第五章 異世界の扉〈1〉
「まずは、あの【デビルズサーガ】というゲームから説明せねばならぬだろうな」
半田白――シルヴィアン=パンは、190センチにも迫ろうかという長身から俺を静かに見下ろし、語り出した。
「どういう力が働いたのか、はたまた本当に単なる偶然なのかは、我々にも判らぬ。だが、事実としてあるのは、あのゲームで描かれた世界が我らの住んでいた世界と酷似していたという事だ。文化、風土、人種、魔法やアイテム、モンスター達の姿形や生態系まで。その事実が、我らの世界とあのゲーム世界を繋げてしまった」
「ゲームと異世界が繋がった……?」
「簡単に言ってしまえばそういう事だ。しかし、さして大きな影響があったわけでもない。ネズミ一匹が通れる程度の小さな次元の歪みが生じただけであったからな」
と、そこにアドリーが口を挟んだ。
「でね、その歪みは、アタシらに取っては好都合だったわけ」
「好都合……?」
「アタシら元の世界じゃ、ちょっとやっかいな奴らと交戦中でね。言いたくはないけど劣勢だったのも確か。そこに現れた異世界への
つまり、逃げ出したって事か。でも、アドリー程の魔法使いが逃げ出す敵って……?
と、そこにシルヴィが困ったような顔をしてアドリーに視線を移した。
「ただし、誤算もあったがな……」
「それは謝るわよ……」
「どういう事だよ?」
「デビルズサーガと我らの世界を繋ぐ扉を最初に発見したのはアドリーであったが、アドリーは我らが止めるのも聞かず扉を魔力で広げてくぐってしまったのだ。当然、我らも追わざるえなくなったわけだが、まさかその先にある世界が肉体を保てぬ世界だとは夢にも思っていなかったのだ」
「だって電脳世界なんてこっち来て初めて知ったし。アハハッ」
なんという無責任な笑顔……
「扉をくぐった途端、我らの肉体は消滅し、魂だけの存在となってしまった」
確かに、電脳世界じゃ肉体は保てないよな……
「かと言って、戻って魂のまま物質世界に出ようものならたちまち死者の国へと誘われてしまう。こうして我らは、あのデビルズサーガというゲーム世界に留まることを余儀なくされたのだ」
「でもね、こっちの人間のゲームに対する熱狂振りには驚かされたわ。電脳世界で戦争でもやっているのかと思ったくらい」
まあ、否定はしないな……
「そこで
だからその肩書き、長すぎだって……
「あの熱狂を魔力に変換したら膨大な魔力が集まるんじゃないのかなって。上手くいけばその魔力を使って肉体を作り出す、つまり受肉する事も可能かなって。でも、その為には熱狂を一カ所に集中させる必要があったの。そこで思いついたのが――」
「自分達がデビルズサーガのボスになる事か……」
「せいかーい。後は簡単だったわ。コミュニティに裏ボスの噂を流して、何人かのプレイヤーを招き入れたら噂は瞬く間に広がって、熱狂はすぐにアタシらに集中してくれた。動画や写真に映らないように結界を張っといたのも正解だったわ。思惑通りアタシが作り出した都市伝説に更に拍車が掛かってくれて、みんなアタシらを捜すのに必死になってくれた。まあ、それだけでも充分に魔力は溜まったんだけどぉ――後はお遊びね」
「お遊び?」
「そう。魔力が溜まるのを待っているだけって言うのもヒマだったから、腕の立ちそうなプレイヤーを招き入れてはヒマ潰しに遊んだのよ。だけど、みんなシルヴィーの魔剣でやられちゃうじゃない。そのせいで最初はシルヴィが魔王だって勘違いされて、アタシとしては面白くないわけ。だから、シルヴィには手抜くように言ってアタシが出るようにしたのよ。ちなみに、ダーリンの時はシルヴィは本気だったみたいだけどね」
「本気にさせられたと言った方が正しいな。余は本気で其方と戦い敗戦を喫した。先程は、遺恨は無い、などと言ったが、再戦したい気持ちが無かったかと言えば嘘になる。其方だけが唯一人、本気の余を倒した相手なのだからな。しかし安心するがいい。今度こそ……うん、今度こそ遺恨は……無い……」
なんか、たっぷり遺恨残してそうだな……
「でね、ダーリンが現れるまでは、アタシとマトモに戦える奴なんて居なかったから、アタシはそいつらを一瞬で撃破しちゃうわけ。するとね、プレイヤーはみんなアタシが一度しか呼ばないのは知っていたから、その悔しがる姿や落ち込む様子が尋常じゃなくって、中には泣いちゃう奴まで居てさ、ホント楽しかったわ。アーッハッハッハッハッ!」
うわぁ~、性格悪……
「……そうなのだ。来栖杏、其方さえ現れなければ万事上手く事は運ぶはずだったのだ」
途端にシルヴィが俺を睨んだ。
「其方があの時、突然死んだりなどしなければ、アドリーがあのような気の迷いなど起こす事も無かったのだ。其方の魂を呼び戻す為にアドリーは受肉の為に溜め込んだ魔力を全て使い、己の受肉を叶わなくさせてしまったのだぞ…!」
「――ッ!」
やっぱり、そうだったのか……
「アドリー、俺、何て言っていいか……」
だが、アドリーは明るい笑顔を見せるのだった。
「さっきも言ったけど、アレはアタシが勝手にやったこと。ダーリンは気にしなくていいのよ。このアタシにあそこまでの強さを示す事の出来た勇者へのご褒美。でも、安心して。それはそれ。その事を盾にダーリンに、アタシの物になりなさい、なんて事を言うつもりはないから。そんなカッコ悪い事、言いたくもないしね」
なんだか急に普通の女の子みたいで、それは意外にもちょっと可愛らしくもあって、俺はつい顔をほころばした。
「ごめん、アドリー。俺、アドリーのこと少し勘違いしていた――」
が、そこに再びシルヴィが声を上げた。
「では……! ではッ! あの事はどうするのだ! 『この世界を一瞬で征服した後、すべてのイケメン、美少女を己の所有物とする大ハーレム宮殿を作る』という壮大な夢は!」
「はい……?」
「チッ、このバカ……」とアドリー。
「余もそのハーレムの中に入れてもらう約束だったではないか! いや、其方を妃として迎え入れたいのは山々だが、其方は自由な女だ。だから、妃が叶わぬのならせめて、そのハーレムに……いやなに、余が一番で無くとも良いのだぞ。その……二番目でも、三番目でも……」
190センチにも迫ろうかという体をモジモジし始めるシルヴィ。まあ、どっちが妃でも構わないが、とりあえずこじらせ過ぎだ……
で、コイツ。前言撤回。一瞬でもコイツを普通の女の子みたいだなんて思った俺がバカだった。
「……ったく。全てのイケメン、美少女をって、男も女も見境無しかオマエは……」
「当然よ。この世でアタシが気に入ったものは全てアタシの所有物なんだから」
「本当に上から下までガッツリ魔王だな……」
「でもダーリン、勘違いしないで。それは昔の話。今のアタシはダーリンの愛一筋に生きる愛の魔法少女なんだからね」
一変して猫なで声で抱きつこうとしてくるアドリー。それを俺はひょいと交わし、
「とりあえず命を助けてもらった事には礼を言うよ。感謝しても仕切れないくらいだ――」
それから呆れた顔を向けた。
「――そもそも強敵からの撤退を余儀なくされてこっちの世界に来たんだったら、そこで平穏に暮らそうって考えは無いのかよ……」
「イヤよ。アタシ、平穏って言葉が一番キライなの。刺激を求めて気の向くままに生きるのがアタシの性分。だったら世界なんてまず征服しちゃった方が何をするにしても楽じゃない? まあ、ハーレムはついでだけどね」
「ついででハーレムを作ろうとするな……」
俺は更に呆れ返る。
「だいたい、その言っている『やっかいな敵』って何者だよ――あっ!」
そうだ。油断していると忘れそうになるが、アドリーは魔王なんだ。アドリー程強力な魔法使いを退ける敵と言ったら!
「まさかオマエら、それって勇者とかじゃないだろうな!」
――が、アドリーとシルヴィはお互いの顔を見合わせると、苦笑を浮かべ合うのだった。
「残念だが来栖杏。そこだけはゲームの中だけの話だ」
「勇者なんて便利な奴が居たなら、アタシらもこんな苦労してないわ」
「話が見えねえよ」
「ウーン……つまりね、デビルズサーガの世界は、確かにアタシらの世界と酷似はしているけど、あくまで世界の形が似ているっていうだけの話。勇者って言うなら、アタシの方がよっぽど勇者らしい事をしていたわよ」
と、その時だった。
『アドリー、は魔王。勇者、なわけない』
妙な言葉の区切り方をするその声は、突然のように割って入ってきたのだった。
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