新田周右「モバイル・ソウル PHASE-1 覚醒」を読んだ感想
異変に巻き込まれたり異界に取り込まれた少年がそれらに馴染みが深い少女と出会って変わっていく物語。そういう話が好きで自分でも書きたいと私は昔から思っている。その為に様々な先行作品を参考にしようと思って読み漁っている中で出会ったのが新田周右著「モバイル・ソウル」だ。
そのジャンルはアクション、あるいはサイエンスフィクション。舞台は近未来、
そこに住まう高校生
舞台となる都市ルベルソにはかつて貧民団地と呼ばれるスラム街が存在しており、主人公は幼少期、そこで浮浪児「ノラ」として生き抜く。保護されてから名前を遊磨安佑と改める。そういう過去を持つ主人公安佑は物語序盤、買い物した大きなぬいぐるみを中年男性に掻っ払われたので追い掛ける。人気のない駐車場で安佑に暴行を加えながら、その男は隠木と名乗り、安佑の反応に構わず次のように語る。
❝「後悔というものはつくづく残酷だな、ノラ。すべてが終わってしまってから得意顔でこちらを責めるくせに、 過ちの前に立ちはだかって警告をしてくれることはない。もちろんそれこそが後悔というものなのだと理解はしている。だが先に気づくことができたら、おれはその原因を取り除く努力を惜しまなかった」
冬の夜に男の声が 染みるようだった。
「……それでは、すべてが終わってしまったあとでもその原因がまだこの世に残留している場合、それ取り除こうとする努力は、果たして徒労だろうか?」
僕は息を整える。
隠 木 は無表情のままだ。
「決して徒労などではない。なぜなら、物語の様相はエンドマークの打たれる箇所によっていかようにも転じうるのだから」❞
この直後、隠木が「──
それ以上に隠木が人を容易く殺められる異形に変身出来るなら、人目を憚らずに主人公を殺してしまえるのでは? と私は疑問を抱かざるを得なかった。ぬいぐるみを盗んで走り去るなんて珍奇な真似をせずに、人混みの中で堂々とその変身能力を駆使して惨殺すれば良かったのに、と気になって仕様がなかった。この伏線が回収されるのは物語中盤の以下のくだりである。
❝「物語はエンドマークの打たれる箇所によって、その様相を大きく変える。君は、君の悲劇をどのように変えたいんだ?」
「私は──」
鹿戸 はワードローブを閉じた。
「私の物語は、悲劇のままでいい。……ただ、あの子の物語に、救いが欲しいのです」
「……そうか」
振り返ると、見上げるような長身の男もまた、 鹿戸 の方を見ていた。
「昨夜はおれの 我が 儘 を通させてもらった。今度は、君の力になろう」
「隠木さん」
「何だね」
答えながら、隠木周吾は部屋の窓を開けにいく。
「あの少年を、貧民団地のノラを、ひと思いに殺さなかったのは 何故 ですか」
スイートルームに冷たい外気が入ってくる。 隠 木 は窓枠に手を置いて、外を見ていた。
「死とともに、理解させたかった」
「理解?」
「自分が恨まれて、憎まれて、殺されるのだと。ワケも分からぬまま一撃のもとに殺したのでは、何の価値もない」
「価値」
「ああ」
「価値とは何ですか」
「救いとは何だね」
尋ね合った 鹿戸 と 隠 木 は、けれども、互いに答えを与え合わなかった。
「おれは貧民団地のノラを始末する」
「私は、NJインダストリーズを破壊します」
交わしたのは、宣言。❞
無論、この場面で応酬している隠木と鹿戸はこの物語の悪役なのだけど、こういう悪役達の噛み合ってない、噛み合わせる気すらない遣取、滅茶苦茶格好良くないか? それにワケも分からずに殺してしまうよりも敢えて憎悪と怨恨を理解させてから殺そうとするのも、理性の大半を失ってしまってもなお悪役の中に残っている人間らしさの残滓がいじらしいと思えた。
惜しむらくは先に上げた疑問がここで解消されるまで間が空きすぎたことであるが、それはきっと我が読解力が低いせいでもあるから致し方あるまい。こうして読書感想を書こうとするまで気が付けなかったしな。
それまでぬいぐるみを掻っ払って逃げるなんて隠木さんはお茶目なおじさんなのか? という感想しか抱けなかったし。いや、やっぱり先に上げた私の疑問の直接の答えにはなっていないようだな、あの場面。確かに間接的には恨み辛みで殺されると理解させる為だと記述されているが、それが直接的にぬいぐるみを盗んだ理由にはなるまい。
隠木がショッピングモールの人混みで安佑を直接殺害せずにぬいぐるみを奪って逃げ出した理由、自分なりに推察してみると恐らく……。
1.この物語の治安維持を担っている「収患管理局」に追われている身でもある隠木はその妨害を警戒してもいたから慎重を期した?
2.衆人環視の真っ只中で変身能力を発動して殺害しようとした場合、恐慌に駆られた群衆とそれに隙を見出した標的の安佑が予想外の動きをして確実に仕留められないと警戒した?
3.只の気紛れ。(やっぱりお茶目じゃないか!)
上記のいずれかか複合であると思われる。が、これは我らと同じ一般人と想定した場合だ。
実は隠木はクランケと呼ばれる「魂の情報量が半減している」状態であり、その欠損した魂に周囲の世界の他の生物の特性が流入してしまう。そのせいで感情に代表される人間性の多くを喪失してしまっている。そんな不健全な状態で安佑に対する強烈な殺意とのせめぎ合いをし続けた結果、ぬいぐるみを掻っ払って遁走するなどという珍妙な行動に出たのだろうか。多分、本人はここまで深く考えていないだろう、というか先述の設定からして考えようがなかったと思われる。
さて、喉に詰まっていた魚の小骨も取れた事だしそろそろ本題に入ろう。詳細の記述は控えるが、隠木も鹿戸も自分にとって大切な女性を喪失した事を本作品における悪を成す動機の主要部分として持っている。そんな男達が先に引用したように物語のエンドマークを悲劇では終わらせたくないから、必死になって足掻いている話だと私は読み取った。そしてそれは客観的に見れば自暴自棄の八つ当たりだ。
何故ならば、自身の気に食わぬ悲劇のエンドマークを動かそうとするだけならまだしも、それを他者に転嫁して悲劇を齎そうとしているからだ。鹿戸はNJインダストリーズに、隠木は主人公安佑に。鹿戸はまだ情状酌量の余地はあろう。
だが、隠木は逆恨みで救いようがない、と思っていた。今回こうして文章に書き出す為によくよく読み直してみると、どうやら舞台都市ルベルソが私の想定以上の超管理社会であり、その暗黒面を隠木が凶行に至った動機を吐露する時に仄めかしているように見受けられた。なので個人的な恨み辛みでしかないように感ぜられたが、そんな闇に中てられたらルベルソの主要部分を構築するNJインダストリーズを破壊しようとしている鹿戸に協力するのも宜なるかなとも見直した。恐らく紙幅の都合で説明に文字を割けなかった裏設定であると予想される。
ここまで書き連ねてきてなぜ主人公よりも悪役の方にこんなにも惹かれているのだろうか、と考え直してみると自分は歳を食って、主人公の少年よりも悪役の中年により近いところにいるからだろうなと思える。先に上げた主要な悪役二人は中年かそこに片足突っ込んだ男性。そんな彼らは、少女から一二歩踏み出したばかりの妙齢の女性にそれぞれ慕われている。そういうところに仄かな憧れを抱きもするが、このままやられっ放しなのはいやだなとも感じた。また、八つ当たりに尤もらしい正当性をつけて実行せずにはいられないのが悪役というものなのだろうと理解が深まった。そうだ。誰しもが理不尽にやられっ放しなのは御免被るところなんだ。それにやり返そうと抗って神にその正当性を認められなかったのが悪役で、理不尽だとしてもそれなりにやり直して神にその正当性を認められたのが主人公だという事かもしれない。そういうこの作品の対決の構図、美少女と出会った男主人公が、孤独と揶揄するのは憚られる──孤高だが喪失感に苛まれている──男達をやっつけるというところが、優越感を擽り読者を満足に導いていっているのだろうなと勉強になった。
だとしたら願わずにはいられない、この二人がいずれ何らかの形で再登場してほしいと。出来れば今回のように読者の優越感の贄としてではなく、昂揚感の羽として。
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