第15話 日常を、相談後の早期解決を!

 未来視によると、夕焼け通りの怪異の正体は死んだ猫らしかった。


 夕焼け通りの道半ばにあった駐車場の、不自然に置かれた石の下に猫は眠っているらしい。寂しがりな猫で、死んだ後も夕焼け通りを通りがかる人や学生達にいたずらをしていたと言うわけだ。さしずめ幽霊の化け猫といったところだろうか。


 問題は……その化け猫を鎮める方法しか視えず、神木や徒果香さんをどうやって納得させればいいのかがわからないことだった。


「ストーカー、影の正体は化け猫だったよ!」


 などと馬鹿正直に言えるはずもなく、信じられるわけもなく。

 かと言って昨日の視線を気のせいと言うのも無理がある。


 まぁ化け猫を鎮めて、一、二週間くらい徒果香さんの帰宅に付き合えば、何もでないと相談解決の方向に持っていけるのだろうが……未来視が視えた以上、さっさと解決したかった。


 というのも、日常不思議研究部がここまで一つの依頼に固執することは稀なのだ。どんな相談事も、神木はパパっと解決してきた。後輩たちも、神木には及ばないものの発想の機転を利かせ、順調に解決してきた。こんなにも相談解決に時間がかかっているのは、これが初めてと言っていい(受けるのを延期したGW前のキーホルダーの件は例外として除く)。


 更に言えば怪異なんて超常的存在も出てきやがった。もはや面倒な臭いしかしない。

 グダグダと過ごしている普段の日議研が恋しいのだ。


 故に目指すは、相談事の早期解決。

 幽霊化け猫を鎮め、神木や徒果香さんを納得させ、さっさと解決の印を押してもらう。

 やる事が決まったとなれば、俺の行動は早かった。


「やぁ、薄情者の諸君。今日は体調が悪いから先に帰らせてもらうよ」


 部室の扉を開け、片手を小さく上げて声を張る。

 それに反応してか、いつものメンバーがこちらを向いた。


「嫌味ったらしいな」

「視山くん、全然元気そうですけど」

「リッキー、やっぱ叩いたのはまずかったんじゃないの?」

「俺が叩いたみたいに言うなよ!」


 昨日は幽霊化け猫に遭遇しなかったのだろうか。日議研の雰囲気はいつも通りに見えた。


「そういや昨日も夕焼け通り行ったの? どうだった?」


 俺が聞くと神木が手に持っていた小説を机に置いた。


「昨日は何もなかった。一昨日のアレは本当になんだったんだろうな」


 化け猫だよ、と言いかけた言葉は飲み込んで、俺は「案外気のせいかもな」と言っておいて別れを告げる。


「気を付けてね」

「お大事にしてください」


 バイバイ、と手を振ってくれた後輩達と水坂には振り返し、不可解げに目を細める神木の視線にはシカトを決め込んだ。神木にはちょっと怪しまれてそうだったが、俺の行動はまだ普通の範囲内だろう。


 廊下を歩き、校舎を出て、コンビニへと足を向ける。

 校庭で百メートル歩を走り込みをする陸上部達を眺めながら、平和で羨ましいな、なんてぼんやりと思う。やっぱり、さっさと相談解決していつものグダグダとした日議研に戻りたいという思いが胸に募る。


 そもそも、『日議研に相談事をすると、何でも解決してくれる』という噂を流した奴が……、いや、よそう。


 コンビニで猫缶を買って、夕焼け通りに向かう。

 夕焼け通りの中腹にある駐車場に立ち入り、そこにある、どうして撤去されないのか不思議に思っていた置き石の前に屈んだ。


「よう、一昨日ぶりだな。昨日はどうして化けて出なかったんだ?」


 夕焼け通りは相変わらず、生物の気配がしなかった。鳥の声も、生活音も、車の音も風もない。当たり前だが、俺の言葉に置き石はなんの反応も示さなかった。


「まぁ、俺としてはそのまま出ないでいてくれると助かるんだけどな」


 猫缶を開き、地面に置く。これだけ人気がないのだ。住民に見つかって怒られるということもないだろう。


「猫缶やるからよ。ここを通る学生の後をつけるのは勘弁してくれねぇか」


 パン、と手を叩き、黙祷。

 死んだ猫に情けをかけるのは危険とよく聞くが、未来視によればこれでしか大人しくなってくれないのだから仕方ない。

 呪われるかもしれない、と思っても、不思議と怖くはなかった。

 自分の馬鹿さ加減に呆れて笑みがこぼれる。


 立ち上がって置き石に踵を返すと、背後から「ニャア」と嬉しそうな声が聞こえた。


「返事として受け取っておくよ」

 振り返らずに片手を上げ、歩みを進める。


 なんだかアッサリだ。これで本当に終われるのだろうか。

 逆に不安になりつつ、少し軽くなった足を動かして家へと向かう。


 後は神木や徒花香さんをどう納得させるかだ。

 神木の言う通り、ないものがないものであるという証明、つまり悪魔の証明じみた徒花香さんの相談事解決は徒花香さん自身の納得が重要だ。

 しかし彼女の様子を見るに、化け猫をストーカーだと確信して譲らない。化け猫がでなくなってしばらくすれば納得するだろうが、それまで付き合わされるのも勘弁願いたい。


 徒花香さんを納得させるには、犯人が必要だな、と思ったところで、俺は急いで置き石の前にまで戻った。


「なぁ、お前。普通の猫に化けられないか?」


 いつしか神木が言っていた。

 過去に戻れるだの、未来を映し出すだのといった変な噂が夕焼け通りにはある。

 それはもしかして、こいつの仕業なんじゃないだろうか?

 こいつが学生を化かした故に出た、噂なのではないだろうか?

 そうだとすればこいつは、何かに化けられるのだ。


 しばらく待っていると、駐車場の奥の草むらから音もなく黒い猫が現れた。ゆっくりとした足取りでこちらにやってくるその姿は、一昨日に見た真っ黒い猫と同じだった。


「なるほどな」


 頭を撫でてやると、ヒンヤリとしたような感触が指先に伝わった。やはりというか普通の猫ではないらしい。黒猫は気持ちよさそうに目を細めていた。


「なぁ、提案なんだが……こういうのはどうだ?」


 駐車場の、猫缶が置かれた置き石の前で、一人の学生が屈んで黒猫に喋りかけている。傍から見れば変な光景だが、これこそが俺が未来視で見た結果だった。


 徒花香さんの相談事解決の日は近い。


 日常不思議研究部の日常を、取り戻しに行こう。

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日常不思議研究部の顛末 レスタ(スタブレ) @resuta_

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