第18話 初めてのお茶会
翌日、ゼナは思いもよらぬ招待状を手に、アロイスへ頭を下げた。
「アロイス様、今日の午後はウィンクラー公爵令嬢のお屋敷に行ってまいります」
「……ウィンクラーだと?」
「はい。お茶会に誘われたんです」
アロイスは訝しげな表情をするが、ゼナ自身も困惑していた。
このディシアからの招待状は、今朝ルミナスから受け取ったものだ。アロイス宛ではなくゼナ宛に屋敷に届いたそう。
起床時にはまだ昨夜のアロイスの様子とノアのことが気にかかっていたが、招待状によってゼナの意識はディシアとのお茶会へと一気に傾いてしまった。
(どうして、ディシア様がわたしを?)
記念パーティーでの会話からして、少なくとも良い感情を向けられていないと思っていたのだが。
アロイスとの婚約について、また何か話をしたいのかもしれない。このお茶会は二人きりだと記載されていた。
公爵令嬢から誘われた以上断るわけにはいかないし、もとより断るつもりもなかったため、ゼナは招待を受けることにした。
アロイスの了承を経た後、ゼナは馬車に乗ってディシアの元へ向かう。お茶会の会場は彼女の屋敷と書かれていた。
少しだけ怯む気持ちもあるが、お茶会という素晴らしい響きに、ゼナは期待を膨らませていた。
これまで他の令嬢との集いに参加する機会などなかったから、まだ実感が湧かないような不思議な感覚である。
アロイスの屋敷に劣らないくらい豪勢な門構えの邸宅に着くと、カッチリとした老執事が待ち構えていた。
ゼナはその恭しい老執事に案内されて、息付く間もなく開放的なガーデンテラスへと辿り着く。
そこには、白い屋根の下に二人掛けのテーブルセットが配置されていた。色とりどりの花に囲まれて、甘い香りが漂っている。
「ごきげんよう、ゼナ・シェードレ。よく来たわね」
「ディシア様、お招きいただきありがとうございます……!」
既に着席していたディシアに声をかけられ、ゼナは緊張しつつも挨拶を交わす。
今日のディシアは白いフリルのワンピースを身に纏っており、先日のワインレッドの雰囲気とは異なる装いだった。
彼女は笑いもせず、ただ大きなつり目がちの瞳でゼナを見つめている。
「どうぞ、座って」
「し、失礼します……」
ディシアに促され、ゼナは空いた席にゆっくりと腰を下ろす。
それと同時に、先程の老執事がティーカップとスコーンを乗せた小花柄のプレートを二セット運んでくる。程よい焼き色のスコーンが美味しそうで、ゼナの喉がごくりと鳴る。
「うちのシェフに作らせた最高級のスコーンよ。この紅茶も東方でしか手に入らない貴重な茶葉を使ってるわ。召し上がってちょうだい」
ディシアは友人に告げるように、なんの気ない風でゼナに語りかける。その表情に柔らかさはないが、記念パーティーの時のような険悪な様子は見えない。
招待通りにやってきたはいいものの、まだ状況が掴めていないゼナは、困惑しつつ「ありがとうございます」と小さく頷く。
そして、芳しい香りを放つ紅茶を前に、ゼナは耐えきれず疑問が口をついてしまう。
「あの……どうしてわたしを招待してくださったのですか?」
言い終わったところで、いきなりの問いは無礼だと気づき、ゼナはハッと口を噤む。しかし、気になって仕方なかったのだ。
案の定、ディシアはムッとした顔で言う。
「なによ。わたくしがあなたを呼んだらいけないのかしら」
「いえっ、そういうわけではありません!」
慌ててゼナが身を乗り出すと、ディシアは目を細めながらティーカップを口元へ傾けた。
(いけないどころか、嬉しいけれど……)
お茶会の意図が分からないので、腑に落ちない。
戸惑うゼナの心情を見透かしたのか、ディシアはティーカップを受け皿に戻して、はぁ……と小さく息を吐き出す。
「わたくし、正直に言うとあなたを見くびっていたわ。わたくしよりも身分は低いし、か弱くてオドオドしてると思ってたの」
鋭い眼差しで告げられ、ゼナは身が引き締まる。
「でも、強かなのね。人は見かけに寄らないってのはあなたのような人のことを言うのかしら」
「いえ……わたしが弱かったのは本当です」
ディシアの言葉に、ゼナは首を横に振る。彼女の言う通りだ。
花嫁選定でアロイスに選ばれる前までのゼナは、周囲に脅えて自分を主張することをせずに身を潜めて生きてきた。当然、自分に自信もなかった。
パーティー会場で、ディシアに対して面と向かって話すことができたのはアロイスのおかげだ。アロイスの愛がゼナの殻を破ってくれたのだ。
「……一目惚れだったのよ。父もわたくしが選ばれるはずだと言っていたから、当然そうなると思っていた」
「それは違ったわ。アロイス様はあなたを選んだ」
謝るのは違う。なんと返せばいいのか分からず、ただディシアの独白を受け止める。
ディシアは話を切り替えるように、「それで、」と声の調子を変えてゼナに問いかける。
「アロイス様とはどこまでいったのよ?」
「どこまで?」
「だから! アロイス様とキ、キスをしたり……」
「き……っ!?」
らしくなく弱々しい声で言うディシアに、ゼナは度肝を抜かれて、思わず立ち上がりそうになる。
「だって、婚約者になって一緒に住み始めたんだから、当然そういうこともあるんでしょう? 悔しいけれど」
ディシアは本当に悔しげな表情を浮かべながら、ゼナに尋ねる。
その予想外の問いに、ゼナは顔に集まる熱を感じながら、アロイスと暮らし出してからの日々を思い返してみる。
(たしか、キスは一度だけ……)
ゼナは無意識に自分の唇を舐める。
毎晩添い寝をしているし、抱きしめて貰ったことはあるが、記憶の限りキスはまだ一度だけしかしていない。
アロイスに想いを向けるディシアに正直に答えていいか分からず、ゼナはおかしな質問をしてしまう。
「え、えっと……婚約者というものは、よくキスをするのですか?」
「ええ。嫁入りしたお姉様がよく話してくださるの。婚約してからは、毎日優しい口付けをして、それから……」
ディシアは伏し目がちになり、姉の話を辿る。
そして、何を思い出したのかぽっと顔を真っ赤にして、言葉を途切れさせた。
「それから?」
ゼナは首を傾げるが、ディシアはコホンッと咳払いをするだけで続きを話してはくれない。
「こ、ごめんなさい。淑女としてはしたない振る舞いだったわ」
そして、ゆるゆると首を横に振った。
「うかうかしていると、わたくしがアロイス様を奪うかも──」
「それは嫌です」
ゼナはディシアの挑発にすぐさま答えるが、自分の発言に驚いて「あっ……」と目を丸くする。
なんて子供じみたことを言ってしまったのだろう。アロイスがディシアを選ぶのを想像した瞬間、心の中に黒い何かが渦巻いてしまった。
はっきりと言い切ったゼナにディシアも瞠目して、吐息混じりに「そう」とだけ返す。
そして、ゼナが自分自身に戸惑う中、ディシアはふいとそっぽを向いて、おもむろに言葉を紡ぎ出す。
「……そういえば、この前はドレスを褒めてくれたわよね。あのドレスはお爺様が亡くなる前に買ってくれた大切なものなの……似合うと言ってくれて嬉しかったわ」
唐突に切り出されたその話題に、ゼナは虚をつかれる。
たしかに、ゼナはバルコニーでディシアのドレスを褒め称えた。明るい話をしたかったのもあるが、あれは紛れもない本心だ。
ゼナからすれば、ディシアはワインレッドのドレスがよく似合うとても美しい女性である。
ディシアはあの時のゼナの発言をちゃんと聞いていて、ずっと覚えてくれていたのだ。
態度は素っ気ないが、彼女の想いがよく伝わってきた。もしかしたら、お茶会を開いてくれたのはこのためだったのかもしれない。
「こちらこそ、あの時は話しかけてくださってありがとうございます……!」
まるで心の距離が近づいたようで嬉しくなり、ゼナは顔を明るくして見を乗り出す。
それに対して、ディシアはフンとつれない返事を返すが、ゼナの頬はますます緩んでいくばかりだ。
仲良くなれたらいいのに……という、かつての願いが少しだけ叶った気がした。
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