第14話 日常不思議研究部の回帰

「カァー」と鴉が鳴いた。


 そこでようやく、俺達は金縛りが解けたかのように身体の自由を取り戻した。

 そして一斉に後ろを振り向く。


 そこに見えるのは、赤く焼けた夕焼け通り。

 静かで、不気味で、何もないただの小道。

 人が住んでいるのかも怪しいほどに古めかしい家に挟まれた、道。

 人影などは一つも見当たらない。


 皆は今のはなんだったんだ、と確認するようにお互いの顔を見合わせている。


「なんでしょうか、今の。ストーカー?」

「いやなんか、ストーカーともまた違うような気がするんですが……」


 反して俺の視線は夕焼け通りに吸われたままだった。


「……とりあえず、徒果香と合流するか」


 呟くような神木の言葉に、皆は小さく頷き、そして再び歩き始めた。


「視山くん、行くよ?」

「ああ」


 俺だけぼーっと突っ立っていたからなのか、水坂に声を掛けられて、急いで神木達の後に続く。

 しばらくそのまま歩いて、夕焼け通りを抜けようとした時、俺はもう一度だけ振り返った。


 真っ黒い猫が小道の真ん中で、「ニャア」と俺を見て鳴いていた。

 その表情は、どこか楽しそうに笑っているようだった。


 踵を返し、俺は自分の身に起こった出来事と未来視について考える。

 いや、本当は考えるまでもないのだが、ともかくとして考える。

 答えは既に得た。

 問題はこれを、どう神木達に伝えるかだ。


 幽霊、妖怪、超常現象、あらゆるオカルトが科学によって否定されつつある現代社会。

 そんな世の中で、俺達は不思議な現象と遭遇した。

 何かに見つめられて、動けなくなるような、凍てつくような。

 それは偶然か、はたまた日常不思議研究部である故か。

 ともかくとして俺達は、未来視によるとソレと会敵してしまったらしい。


 ───部名、日常不思議研究部(通称、日議研)。


 活動内容。

 我ら、日常に潜む身の回りの不思議なものを研究し、解明せんとする。

 来たれ、日常に疑問を抱く者たちよ!


 と、部活案内のパンフレットに載せられた文章は建前だったはずなのに。


 それは、この世ならざるあり得ぬもの。

 現実的ではないもの。

 言ってしまえば、日常不思議研究部が指す『日常に潜む不思議なもの』。


「……ガチ怪異じゃねーか」


 何の因果か、日議研はパンフレットに書かれた活動内容に回帰しようとしていた。


 ◇


 その後は先に道を行かせていた徒果香さんと合流を果たした。

 彼女は、囮にするとか酷い、など文句を付けるも、今日もストーカーの視線はなかった、と俺達に報告した。それに対して俺達は困ったように顔を見合わせることしかできなかった。


 神木はよくわからない現象を口にするわけにもいかない、と思ったのか、夕焼け通りでの出来事に関しては特に言及しなかった。それでその場は解散した。徒花香さんはいつもよりも意気消沈している俺達に首をかしげていた。


 そんなことがあった次の日の日議研の部室には、神妙な空気が漂っていた。


 宮城くんはソファーで腕を組み、七扇さんはその隣で頬杖をついている。水坂はオカルト雑誌なんかに手を出しており、神木は壁を背に逆立ちをしたまま口を開こうともしない。


 一昨日までは徒果香さんの部活が終わるまではダラダラと過ごすだけの日議研であったが、昨日の出来事があったからなのか、口数が皆無と言っていい程に少なかった。

 日議研らしくない、と思ってしまうほどに。


 かく言う俺は床でダウンしていた。未来視の副作用で睡魔と戦闘中である。


 昨日は帰宅後に「どうせ寝ねぇし」と、朝までインターネットで怪異について調べていたのだが、未来視以上に有益な情報は得られなかった。普通に勉強でもすればよかったと絶賛後悔中だ。


 そう、怪異だ。

 夕焼け通りの影の正体。黒い猫。ストーカー。この世ならざるあり得ぬもの。


 それらについて色々考えたが、結局その存在への納得は意外にも早かった。驚くほどスッと飲み込めたのは、俺自身未来視なんて訳の分からないものを持っているからなのか、はたまた単に順応が早いだけなのか。ともかくとして、まぁ居るところにはそういう類のものもまだ居んだろう、と妙な納得に至ったのだった。


 そしてその時、夢の現実の境を彷徨っていたということもあるのだろうが、俺は少しミスを犯した。下手したら未来視がバレかねないような。


「夕焼け通りってぇ、幽霊の噂とかあるぅ?」


 自分でも驚くほどにへにょへにょとした情けない声に、神木はカッと目を見開いた。


「刻人、まさかお前。あれが幽霊とでも言うんじゃないだろうな」

「あぁ? ……ああ、いや寝ぼけてただけだよ」

「いいか? 非科学的なモノなんてのは、存在しない」

「お前が言うか、日常不思議研究部部長」


 珍しく語気を荒げる神木を不思議に思いつつ、俺は痛む頭を押さえながら立ち上がった。


「で、なんかないの、噂とか。もしかしたらプラシーボ効果かもしれないだろ」

「プラシーボ効果でアレは、ないと思いますよ視山先輩」

「そもそもプラシーボ効果とはちょっと違くない?」


 宮城くんのちゃちゃと七扇さんのツッコミはこの際無視する。俺はゆっくりと、神木と目を合わせ、そして覗いた。神木は歯切れが悪そうに口を開いた。


「……前にも言ったろ。過去に戻れるだの、未来を映し出すだの、変な噂がある」

「具体的には?」

「随分突っかかるなお前」

「寝ぼけてんだよ」

「それ何回も言い訳に使えると思うなよ」

「わかったから」

「ったく。具体的には……夕焼け通りを通った人間が、そういうのを見れるらしいが」

「まるで狐に化かされてるみたいだな」


 俺の言葉に、神木はピクリと眉を動かした。


「ともかくだ」と沈黙した空気の中、俺は本題に入った。


「寝る。オヤスミ」

「あ、おい」


 眠気が限界だった。倒れるようにして床に寝転がり、目を瞑る。その瞬間の皆は面白いくらいに驚いた表情をしていた。周りからなにか声が聞こえたが、俺はすぐさま眠りに落ちてしまった。


「うぅん」


 そして目を覚ますと、案の定というか部室は真っ暗闇に染まっていた。

 更に言うと部室には俺以外誰もいなかった。


 気怠い身体を起こしてみると、机の上には水坂の文字で『起きないので置いてきます』という置き手紙。スマホを起動して時刻を確認すると夜七時。下校時間はとっくのとうに過ぎていた。薄情者共め。いや俺が全面的に悪いのだが。


 教師にバレないように昇降口に向かうも、当然外に続く扉には鍵が閉められている。出れない。畜生。

 わざわざ叱られに行くのに、意気揚々と歩く奴はいないだろう。俺は肩を落としながら、トボトボと職員室へと向かった。


 教育指導の教師にしこたま叱られた後に、未だに痛む頭を抱えながら閉ざされていた校門を出る。


 徒果香さんの相談事をさっさと解決したいな、と思いながら、俺は欠伸をしてから帰路についた。

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