その出会い、最悪につき。

だみまる。

第1話 最悪のはじまり

高校3年生の頃、私には好きな人がいた。


「後藤さんだ!後藤さんからメールきてる!」


午後の授業を終えて携帯を見ると、意中の人からメールがきていた。

私は携帯を掲げて声をあげる。

そんな私に友達は笑いながらたずねた。


「3日ぶりじゃない?」


後藤さんからのメールを開きながら呟くように「仕事が忙しいんだよ…」なんて言ってはみても、

思い出したかのような程度の頻度でしかこない返信に脈なしなのは分かっていた。

それでも不定期なのに期待して待ち続けてしまう。


「今日暇だったらご飯行こう…だって!」


こうして飛び上がるほど嬉しい返信がくるから。

後藤さんとの約束の時間まで友達とすっぴんメイクを施し、髪を整え、着崩した制服を直す。

一目惚れした6歳上の後藤さん。黒髪で、スーツのよく似合う、塩顔のイケメン。

顔がすごくタイプだった。

待ち合わせ場所に立つ彼の姿に思わず足を止め、見惚れてしまうほど。

高鳴る心臓を鎮めるために大きく息を吸って吐く。

久しぶりに会える喜びで口元が緩んだ。

鳴り止まない鼓動をかき消すように大きな声でその名前を呼んだ。


「後藤さん!」


名前を呼ばれた後藤さんは私に目を向け、ちょっとだけ笑う。

その笑顔以外、私の視界には何一つ入っていなかった。

だから後藤さんに駆け寄った私が口を開くより先に声をかけられるまで気付かなかった。


「これが後藤の彼女?」


後藤さんの隣にいた見知らぬ男性。

誰だよ。

背丈は後藤さんと同じくらいスラッとした長身で深い青のシャツにスーツを羽織っている。

くせっ毛の黒髪に色白のやや幼さが残る整った顔立ち。後藤さん同類のイケメンではあった。

私を興味深そうに見るにこやかな表情とは裏腹に漆黒の瞳の奥はやけに深い闇を感じた。


「本当に女子高生なんだね」


柔らかい声と穏やかな喋り方は不思議な雰囲気を纏っている。

私の顔から笑顔が消え微動だにしないでいると、後藤さんが口を開く。


「彼女じゃない」


なんだかやんわり失恋した気がする。

後藤さんの言葉に、その人は尚も穏やかにニコニコと喋る。


「ああ、後藤の彼女になりたい子か」


しれっと失礼な言い方して(間違ってないけど)初対面なのに嫌な奴と私は顔を顰めた。

そこでようやく後藤さんが私に向かって喋ってくれた。


「俺の幼馴染なんだ。希に会わせろってしつこくてさ、ごめんな急に」


え、しつこいってなに?どういうこと???

戸惑う私の顔を覗き込むようにその人はやけに人懐こい笑顔で言った。


「どうぞよろしくー」


「・・・あ、はい、初めm」


「そんなに怖がんなくても大丈夫だよー」


えぇ?この人いま私が喋ってんの遮った?挨拶を遮った?

すんごい軽い口調で初対面の挨拶を遮ったの?

後藤さんが彼を制止した。


かける、あんまr」


「僕がいることは言わないで誘ってって後藤に頼んだんだ」


かけると呼ばれたその人は後藤さんの制止を制止。

私に向かって更に喋り続ける。


「僕がいたら来ないかもしれないからねー」


そうね。

開いた口が塞がらなくて言葉を発せない私はともかく、後藤さんにすら喋らせない。

何しに来たのかもさっぱり分からない。

だけどとにかく、なんだかちょっとイラっとする人だなと思った。



来てしまったものは仕方がない。

私は「後藤さんもいるし」と無理矢理納得させる気持ちで予定通り食事へ。

しかしそれが間違いだった。さっさと帰っておけば良かったのだ。

注文するや否や延々と1人で喋り続ける架さん。

私は隣に座る後藤さんに小声で尋ねた。


「この人、いつまで喋るの?」


「いつもこんなんだから。まあラジオだと思ってればいいよ」


後藤さんの言葉に呆気に取られていると、架さんがムッとした顔をして言う。


「ねえ僕の話聞いてる?」


後藤さんは何も答えずスルーした。

架さんの話は確かに聞き流せるほど脈略がなく、何を話していたか全く覚えていない。

お喋りが止まらない架さんを見ていると、ふと目が合った。


「なに?」


架さんがお喋りを止め首を傾げるので「別に」と首を横に振る。

すると架さんは水を少し飲んで、そのグラスを少し強めにテーブルに置いた。


「君はあれだね、僕のこと嫌いだよね」


なんで分かったんだ。

少し驚く私を指して架さんは後藤さんに言う。


「さっきからずっとガン飛ばされてるんだけど」


「ずっと喋ってるから物珍しいんだろ」


違うな?

何食わぬ顔をして見当違いなことを言う後藤さんを一瞥し、架さんに視線を戻す。

架さんも私に視線を戻し、また口を開く。


「それから君、つまんなくなった時の手癖の悪さ直した方がいいよ」


私は視線を落とし紙ナフキンで折った鶴をそっとテーブルに置いた。

それを見た後藤さんが「器用だな」と声をかけてくれる。

そんな後藤さんに少しだけ微笑んだ。

架さんがゆっくりと頬杖をつき私を真っ直ぐ見つめる。

その動作につられるように私も架さんを見た。


「朝倉希」


さっきまでのお喋りの時とは違う穏やかで少し低めの声色。

架さんは僅かに微笑んだ。


「僕は君が気に入ったよ」


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