第14話 暗黒黒炎竜さんは痴情のもつれを垣間見る。
アルフォニア王国の多くの学園は、俺たちが通う騎士アカデミーも含めて、一年を三つの学期にわけている。
そろそろ暑くなって夏も近づき、最初の一学期も終わろうという時期だ。
俺たち白騎士科はちょっとぴりぴりしている。
学期末には実技と座学の学期末試験があるのだ。
もちろん他同様、この試験の結果は、ユニコーンの乙女との逢瀬の時の指名権に影響する。
期末最後に開かれる懇親会もあるけど、あるいはそれ以上に重要なのが、その後に開催される一週間ほどつづく野外キャンプ訓練だ。
一週間ほど続くこの訓練期間中、指名したユニコーンの乙女は、世話係としてついてくれるんだ。
寝所は別だけど、朝餉の配膳から訓練に使う装具の準備と着用。
訓練が終わってから汗や泥で汚れた服や体を拭ってくれて、夕餉と就寝前のわずかな自由時間をともに過ごすことができる。
ユニコーンの乙女とまたとない時間を過ごせて、ホワイトナイト候補生としては見過ごせないイベントのようだ。
お気に入りの娘が、他の男の裸を一生懸命拭く姿なんて見たくないし。
学期末試験はみんなの本気度がまた上がってくる。
ただ、上位3人はほぼ決まっていた。
1位、俺。
2位、ネーヴェ。
3位は、類人猿の一人だ。
代表さんじゃないよ?
類人猿代表さんは、3位に入れるほど腕が立つわけでも頭が切れるわけでもないから代表なんだ。
3位は別の類人猿さんだ。言うなれば類人猿大物さん。
類人猿グループのバックにいる実力者だ。
この人が3位の位置をキープしているから、類人猿グループはクラスに大きな影響力を持っているんだ。
最初期にはネーヴェに色目をつかいまくっていたな。
ネーヴェが袖にふりまくったので、今は逆に頼まれても相手にするかって感じに嫌っているみたいだけど。
例えばガイエル君なんかは、機嫌を損ねたらセトラちゃんを奪われることを危惧していて、基本的に服従するしかない。
他の奴も、こいつの機嫌を損ねたら大変だとして、顔を立てている。
4位以降は団子状態が続き、そこに最初期から大伸びしたガイエル君が喰らいついている。
俺もガイエル君がどこまで食らいついてくるか期待している。
人間の愛の成せる技がどれほどなものか。
あ、そうだった。
適正率の件を忘れていた。
俺が最低評価を受けたユニコーンナイトとの適性検査だけど、これは今のところ成績に反映されていない。
だってホワイトナイトに大事なのは、ユニコーンナイトとしてどれだけ活躍できるかであって、適正率そのものは副次的な評価数値にすぎない。
適正率が低かろうがユニコーンナイトで強ければ問題ない。
まだユニコーンナイトを動かす機会のない一年生では、そもそも関係ないのだ。
ただ二年次以降など、将来的には、俺の一位は決して安泰ではない、ということになるな。
「期末テストの結果を張り出す。ネーヴェ、レーヴァ」
「はい」
「はーい」
なんでか知らないけど、ネーヴェさんは学級委員長に志願して、そのお供に俺の腕をつかんで強制志願させたんだよね。
まあ真面目なネーヴェさんらしいと言えばそうだけど。
「あたしが押さえておくから、レーヴァはピン出して」
「わかった」
コリンズ指導官に従って期末テストの結果を掲示板に張り出す。
遺憾ながらみんなの目の届く位置に張り出そうとすると、俺じゃ背が足らないんだ。
長身のネーヴェさんの横顔を見上げながら、ピンを差し出していく。
ネーヴェさんのほっそりとした顎のラインを見上げながら。
俺はこっそりと期末テストの席次順を見る。
1位、俺
2位、ネーヴェ
3位、オルタリオ
ああ、思い出した。
3位常連の類人猿大物さんは、オルタリオって名前だったね。
得意属性は雷だったかな。剣術単体だけならネーヴェさんより上、魔術も組み合わせた複合実技ならネーヴェさんが勝る。
学科も得意で、ただのウホウホさんじゃなくて、自分の実力を理解して傲慢に自我が強まったタイプだ。
張り出した後、オルタリオ君は順位を確認した後、ふと視線を俺にむけてきて。
「ちびすけ。いい気になるなよ」
と憎々し気に言ってきた。
別にいい気になっていたわけじゃないけど。
君の言葉で大変不快な気分になったよ?
そして3度目の懇親会。
コリンズ指導官が最近買い替えたらしい懐中時計を片手に、声を張り上げた。
「これが今学期最後のユニコーンの乙女と面談する機会だ。そして夏季野外訓練で一週間行動を共にするユニコーンの乙女を見定める最後の機会でもある。今日は時間も長めに用意してある。じっくりと己の乙女を見定めるように」
今までの懇親会はまず自由時間をとっていたけど、今回は違っていた。
事前に鍾乳洞には絨毯が敷かれ、小さなテーブルがユニコーンの乙女と同じ数だけ設置されて、各テーブルに一人ずつ、ユニコーンの乙女が腰かけている。
各ホワイトナイト候補生は、一人ずつユニコーンの乙女の対面の席に腰かけて、一対一で制限時間の間、自由に会話することができる。
そして制限時間がきたら、ホワイトナイト候補生は隣の席に移動して、また制限時間内の間、次の席の娘と会話できる。
こうして一巡するまでやって、ホワイトナイト候補生は、全ユニコーンの乙女と会話する機会があるということだった。
今までは会話できる機会が限られていた。
それまで顔をつなぐことのできなかったユニコーンの乙女とも触れ合えて、新しい出会いができるというにくい趣向だ。
これは結構面白かったね。
ほとんど俺と対面に座った子は、どうにか俺に気に入られようと、笑顔で話しかけて得意な習い事の話をしたり、趣味の話をしたり。
あんまり印象に残っていなかった娘も、話術が堪能で思わずいい気分になってしまい、新しい発見がいっぱいあった。
そして他の席も、興味深かった。
今まではどうしてもユニコーンの乙女たちは相手の人となりを知らないまま、見た目や成績など、限られた要素のヤマ勘に近いもので話しかける相手を決めていたけど、今回は人の目を気にせずに、今まで接することのなかったホワイトナイト候補生とも話をすることができる。
ユニコーンの乙女にとっても、新たな出会いをして、意外に相性の合う男を見つける機会でもあった。
ただ恋の駆け引きはあってね。
順番は席次順の通りじゃなくて、俺の右手には最下位君がいて、ユニコーンの乙女と会話する声も聞こえてきたんだけど。
かわいそうなことにね、最下位君が必死に話しかけても、録に相手をせず、スン……とした顔で会話を拒むユニコーンの乙女もいた。
基本的に、ユニコーンの乙女とホワイトナイトの関係は、ホワイトナイトが優位だ。
ネーヴェに教わったんだけど、男尊女卑っていうらしい。
ホワイトナイトが選んだユニコーンの乙女は、その指名を拒否する権限はなく、最低でも7年間、多くの時間、行動を共にする制限が課せられる。
拒否権はない──というか、身勝手な行動をすると、ユニコーンの乙女は国益を損なったという処罰対象で、重い罪を背負わされるんだ。
以前言った通り、不貞を働いたら相手もろとも死罪。
ホワイトナイトの方は愛妾愛人二股やり放題なのにね。
そういう風にホワイトナイトの方が優位だけど……。
やっぱり男でも、長く行動をともにするのだから、自分を嫌いなユニコーンの乙女をわざわざ選ぶ奴は少ないというか。
だからユニコーンの乙女側も、どうしても嫌だと思ったら、この懇親会の場で、そっけない塩対応をすることも許されている。
それでも、そのホワイトナイトに選ばれれば、その人に自分の人生を捧げる必要があるわけだから、うまく立ち回る必要はあるんだけどね。
そういう風にホワイトナイトが基本優位なんだけど……最下位君だから。
ユニコーンの乙女たちも強きに出られるというか。
元々が気位の高い、貴族出の娘などの中には、最下位君は眼中にないとばかりにつーんと横を向いて沈黙したり、一応会話には応じるけど、よそよそしい態度だったり。
最下位君の隣が俺というのも悪かったと思う。
隣が何を話して、どれぐらい盛り上がっているかぐらいはわかるから。
ノリノリで最下位君と話している姿を俺に見られて、誰に対しても愛想を振りまく尻軽な女と俺に思われたくない心理も働いたんだと思う。
そんなわけで、最下位君は同情するぐらい雑な対応をされることもあった。
もちろん全てのユニコーンの乙女がそういうわけではないけどね。
俺に選ばれるのを
メランダさんなんかはその美人な凛々しい顔に微笑みを浮かべて。
「ああ、ルーザー殿はエニュメル出身ですか。エニュメルといえば絵画が有名で、私も父と絵展をまわったことが──。ああ、ルーザー殿は絵画にはあまり詳しくないのですか。あれでいいものですよ。もし機会があれば、私が絵の来歴を説明しながら案内しましょう。ところで──」
俺も認める慧智を持つメランダさんは、そのハスキーボイスで
やはりその容姿が嗜好の合わない人間には合わない様子で、ホワイトナイト側から雑な扱いを受けることもあった様子だけど……本当に見る目がない男たちというか。
「お久しぶりです。レーヴァ様」
あは。
2人っきりの時は『我が君』って言ってくれたのに、衆目の場では名前呼びなんだね。
その切り替えの良さ、利口そうで俺は好きだよ。
制限時間の間、俺はメランダさんと当たり障りのない会話をする。
その話がひと段落したところで、メランダさんは言った。
「レーヴァ様は、すでにキャンプを過ごす意中の女性が?」
「いや。まだ決まってないよ」
特に決めていない。
メランダさんなんかは、わりと候補として高めに考えている。
正直どの娘だろうがこだわりはなく、頭の回転が速くて面倒見のいいメランダさんと一緒なら、退屈もしなくて十全にお世話をしてくれそうだ。
俺の言葉に、メランダさんは一瞬顔を伏せると、声を潜ませて言った。
「では……私からお願いがあります。レリーシャを選んでくれませんか」
「レリーシャちゃんを?」
自分でなく別の娘を指定してくるのは、意外だった。
「レリーシャは……感じやすい娘です。粗雑に扱われるようでは心が持ちません。レーヴァ様が選んで守ってあげて欲しいのです。でないと──」
パシン
メランダさんの言葉を遮るように。
俺から少し離れたところで、平手を打つ音が上がって。
どよめきと、娘の小さな悲鳴が上がり、そして後には静寂が灯った。
俺が目線をむけると。
今まさに話題が上がったレリーシャちゃんが、頬に手を当てて瞳を揺らしており。
その対面には類人猿大物君──。
第三位の、オルタリオ君が、ギザギザの歯をむき出しにして厳しい顔を浮かべて右手を振り抜いていた。
レリーシャちゃんの顔を平手打ちしたのか、この類人猿野郎。
「オルタリオ」
即座に飛んできたのは、コリンズ指導官だ。
「貴様、何をしている」
「…………」
オルタリオ君は、憎々し気にレリーシャちゃんを睨むのみで、無言を貫き、抗弁も何もしなかった。
「お前を拘束する。お前は中座だ。席を立て」
よくわかっていないけど、まだ正式な
その後、グラウンド10週と3日間の謹慎、それと一か月のトイレの清掃と、誉れあるホワイトナイトがさせられるには屈辱的な罰を与えられたことを、コリンズ教官の口から聴いた。
「オルタリオ君とレリーシャちゃん、中等部で知り合いだったみたい」
懇親会が終わった後に、席が近かったネーヴェに事情を聞いてみた。
「オルタリオ君はレリーシャちゃんを好き……というか、ご執心で。でもレリーシャちゃんは、オルタリオ君にあまりいい印象を抱いていなかったみたい。オルタリオ君が席についても、目線を合わせようとせず、無言のまま無視をして……。で、オルタリオ君を怒らせたみたい」
オルタリオ君はプライドが高そうだったもんな。
レリーシャちゃんは、俺たちの世代では圧倒的な人気を誇っていたし、どうしても手に入れたかったんだろうね。
で、手をあげた?
最低のカスじゃん。
実力はあってもやはり類人猿なのだと、俺が名前を忘れようかな、と思った時。
「おい」
3日間の謹慎を解かれて顔を見せたオルタリオ君の方から、俺とネーヴェのところにやってきた。
「お前たちは、どのユニコーンの乙女を選ぶか、決めてないんだろう」
「ええ。そうだけど」
「ならレリーシャを選ぶな。あれは俺がいただく」
なんだこいつ。
ネーヴェと俺は顔を見合わせた。
「レリーシャさんは、あなたのことを嫌っているようだったけど」
「かまわんさ。七年の内に
はは、最低の野郎じゃん。
身持ちの硬いネーヴェさんの神経を逆撫でした様子で、ネーヴェさんの視線が二割増しに鋭くなっている。
「生憎だけど、確約はできないわ。レーヴァもそうでしょ?」
「……うん。俺もレリーシャちゃんは気に入っているから」
俺もネーヴェと一致してこのオルタリオ君が気に入らない。
気に入らないって理由で己のユニコーンの乙女を選んでいたらきりがないけど今回は十分俺の許容内だ。
レリーシャちゃんは結構気に入っているし、メランダさんにも頼まれた。
オルタリオ君は目線をきつくして、唇の端を歪めた。
「じゃあ二人のどちらかが、俺のユニコーンの乙女を奪ったら、俺はセトラを選ぶぜ」
「セトラさんは関係ないでしょ……!?」
ネーヴェさんが思わずかっとなった様子で声を張り上げた。
セトラちゃん。
俺たちに良くしてくれるガイエル君の意中の子だ。
もう相思相愛って感じで、誰も二人の間には入らないと思っていた。
オルタリオ君は、そのぎざぎざの歯を不敵に見せるように笑いながら、言った。
「ガイエルの野郎、自分は器用に動けますって顔で俺とお前らの両方に媚びを売っているのが気に入らねぇ。お前たちのどちらかがレリーシャを選べば、俺は報復としてセトラを指名する」
「あなた……! 最低のクズね!」
ネーヴェさんも怒り心頭の様子で、吐き捨てた。
その瞳がメラメラと怒りの炎で燃えている。
しかし──。状況はオルタリオが有利だ。
「お前たちは、別にレリーシャを選ぶつもりはなかったんだろう? だから俺が先に所有権を宣言した。それを後から奪うって言ってきたのは、そっちが先だろう?」
「所有権って……! 貴方は、女の子を何だと思っているのよ……!?」
「俺はホワイトナイトだ。その権利を行使しているにすぎない。その点はお前らとなんら変わらないだろう……?」
言いたいことは言ったという様子で、オルタリオは俺たちに背中を見せた。
「よく考えろよ。自分たちの権利をな」
「レーヴァ。キミはどう思う?」
「うーん……。一番いいのは、ガイエル君にがんばってもらうことだけど……」
ガイエル君とセトラちゃんのラブパワーで、三年次の成績でガイエル君がオルタリオより成績が上になれば、問題はない。
ただガイエル君の席次は今の時点で7位。
無理とはいかないが、だいぶ希望的な観測だ。
「というか……。本当にセトラちゃんを選ぶかな? ハッタリじゃないの?」
オルタリオにとっても、ユニコーンの乙女を選ぶのは大事な特権だ。
ただの意趣返しにセトラちゃんを選ぶとは、思えない。
「それは……私もそう思うわ。でも……たぶん、今度の野外キャンプで嫌がらせ程度に選ぶことは、あると思うの」
それは大いにあるな。
一週間という長期期間ながら、本格的にユニコーンの乙女が決まるわけではない。
オルタリオはそこでセトラちゃんを指名して、俺たちやガイエル君の目の前でなぶって辱めて、嫌がらせをする可能性は大いにある。
「出会ってはじめての夏で……。そんなひどい目……。セトラさんに合わせたくない」
「じゃあ、俺とネーヴェで、指名権を二つ使う?」
既に席次順で公開されて、俺とネーヴェが一位と二位であることは確定している。
その2人で、レリーシャちゃんとセトラちゃんを指名すればいい。
俺自身は、どちらを指名することにも異論ない。
「ガイエル君と二人っきりで過ごさせることはできないけど、事情を話せばあの2人なら納得してくれると思う」
「そうね。それで当面は解決するけど……」
「ネーヴェは何か心配が?」
「……。問題が根本から解決できるわけじゃない。オルタリオ君はたぶん執念深くて……。そして根に持つタイプよ」
それは感じた。
場合によっては、そうして醸造された俺たちへの恨みと憎しみ。
俺は先ほど、ホワイトナイトの特権であるユニコーンの乙女の指名権を、ただ俺たちの意趣返しに使ってくるとは思えず、ハッタリと言った。
だがこれからの三年間の間、プライドの高いオルタリオが俺たちへの憎しみをつのらせれば、大事なユニコーンの乙女の指名権を、ただ俺たちへの意趣返しのために使用してくる恐れは、現実にありそうだった。
「…………」
ネーヴェは、憂うような顔で腕組みをした後。
「……オルタリオ君と話してくるわ。なんとか説得して、納得してもらう」
ネーヴェさんらしい解決案だ。
「俺もいっしょに行ったほうがいい?」
「ううん。レーヴァがいると話がこじれるから」
「わかった。けどだめだからね、ネーヴェ」
俺は手を伸ばして、ネーヴェの腕をつかんだ。
「オルタリオを説得するからって、自分を犠牲にしたり安売りするのは。絶対、許さないから。ネーヴェは、俺の女なんだから」
「お、俺の女って……」
かつての情事を思い出したのか、ネーヴェさんは顔を赤面させた後、蚊の鳴くような声で言った。
「あれから一度も手を出してこないくせに……」
「なに?」
「ううん。大丈夫。警戒はするから」
ネーヴェは顔を上げると、微笑んで言った。
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