第七章 最終決戦〈2〉

「どうよペイル! アンタの自慢の騎士団、一人残らず殲滅してやったわよ!」


 マジックフィールドと蟲結界が解かれた時には、空を覆い尽くしていた天族の軍団はすでに消え去り、天族はペイル一人を残すのみとなっていた。

「お……のれ、災いの子めが!」


 そうペイルはアドリーを睨むが、膝を折り、もう立ち上がることも出来ないようだった。いや、それだけじゃない。ペイルの体は半透明になり、今にも消えてしまいそうだ。


「まあ、アタシの黄昏に輝きし炎麗世界ファナティーク・クライジースをくらっても、まだ五体満足でいられている事は褒めてあげるわ。でも、アンタのチンケなマジックバリアじゃ、それが限界だったでしょうけど」


 しかし、あれだけの大軍をたった三人で全滅させるなんて……


「なあシルヴィ、オマエ達ってこれだけの力を持ってるのに、なんで向こうの世界じゃ天族に勝てなかったんだ? 相手に反撃の隙も与えずに圧勝じゃないか……」

「理由は簡単だ。見るがいい」


 言いながらシルヴィは、地面に落ちていた半透明の何かのカケラのような物を指し示す。


「これは……?」

「先程のアドリーの魔法によって砕かれた天族の体の一部だ」

「げっ、肉片――じゃ、ないよな?」


 とても生物の肉片になんて見えない。何と言うか、水たまりを固形化させたようなゼリー状の物体……ん? まるで今のペイルの状態にも似ているが……


「……って、まさか! ウソだろ!」


 そのゼリー状の物体は、少しずつではあるが、段々と大きくなり始めていたのだ。


「これって、復活しようとしているのか!」

「ダーリン、コイツらには死という概念が無いのよ。文字通りの不死身なの。そんな風にカケラさえ残っていれば、そこから復活しやがるのよ。だから、結局こっちはジリ貧になってゆく。いくらアタシだって、魔力は膨大でも体力には限界があるもの」

「当然でしょう。我らの体は神より授かりし大いなる宝。汝ら下劣な人の子とは訳が違うのですよ」

「でもさ、それにしてはいつもより回復が遅くない?」


 言いながらアドリーは膝を付くペイルに近付くと、その肩を踏みつけ、ニヤつきながら見下ろした。


「いつもならケシズミにしたって三秒で復活するアンタらがさ。ねえペェ~イィ~ルゥ~」

「くっ……」と、顔を曇らせるペイル。

 そこにアドリーは、勝ち誇ったように言い放った。


「さてはアンタら、そのアストラルボディ、こっちの世界で再構築したわね」

「アストラルボディって、つまり幽体……?」

「そうだ。こやつらの体はアストラルボディで出来ているのだ」

「本来アストラルボディ、は肉体に魂が宿る事に、よって発生する。肉体が無く、なればアストラルボディ、も消滅する。けれど天族のアストラルボディ、は魂より発せられている。だから魂さえ、無事なら、いくら損傷してもすぐに回復する。それが天族、が不死身の理由……」

「つまりねダーリン、コイツらは自我精神体アストラルボディのみで生きる霊性種族なのよ」


 と、アドリーは更にペイルの肩を強く踏みつけ、ペイルを地面に這わせた。


「だけど、コイツらのアストラルボディは、肉体が無くなれば消滅してしまうアタシら人のアストラルボディと違って、肉体的性質ってやつが備わっているの。だから、幽霊みたいなコイツらでも物体を掴む事が出来るし、こうして踏みつけてやる事も出来るわけ。でも、魂と同じ霊性質であるアストラルボディとは言え、そこに肉体的性質が備わっている以上、アタシらの肉体と同じように電脳空間では剥がされる。もちろん、天族と言えど物質世界で魂だけでは存在できないっていう大原則にも逆らえない」

「だから体を再構築する必要があった。でも、そんな大きな力を使えば――」

「ええ、そういうこと。いくら無限の回復力を持つ天族と言っても、アストラルボディの再構築なんて事をすれば魂は疲弊する。言ってみればコイツらは、ぜーぜー息切れしたまま無謀にもアタシに戦いを挑んできたってわけよ。大方、数で押し切れるとでも思っていたんでしょうけど――このアタシを誰だと思ってんの? なめんじゃないわよ、ペイル」


 ペイルは地面に顔を伏せたまま、もう何も言わなかった。


「さて、本当だったら最後はダーリンに決めてもらおうと思っていたんだけど――」


 俺が……?


「――でも、コイツらがこんな状態だったら楽勝で封印できそうね」

「封印って……」

「天族は殺せない以上、封印するしか方法がないのよ。普段なら、いくら大ダメージを負わせたって爆速的に回復されるから、それも叶わないんだけど、疲弊しきっている今なら封印出来るってわけ――んじゃ、いくわよ」


 アドリーは素早くコマンドを切り、両手を高々と掲げる。同時に空には、大きな赤い魔法陣が浮かび上がった。


「炎の格子、不可視の牢獄よ――」


 アドリーの詠唱と共に魔法陣が強く光り始める。

 だが、その瞬間だった。


「な、なんだ……!」


 体が動かない……地面に顔を伏せたままペイルが俺に向かって手を……天威!


 ――――――――ドクン!


 なんだよ、この痛み……まさか、心臓が……


「アンちゃん!」


 額に脂汗を浮かべ、苦悶の表情を作る俺に気付いたリイネが叫ぶ。

 続けて、詠唱に集中していたアドリーが気付いて詠唱を中断し、シルヴィとミースも動いた――が、遅かった。


「これはこれは、まったく素晴らしいですね」


 ペイルは全員に天威を向けながら、ゆっくりと立ち上がる。その場に居る誰もがペイルの天威によって動けなかった。

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