第四章 デビルズサーガ〈4〉

『ボクの使い方は覚えている?』


 鎧となった彼女の声が頭の中に響いてくる。


「ああ。今思い出したよ」


 俺は力強く頷く。


「……とは言っても、スキルコマンドの記憶は、まだ曖昧だけどね」

『そうか、君たちはコマンドという物が必要だったね。でも、ボクを装備している時は、いちいちコマンドを切らなくても頭の中で思い描くだけで大丈夫だよ。そのイメージをボクが読み取れば問題なく動けるはずだ』

「助かるよ。それならだいぶ自由がきく」

『それじゃまず、ボクの翼の広げてみようか。出来る?』

「もちろん」


 散々使ったからな。確か、連続して上方へ2回。

 と、目の前に白い魔法陣――


「竜技――ドラゴン・ウィング!」

「鎧から翼が……!」


 黒い鎧兜がそう声を上げた時には、俺はすでに奴の目の前へと間合いを詰めていた。そのまま俺は、黒い鎧兜の腹部に渾身の右ストレートを食らわす。

 だが、奴も咄嗟に魔剣ゴウスツの大きさを盾にしてガードする。

 が、三メーター以上は吹っ飛ばしたか。

 そう。このドラゴニックメイルの一番の特徴は、これ自体が鎧であり武器。格闘戦用鎧アルティメットアーマーだということ。


「稀に竜種が気まぐれで人に力を貸す事があるというが……しかし、たかがドラゴンメイルに変化しただけの事。余の魔剣ゴウスツの敵ではない!」


 黒い鎧兜は再び魔剣を構え直す。

 そこにアドリーの声が上がった。


「アンタはそいつと戦うのは初めてだから知らないだろうけど、そんな認識でそれと戦ったら死ぬわよ」

「なに……?」

「それは竜の鎧ドラゴンメイルじゃないの。竜の如き鎧ドラゴニックメイルなんだから」

「そういう事だッ!」


 俺は再び鎧兜に詰め寄る。と、同時にジャンプ。

 頭の中でコマンドを切る――連続で下方へ3回。同時に、黒い鎧兜の頭上に白い魔法陣が現れる。そこに目掛けて――


「竜技――テール・ウィップ!」


 右脚を高く上げ、ムチのようにしならせて相手の頭上へと、飛び踵落としジャンピングヒールキック

 だが、地面に体を沈めながらも、鎧兜は再び魔剣ゴウスツで俺の攻撃を受け止める。


「凄まじいな。まさに振り下ろされる竜の尾の一撃と言ったところか」

「分かったか! ドラゴニックメイルはその名の通り、装備者に竜の力を与えてくれるんだ!」

「フン、だからどうしたと言うのだッ!」


 蹴り脚をはじき返されるも、俺は空中で体を翻し着地する。

 と、鎧兜の魔剣の構えが変わった。


「武器より力を与えられているのは余とて同じこと……ならば見せてやろう。魔剣ゴウスツの真の力を!」


 再び、黒い鎧兜の頭上には黒雲が立ちこめ、何層にも連なった巨大な黄色の魔法陣が浮かび上がる。

「集え雷、剣となりて敵を討ち滅ぼせ――黒雷ティン・ドラムッ!」


 再びの轟雷魔法。だが、それが降り注いだのは黒い鎧兜自身にだった。

 いや、それにより奴自身が電気を帯びて、まるで雷そのものになったかのようだ。ただ、腰に構えた魔剣ゴウスツだけが、不気味に黒光りを放っている。


「闇に鍛えられし余の魔剣、雷と共にあれば黒き雷刃と化す――」


 来る……ッ!

 無数の黒い落雷に周りを囲まれ逃げ場が無くなる。すでに魔剣の刀身は消え、音速の見えない斬撃の構え。避けようがない――


「魔剣技――虚影雷鳴斬ッ!」


 だが――


『吹き荒ぶ嵐の国を治める魔剣の王よ、忘れたか? 竜種ドラゴンは史上最強の生物――』

「『そんな攻撃ものボク達には通用しない!』」


 コマンド――大きく円を描く!


「竜技――ドラゴン・スケール!」


 両の篭手に備わっている伸縮自在盾が広がる。同時に俺は、首を断ち切りに来た魔剣ゴウスツを受け、そのまま流して上へと弾く!


「バカなッ……! 音速の斬撃である余の虚影雷鳴斬を!」

「腹がガラ空きだ!」


 俺は右拳を腰に構え、奴の懐に踏み込む。

 コマンド――右左左!


「竜技――ドラゴン・ファング!」


 腰に構えた右拳に竜の頭が宿る。俺は、その竜拳をガラ空きとなった鎧兜の腹に叩き込んだ。


「ガッ……!」


 竜拳は魔装クワイエンを砕き、鎧兜の腹にクリーンヒットする。

 しかし、鎧兜は倒れなかった。


「なんのッ! こんなものォォォォォッ!」


 鎧兜は魔剣ゴウスツを振り上げ、俺の頭目がけて振り下ろしてきた。

 ――が、まだだッ!

 ここで追い打ち攻撃! ドラゴンファング発動中にもう一度、右左左!


「これで終わりだ! 噛み砕け我が盟友ッ!」


 右腕に宿った竜が巨大化し、その顎を開いて魔装クワイエンもろとも振り下ろされた魔剣ゴウスツをも噛み砕く。同時に俺は、打ち込んだ拳に渾身の力を込めて打ち抜いた。

 黒い鎧兜は宙を舞い、地に落ちると、大の字に倒れ込んだまま、もう動かなかった。


「勝った……?」


 俺は兜のバイザーを上げ、その場にへたり込んでしまった。それは戦いが終わった後の疲労感のせいだけじゃない。このドラゴニックメイル、装備していると徐々にMPを消費させるのだ。だから漆黒の魔王アドリー戦に温存して、鎧兜相手の時にはドラゴニックメイルは使わなかったわけだが――

 この倦怠感と目まい、MP消費って現実にはこんな感じなんだな……ああ、頭がクラクラする……

 と、そこにいつものが抱きついてきた。


「さっすがダーリン!」


 それからアドリーはドラゴニックメイルをぐいぐいと引っ張った。


「さあ役目が終わったならさっさとダーリンから離れなさいよ、トカゲ女!」


 と、ドラゴニックメイルが一瞬光ったかと思うと、目の前には緑色のワンピースの少女が立っていた。


「まったく、相変わらずアドリーは乱暴だなぁ……でも――」


 緑色のワンピースの少女は、俺のおでこに自分のおでこを当て、呟いた……


「――我が友よ、すごく気持ち良かったよ。またしよう、ね?」

「いや……あの……」


 戸惑う俺の後ろで、アドリーが炎のようなオーラを上げた。


「ブッ殺すッ!」

「アハハッ、それじゃ、アドリーに殺される前にボクは退散するよ。ボクが必要な時はまたいつでも呼んでね、我が友よ」


 緑色のワンピースの少女は、無邪気な笑顔を浮かべたまま幻のように消えていった。


「アイツ、絶対分かってて言ってるわ! そもそも、なんでアイツばっかり受肉も無しに転位出来てんのよ……あっ、アイテム扱いだからね。魂はそこに宿っちゃえばいいんだから。まったく迂闊だったわ……」


 受肉? 転位?


「なあ、アドリー、そろそろ……」


 と、言いかけたところで声が上がった。


「なぜだアドリー! 余は! 余はッ!」


 起き上がった黒い鎧兜が、腹を押さえてフラフラとした足取りながらもアドリーに詰め寄った。いや、もう鎧兜ではないが――

 鎧を脱ぎ去ったその姿に、俺は言葉を失った。


「半田……先輩……?」


 その姿は、紛れもなくあの女子バスケ部のキャプテン、半田だった。


「ん? ああ、そうであったな。驚くのも無理はない」


 俺の驚きの声にそう振り返った半田は、ゆっくり俺の方に歩いてくると、


其方そなたとは恋敵であるが、礼儀に欠けるのも余は好きではない故、今更だが自己紹介しよう。我が名はシルヴィアン=パン。吹きすさぶ嵐の国を治める王である」

「はあ……」

「来栖杏、先程の戦い見事であった。余の虚影雷鳴斬を弾き、カウンターへと持ってゆく。あれはパリィとかいう技であったな」

「ええ、まあ、デビルズサーガに限ったテクニックじゃないですけど……」

「うむ、とにかく見事であった。余の完敗だ。よって其方には余をシルヴィと愛称で呼ぶ事を許そう」

「そりゃ、どーも……」


 なんかもう訳が分からん……


「えーと……半田先輩じゃあないんですか……?」

「うむ、確かに余は半田しろではある。だが、シルヴィアン=パンでもあるのだ」

「つまり、アドリーと同じように……?」

「いや、そうではない。この肉体は間違いなく余の肉体である。ただ、人間の高校生、半田しろとしての顔もあるというだけだ。アドリーが目覚めるまでの退屈しのぎに始めた高校生だが、五年にもなるな」

「はい? なんですかそれ?」

「進級シーズンの時に余への認知を魔法で変え、高校二年生を繰り返しているのだ。余もアドリーと同じように精霊との血の契約により肉体は歳を取らぬ故、問題も無い」


 ますます訳が分からん……


「もっとも、シルヴィアン=パンと名乗るのは受肉して以来、今回が初であるがな」


 と、そこで俺は思わず大きな溜め息を漏らしてしまった。


「あのさぁ……」


 聞きたい事も聞けず、訳が分からないまま次から次へと訳が分からない事ばかり起こって勝手に話が進んで今もそうだ。ずっとモヤモヤしたまま、もうウンザリだ!


「受肉だとか転位だとか! あのモンスター達と言い、ゲームキャラクターがどうして現実になってる! だけどその一方じゃ、アドリーの飛翔魔法やら物質転位の魔法、なんだあれは! デビルズサーガにあんな魔法は無かったはずだ!」


 俺がアドリーに感じていた違和感というのがそれだった。ついでに言えば轟雷魔法ティン・ドラム。あの魔法だって使ってくるのはコイツくらいなものなのだ。

 だが、一気にまくし立てた俺に半田先輩――シルヴィは不思議そうな顔を作った。


「我らが其方の知らぬ魔法を使うのは当然であろう? 何を勘違いしているかは知らぬが、我らはゲームキャラクターなどではない。あの竜種や其方の戦ったモンスター達もそうだ」

「はぁ?」


 思わず呆気に取られてしまう俺だったが、そんな俺をよそにシルヴィはアドリーを見る。


「……と、言うよりもだ。アドリー。其方、何も説明しておらんかったのか?」

「なんかメンドーで」


 これだよ……


「面倒などという事があるか! 今このような事態になっておるのは、全てここに居る来栖杏の責任ではないか!」


 …………………………えっ?


「別にダーリンは何も悪くないわよ。アレはアタシが勝手にやった事だもの」


 だが、シルヴィは俺に詰め寄った。


「来栖杏、そんなに聞きたければ余が説明してやる。全ての原因は五年前、其方がアドリーとの対戦中に死亡した事が原因なのだ! あの時、其方が死にさえしなければ今このような事態にはなっておらぬのだ!」

「死んだ? 俺が……?」

「そうだ。十歳の時に其方は一度死に、アドリーによって生かされた。今、其方が生きていられるのはアドリーの魔力のおかげなのだ」


 ……いや、何となく気付いてはいたさ。俺は死んでいたと、始めにアドリーに言われていたし……しかし、いざ面と向かってそれが事実だと言われると、もう何をどう受け止めればいいのか……


「一体、オマエらは何者なんだ……?」


 それが、愕然と立ち尽くす俺がようやく吐き出せた言葉だった。

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