冬になれば
ナナシの文字
「春になれば」
雪で積まれた針葉樹林の木々が生い茂る冬の山奥
人が寄りつかないこの台地には凍りつく空気と共に煌びやかな雪の結晶が白雲から降り続ける
山の頂では肌を突き刺すような風が雪煙を吹き荒れ、山麓へ誘われるように流れていく
静寂とは程遠い激しい吹雪により裾野に残っていた動物の足跡は消失する
上を見上げても大雲に隠れて暗黒の天を照らす一番星すら顔を隠す空模様
真っ平らな白銀の丘陵を前に二人の影がその光景を眺めていた
「寒いっ!なんだよこの寒さ……何重にも服を着ているのにまだ体の芯まで凍るな。ここの気温少しおかしいじゃないのか?」
隣に座っている『男』は同じ軍服の上から何重にも服を着込んでいる体に擦り続けて寒さをアピールしながらそんな凍えた声でこっちに喋りかけている
「そんなの仕方ないだろ?俺たちは極寒の雪山の中にいるんだ。少しは我慢しろよな!」
目の前にいる『男』のそんな態度にあきれ、ふと上を見上げても白とは程遠い灰色のような雲に隠れて星すらまともに見えない
『俺』たちは武器や食糧を全線に届ける後方支援部隊に所属している
今回の任務も食料品を最前線に配給している途中に生憎の吹雪により足止めをくらっている
戦場から比較的離れた場所に残留しているとはいえ、『男』の腑抜けた姿を見て『俺』は軽く叱責する
「後方支援の補給係ができるだけ物資は温存しないとこの
なんたって隊長は一つのミスで全ての責任を隊長を除く部隊全員に取らされる
『俺』も一度ミスをして後ろで腕を組んでウサギ跳びをしながらグラウンドを何周もさせらた
後ろで一緒に連帯責任を取らされ、ウサギ跳び仲間たちに初めて申し訳なさという感情が芽生えた
そんな隊長に部隊の中で一番にどやされた続けていたのは横の『男』だったがな
「それはこの状況で勘弁して欲しいところだな。……それにしてもいつまで立ち往生しているんだ?」
見た目は真面目そうだが『男』は訓練候補生時代から寝坊やら上官に反抗したりして隊長に怒られ、手を焼かれる問題児
余りにも反抗し過ぎて隊長の頭皮がここ数年でツルツルになってきたのはこの『男』のせいではないのか?という噂もある
その隊長も山の途中に設置してある半分廃墟になっているコンクリートと鉄骨でできた古びた基地に俺たちの部隊が持ってきた救援物資が入ったカバンやソリなどをいれ、すでに休んでいる
そのため何十メートルも離れている『俺』と『男』の会話のことは決して気づくことはない
「さぁ?前線がいよいよ大詰めになっているとか何とかで、補給部隊もこんな中途半端なところにいるんだと。」
人伝から聞いた風の噂とすれ違う別の補給部隊の雰囲気から察するにそれなりにこの戦いも最終局面に達しているみたいだ
その影響なのか比較的戦場から近いこの地域からでもドンパチしている銃声や騒音もかすかに聞こえるぐらいだった
「早く終わらんものかね。もう冬だって終わるっていうのに前線でよく戦っていけるな。……全線に行った同期のアイツらには悪いが、ここに配属回されてよかったと常々思うな。」
「それでも、あの山を越えたらもう戦場だ。隙を見せたら鉛玉ですぐにやられるぞ。」
その山の方向を少しばかり眺めたが特に変化はなくただ雪の結晶が目に入ったので目を擦る
上から降ってくる雪のかけらを顔に受けないように座っていた体に顔をうずくめその自分の腕の隙間から山の逆の方向をちらりと見る
「大丈夫なんだよな。」
初めて聞いた『男』の不安げな声に驚きつつも、聞かれたことなのでそのまま相槌を打つ
「らしくないな。……大丈夫だろ。春になればこの小競り合いもすべて終わる。そうなれば『俺』たちも故郷に帰っている頃だ。」
「そうだな!さっさと故郷に帰って有るだけの酒が飲みないよなー。こんな身体が熱くなるだけの戦場御用達の安物の焼酒よりな!」
さっき暗い雰囲気とは真逆の明るい平時の男に戻った
そのいつもの調子に便乗した俺は男の冗談に笑いながら話を続ける
「おい。『俺』もそうしたいところだが我慢しているんだ。今頃テントで気持ちよく寝ているやつらもそんなこと嘆いていたぜ。」
—————ザシュ
突然後ろから雪の上を歩く音がしたので反射的にそばにあったライフルを取り出だす
男の顔を交互に見ながらライフルの照準を合わせる
人影がすぐ側に近づいていき、手から引き金を引こうとしたがさっきまで曇っていた空がすこし開け夜空の星の光から音の正体を目で捉えることができた
「交代の時間だよ。二人とも。」
ゴーグルを外した者たちが着ていたのは紛れもない俺たちの部隊の軍服だった
二人はライフルを手に持ち無防備にそこに立っていた
「……なんだおまえらかビビらせやって、そろそろ見張りの交代時間か?」
二人とも『俺』たちと一緒に後方支援部隊に配属された同期である
特にこれと言って特徴もないので適当に呼びかける時はお前とだけで呼んでいる
本名は知らん、前に紹介された気がするが覚えていない
「そうだね。もう時間になるから二人とも休んできな。あとの見張り係はやるから。」
ホッとしながら『俺』がライフルの銃口を向けても二人とも何も言わないことに少し引いていた
しかし、これから休憩でテントでグッスリ寝れることに比べればそんなことは気にならない
「ありがとな、二人とも。行くぞ。」
「そうだな。さっさとテントに入って休もう……今日は疲れた。」
簡易的に作られた周りと擬態させた白いテントの中で、狭い密度のなか敷き詰められながら日々の疲れで熟睡して寝ている
その密度の中に空いたスペースを見つけ、蟻のように集まった塊の中に入る
男と共に寝そべったとき、俺は疲労により疲れたまぶたを閉じる
目を閉じたことで視界がなくなり暗黒の中を彷徨いながら意識を失おうとしたとき
『男』の不安げなあの声が反復した
――大丈夫か?
って、そんなこと俺にわかるはずないだろ
テントの中にいてもわずかな隙間から入る吹雪で体の芯が冷える
しかし辛くはない、ただ淡々に任務をこなせばいい
戦場に、思ってもいない同志たちに、物資を届け戦争を一日でも早く終わらせるために明日に備えるんだ
そうすればこの不安も多分なくなるに違いない
「眠れん。」
寝る体勢になった縮こまった体を崩し、男が寝ているところに顔を向ける
すでにイビキを掻いている男に再び呆れながら左足を支えにその場に立つ
「気になって寝れないんだからな。お前のせいだぞ。」
男の頭部を髪の毛を触るの加減で軽く蹴る
吐息を奏でながら寝ている仲間の身体を避け、風に吸い込まれるようにテントの出口へ出て行く
外はまだ吹雪が続いていたが吹いてくる雪の量が視界で確認できるほどはっきりと弱まっていた
風に流れてくる雪が少なくなったことにより視界が明るくなり、より鮮明に景色が見える
空を見ると風の流れに運ばれて、中心が裂けるように白雲は開けていた
見張りをしていたときには雲に隠れて見えなかった一番星が赤く光っている
「綺麗だ。」
いつも故郷で見る星々とは違い
その景色は何故か、油断したら涙が溢れるかのように神秘的に見えた
横から振りかぶる風が強くなり雲がまた開けてゆく
雲が空から消えていくことで赤い一番星の他にも星々が視界に映る
見えてきた星々の中で一番星と同じくらい輝いている三連星を発見した
目で追った三連星はより一層明るくなりだんだん手が届く程大きくなる
「あ、星じゃない。」
気づいたときにはすでに遅かった
そして頭の上に轟音と閃光と化した黒い小さな鉄の塊が無数に降ってきた
……俺の視界が暗転する
***
鉄格子の門前の両脇には軍服を着た銃を持っている軍人が立っている
道の隅に避けられた雪塊は雲一つない晴天の日光を浴び、雪解けが始まっていた
軍服に付けられた勲章を見た軍人たちは敬礼しながら門を開ける
途中にある花壇を通り過ぎ、先の屋敷の中に入る
屋敷の中心にある螺旋状の階段を上りこれから向かう部屋に続く長い廊下をゆっくりと歩く
――『後方支援部隊幹部室』
「今回の被害状況を説明しなさい……第四十四班隊長。」
そう発しているのはこの部屋の主であり、上司が机に乱雑に積まれている紙に目を写しながらそう言った
隊長と言われた『
そして顔をまっすぐに見つめながら負傷した右手の代わりに左手で敬礼をする
「はっ!最前線で敗戦した敵軍飛行三機が空からこちらを見つけ、一機が救援部隊のテントにが特攻し全壊。残りの二機はバルカンを発射後崖に直撃しと支援物資を保管していた第三基地に直撃しました。なお……」
——後方支援部隊所属二等兵 報告文書
以上により
第三区、第四十四班総員三十四名、
死亡者二十七名、
行方不明者四名、
生還者三名、
第四十四班隊長は奇跡的に瓦礫から救出されたが右足に重傷
ほか二名は見張りのため外にいたため被害は軽症
なお、本報告者を含む生還者三名を除くものは二階級特進処置とする
――――
一カ月後
我が軍は国家間での正式な勝利を獲得したことで戦争が停戦した
戦争が停戦したことで、前線からは軍人が引き上げられ、後方支援部隊を含む一部部隊以外は一時解体となり所属していた軍人はそれぞれの故郷に帰ったという
コンクリートに銃穴が開いたある基地の傍には誰かが置いたであろう酒瓶が供えられている
数十人の名前が刻まれた石碑には白い鳥が留まっており鳥笛を奏でている
古びた基地の前には、緑が広がり雪を掻き分けて青い花びらが芽吹いた春の始まりとともに戦争は完全に終戦した
冬になれば ナナシの文字 @nanashi-word
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