第18話 記憶の断片

「はは……それにしても、また逃げているところを見られちゃったな。でも、百里当主のお話があまりにもつまらなくて、どうにも聞いていられなかったんだよ」

「まあ、それは仕方がないかもしれないなあ。そうだ。それなら、私の琴を聞かない? どうせ、逃げてきてから、隠れる場所もないんでしょう? だったら、私の元へ来ない?」

「うん!」

 しかし、二人は結局どこへも行くことないまま、少年の姿は少し離れたところへいたはずの菱珪玉へと変わっていった。

「景砂さん。……どうかした?」

(……さっきのは、幻覚だったのだろうか?)

 先ほどまでの夢心地とは打って変わり、上官景砂の視界には明確な現実感がよみがえる。

菱珪玉の壊れかけの純粋な両目を見ながら、上官景砂は首を横に振った。

「景砂さんも聞いたの?」

「何を?」

「菱家が襲撃されたこと」

 上官景砂は奇妙に感じながら頷いた。どういうわけか、菱珪玉がこの場で言い放つ言葉には一切の温度が感じられない。

「……多少は」

「……そう」

「あの、大丈夫です?」

「何が?」

「菱家が襲撃されたのに、上官家から離れられないままでは、家のことが心配じゃありませんか」

 すると、なぜか菱珪玉は軽い声を立てながら笑い始めた。上官景砂は訳が分からないまま、その場に立ち尽くしてしまう。菱珪玉もすぐに彼女の様子に気付き、笑顔を収めた。

「菱家はもともと、長年他の家とは対立と似た関係にあるんだ。今回のことも、私が菱家にいたときから多少なりとも想定できていたから、別に心配と言えるほど心配はしていないよ」

「でも、それでも菱家はあなたの家ですよ?」

「うん。でも、それ以上に二度と戻りたくない場所でもある」

 どうして、という言葉が出そうになるのを、上官景砂は息を呑んでこらえる。何となく、それ以上詮索してしまうと、菱珪玉が自分自身を保てなくなってしまうような気がして。

「ところで、景砂さんは記憶の片隅にある自分の家に戻りたいとは思う?」

 上官景砂はここ数日の間に思い出されてきた情景を再び思い出してみる。

「ええ。戻りたいとは思います。でも、その家に戻ったところで、私の帰還が歓迎されるかどうかはわかりませんが」

「……そんなことはないと思うけど。少なくとも、君の出身は菱家ではないわけだし。だから、景砂さんの元の家は君のことを探し続けているんじゃないかな」

「菱家では、歓迎されないこともあるのですか」

「あるよ。例えば、私がそうだ。私は菱家の方針にあまり賛同していないから、実の父親からは冷たい目で見られているよ。今は私が菱家の世子だけど、もし今後父親に新しく息子が生まれたら、遅かれ早かれ世子の座は私の元を離れていくだろうね」

「では菱公子は、自らが世子ではなくなることを望んでいるのですか?」

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