度は十分だ。


 もっとも、偉そうに言いながら限界も近づいてきたが……。


「やはり、一人でできる事には限界がある……と、一人じゃなかったな。すまん」


 不服そうな草食み狼らを撫で、彼らの武勲と生存を讃えてやる。


 まあ、これで殿軍に残らされた連中も全滅は免れるだろう。


 あとは奇妙な因縁を持つ似通った容姿の者たちのため、目的を果たすだけだ。

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