第七章 最終決戦〈1〉
陽光のように輝く異様な月の下、天族はその翼をはためかせ次々と集結を始めた。
ある者は、さっきまでの微笑みを憤怒の表情に変え、またある者は、天の御使いとはとても言いがたい口だけのバケモノの姿で俺達を囲み始める。
そんな天族の軍団に真っ先に切り込んだのはシルヴィだった。
そこにペイルが叫ぶ。
「あの黒い鎧に天威は効きません! 兄弟達よ、武器を手に取り討ち滅ぼすのです!」
「ふん、不殺生の戒律とやらはどこに行った? 相変わらず都合のいい戒律よなッ!」
剣や槍を持った天族の騎士達がシルヴィ目がけて一斉に襲いかかる。
だが、シルヴィも魔剣ゴウスツの消える斬撃の一振りで一気になぎ払う。
同時に、ペイルが腰の剣を抜いた。
「天威が効かぬ魔の鎧を身につけるというのは、天への反逆も同じ事。そこに不殺生の戒律という慈悲深い戒律は存在しません、反逆の王よ」
「まだ余を反逆の王と呼ぶか。先に我らを裏切ったのは貴様らの方であろう!」
シルヴィが高々と魔剣ゴウスツを空に掲げる。
「集え雷、剣となりて敵を討ち滅ぼせ――
空に現れた黄色の魔法陣から黒い轟雷が天族の大群に降り注ぐ。と、シルヴィの掲げる魔剣ゴウスツが、その黒い稲光を吸収し、闇の光を放つ――
「見るがいい、余の必殺の剣技を。魔剣技――虚影雷鳴斬、百人斬りッ!」
一瞬だった。音速の斬撃は残像も残さず、一瞬にして百人はいようかという周りの天族の騎士達すべてを斬り伏せたのだった。
さすがに怯んだ様子を見せるペイルに、シルヴィは魔剣を突き立てる。
「天よりの御使いだと近付いた貴様らは、笑いながら父王を手に掛け、母を、王国民を物言わぬ生ける屍と変えた。これを裏切りと言わずなんと言うつもりか!」
アイツ、そんなことが……
「余は父王より譲り受けたこの魔剣と魔装のおかけで、どうにか生きながらえたが、戴冠をすることもなくたった一人の王となってしまった余は、一時は自ら命を絶つ事も考えた。しかし、そこに現れたのは、一人孤独に戦うアドリーであった」
たった一人で……
「災いの子だと幼き頃より貴様らに幽閉され、貴様らの魔力の供給源としてその魔力を吸い上げられ続けるという辱めを受けながら――」
そうか。妙だとは思っていたんだ。都合良くねじ曲げる不殺生の戒律のくせに、なんでコイツらは自分達の脅威となるアドリーだけは捕らえる事に固執していたのか。
「――それでもアドリーは反撃の機を窺い、そして一人、貴様らに戦いを挑んだ。その姿はなんと美しかった事か! 余はアドリーの美しさに見とれ、そして!」
「シルヴィうるさい。新手、が来た。黙って戦え」
空を見れば、次から次に新たな天族が集まり始めていた。何百……いや何千……なんて数だ。コイツらいったい、どれくらいの大軍でこっちの世界に来たっていうんだ。
「ミース、うるさいとはなんだ! 余はこの外道にアドリーの美しさを説き、それから叩き斬ってやろうとだな――」
「それが、うるさい、の」
ウソだろ? 二人共、あの空を覆う天族の大軍をまったく気にしていない……
「アドリー、なんて、どうだっていい。わたし、が許せないのは、わたしの、才賀璃衣音、に手を出したこと……」
はい? ミース、今なんか妙なこと言わなかったか……?
「魔蟲召喚――群蟲嵐舞・千紫万紅」
大きな黒い魔法陣がミースの目の前に現れる。と、魔法陣から空高く舞い上がっていったのは――光り輝く七色の光?
「うわぁ! アンちゃん、空が虹色になってすごくキレイなの!」
「あの子達は群生蟲、という魔蟲。飛ぶと虹色の、分泌物を出して空を美しく、染め上げる……」
リイネは空を見上げて見とれているけど――おいおい、あの群生蟲とかいうカナブンみたいな魔蟲が通った後、まるで消しゴムでもかけたみたいに天族の騎士達が消えていってるぞ。農作物を襲うイナゴの大群みたいに、骨も残らず食い尽くしている……
しかも、あの虹色の分泌物に触れた天族は次々と落ちていってるし。アレ猛毒かよ。
「あのね、リイネ知ってるの。菊田さん、中学の時に花壇のお手入れしたり、虫さんたちが誰かに踏まれちゃわないようにしたりしていたの。菊田さん、とっても優しいの」
「見ていて、くれたの……?」
「うん。あっ、でも本当の名前はミースちゃんって言うんだっけ? じゃあミーちゃんなの」
「いや、リイネ、それはちょっと……」
「ミーちゃん……かわいい……うん……」
いやいやオマエ、わたしをミーと呼ぶなとか言ってたじゃん……
「わたしも、リイネちゃんって……」
「うん。リイネちゃんって呼んでなの。これで二人は仲良しさんなの」
「な……なかよし……」
ミースは顔を伏せて、真っ赤になってる。なんかコイツも妙な流れになってきたな……
……しかし、アドリーは何をやって――ん? 目を瞑って何かやたらと複雑な
と、アドリーが不意に目を開けた。その瞬間、ルビーのような赤い瞳はさらに美しく輝き、腰まである長い髪は炎のように逆立った。
「ミー、敵の残存数は?」
「だからわたし、をミーと呼ぶな……残り、およそ二千……」
「シルヴィ、範囲は?」
「半径1キロ以内に結集している。問題ない」
「それじゃあ、いつものブッ放すわよ!」
そして、アドリーはリイネに笑顔を向けた。
「リイネ、アンタには感謝してるわ。アンタが作ってくれたこの赤いドレスがいい触媒になった。おかげで私の最強魔法が撃てるわ!」
アドリーの赤いドレスが燃え上がる。いや、炎と変わったのか!
「兄弟達よ! アドリーにあの魔法を撃たせてはなりません!」
半狂乱になったかのようにペイルは叫び、空から地上から残りの天族がアドリーに襲いかかる。だが――
「もう遅いッ!」
アドリーがそう叫ぶと同時に、その頭上には炎と燃える魔法陣が多重構造で現れ、それは襲いかかってきた天族達を弾き飛ばしながら巨大化、ついには空を覆った。
「開け炎の扉! 我が呼び掛けに答えよ、赤き精霊の王!」
なんだ? 魔法陣が変化する……
それを見計らったようにシルヴィが地面に両手を当て唱える。
「魔装クワイエンよ、その力を持って包囲せよ!」
白い光がドーム状に広がり、この住宅地周辺を囲ってゆく。
続けてミース。
「魔蟲召喚――蟲結界」
俺、リイネ、シルヴィ、ミースの足下に黒い魔法陣が現れる。いや、それだけじゃない。他の人々や植物や建造物に至るまで魔法陣が現れ、そこから鋼色をした芋虫みたいな無数の魔蟲が対象を箱のような形に包み込んだ。
「この子達は、鉄塊蟲。あらゆる、攻撃から絶対的、に守ってくれるいい子達……」
「守ってくれるって……」
「アドリーのあの魔法は見境が無い故な、余が魔装クワイエンでマジックフィールドを形成し、ミースが蟲で範囲内の味方を守らんと被害が酷い。炎そのものが時間に干渉している故、
「冗談だろ……」
そこに、アドリーの声が響いた。
「クックックックッ、それじゃいくわよ。全員まとめてブッ殺すッ!」
アドリーは大きく両腕を広げた。
「
鉄塊蟲の壁の隙間から見えた光景、それは、火の鳥となったアドリーの姿だった。
一度は天を覆った魔法陣がアドリーに覆い被さるように落ち、炎と化したドレスが吹き上がって天を突く。同時に、広げたアドリーの両腕は翼となり、アドリーの体から巨大な火の鳥が飛び立ったのだった。
火の鳥は炎の軌跡を描き、すべてを炎に包み込んで行く。
「あの火の鳥が、アドリーと血の盟約を交わした火の精霊王だ。人間が精霊の王と盟約を結ぶなど、普通は考えられないのだがな。会う事すら難しいというのに」
「火の精霊王……」
美しい、思わず俺はそう思ってしまった。火の鳥が描く炎の軌跡は、まるで宝石を散りばめていくかのように輝き、炎のドレスに身を包み、両腕を振って火の鳥を操るアドリーの姿は、激しくも美しく舞う火の女神のようだった……
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