衝撃的な告白【真人】

※今回、少々生々しかったり、重たいお話があると思います。苦手な方はご注意ください。




 悠の泊まりで一番浮かれそうな義人は、まだ由美のお腹に夢中だ。そのお陰で、紗奈と悠はスムーズに部屋に入ることが出来た。


「わ」


 そして部屋に入った途端、紗奈が悠にぎゅうっと抱きつく。


「……びっくりしたよな。紗奈は昨日聞かされたんだよね。だから、今日元気がなかったんだ」


 紗奈の背を優しく撫でながら、悠はそう言った。彼の声も、とても優しい。慰めてくれているのだと、紗奈もすぐにわかった。


「さっきも聞いたでしょ? お母さん、もう四十二なの。出産って、歳をとればとるほど大変なんでしょ? 危ないんだよね? だから…………」

「素直に喜べない…ね」


 悠も、年齢を聞いて不安になった。晩婚の現代、かなり医療は進歩している。それでも、四十を過ぎればわからない……。そう思ってしまったのだ。


「ねえ、悠くん。どうしよう……」

「…………」

「お母さんに何かあったら、どうしよう……!」


 そう言って、紗奈は更に悠の身体に強く抱きつく。肩が震えている。泣いているのもわかる。


「紗奈……」


 悠はそんな紗奈に、なんと声をかけていいのか分からなかった。大丈夫。とは気軽に言えない。泣かないで。と言うのも違う。紗奈の不安に、心配に、悠は何も言ってあげられなかった。


 悠はただ、紗奈を抱きしめて、優しく撫でてやることしかできない。そんな無力感に、悠の目にも薄らと涙が浮かんでいた。


。。。


 悠が紗奈の部屋を出ると、リビングには真人だけが座っていた。


「…悠くん」


 真人と目が合う。真人は、コーヒーを淹れると悠に差し出してくれた。


「ありがとうございます」

「ううん、こちらこそ。紗奈のことありがとう。ごめんな」

「いえ……。俺は、何もしてあげられなかったですから…………。」


 悠はまだ熱々のコーヒーを見つめて、言う。


「すみません……」

「謝らなくていいよ。悠くんがいてくれるだけで、紗奈はきっと安心してるから」


 真人はそう言うと、苦笑して更にこう言った。


「紗奈は俺の子だもん。俺も好きな人にはベッタリだからさ。わかるんだ」


 苦笑しつつそう言った真人が少し悲しげで、悠の胸はキュッと締め付けられる。


「真人さんからそんな話が聞けるの、新鮮ですね」

「嘘じゃないよ」


 真人はそう言うと、項垂れるように頭を下げて、それを自分の手で支える。


「俺も…さ。紗奈と一緒。由美に何かあったらと思うと、怖い……。自分のしでかしたことなのにな」

「真人さん……」

「言い訳でしかないけどさ。一回なんだぜ? 去年までは義人が部屋にいたから。数年ぶりに、たった一回。まさか、それで妊娠するなんて思わなかった……」


 真人はそう言うと、更に頭を下げる。もう、頭を抱えていると言った方が正しい。


「ばかだよなあ。いい歳した大人が、ガキみたいな事してさ」

「そんな事……」

「いいよ。気を遣ってくれなくて。悠くんは、さ。俺の事をいい父親。みたいに言ってくれるけど、本当はクズなんだよ」


 真人はそう言うと、やっと顔を上げて、自分でいれた少し冷めたコーヒーを飲んだ。それに倣って、悠もコーヒーを口に入れる。まだ少し熱いと感じる温度だった。


「学生の時は拓真達とばかやって、悪い遊びしたりしたし。付き合ってない人と関係持ってたことだってある。ってのは、未成年の子に言う話じゃないか。……悠くんはそんな事しないから、安心して紗奈を任せられるよ」

「意外です。いや、真人さんならモテてたと思うし、意外でもないのかなあ……」


 悠がそう言って少し悩むと、真人がクスッと笑ってくれた。


「ねえ、悠くん。俺と由美が同い年なの、知ってるっけ?」

「え? えーっと、隣同士にある高校に通っていたのは知ってますけど……。同い年なんですね」

「そ。そんでさ、俺達が今年四十二歳ってことは、由美が紗奈を生んだのは二十五の時ってことになるんだけど」


 真人がそう言うので、悠は頭の中で軽く計算をしてみる。確かに、紗奈は今年で十七歳になる。だから、紗奈が生まれたのは二人が二十五歳の年になるだろう。しかし、それがどうしたのだろうか。


「俺、一応大学の教授やってるから、博士号までとってるんだけどね」

「あ……」


 それを聞いて、悠も察した。大学院の博士課程修了は、早くても二十七歳だ。


「由美が紗奈を妊娠した時、由美は働いてたけど、俺はまだ学生だったんだ。一応、とある教授に気に入ってもらえてて、助教として働かないかって打診もあった時だったんだけど。妊娠がわかった時は修士過程の途中だったから、俺はただの大学院生で、稼ぎはアルバイトしかなかった時だった」

「そ、その……。えっと……」

「当時、俺と由美は同棲はしてたけど結婚はしてなかったし、そもそも一緒になるのは俺が卒業してからって思ってた。だから、子どもをつくるなんてもっと先の話。そう思って避妊もしてたんだけどね……。低い確率を引き当てて、妊娠させちゃったんだ」

「そう、なんですね」

「その時に懲りたはずなのに、今度は歳に油断して避妊をしなかった。本当、ばかとしか言いようがないだろ。そう思わない?」


 真人は、そう言って眉を寄せる。


「俺は、二度も由美に不本意な妊娠をさせてしまったんだ」

「で、でも。紗奈の時って避妊してたんですよね? それでできちゃったのは仕方ないって言うか、真人さんのせいじゃないですよ。真人さんだって、予想できなかったんですもん」


 悠はそう言って擁護しようとしてくれる。


「悠くんは本当に優しい子だね。でも、今回の妊娠は俺の油断のせい。前にあんなことがあったのにだよ? ばかだと思わない?」

「うっ……」


 悠が言葉に詰まると、真人がクスッと小さく笑った。


「あはは。素直だねえ。演技力どこいったの」

「す、すみません……」


 悠が小さくなって謝ると、真人は優しく微笑んでから、言う。


「いいんだよ。正直に叱って、罵ってくれた方がさ」

「じゃあ、ばかです……」

「だろ? ……由美も、さ。もっと俺を責めくれてもいいのに。赤ちゃんができたみたいって、それだけ。生もうと思ってるって言われたから、俺も何も言い返せなかった」


 自分のせいだから。と、真人は口にはしなかったが、悠にはそう言っているような気がした。


「由美さんが生みたいって思ったなら、それは何も言えないですね」

「うん。にしたって、怒ってくれればよかったのに。本当、いつも通りって言うか……。由美、義人の時も体調悪そうにしてたし。そもそも妊娠に気づかなかったのって、由美が元から生理不順だからでもある……。今の自分の身が夫のせいで危ないんだって、由美は考えてないのかなあ……」


 真人はそう言うと、小さなため息をついた。


「俺は男だし、想像できないけど……。真人さんの事も、お腹に宿った赤ちゃんも、大好きだから責められないって気持ちはわかるような気がします。真人さんを怒ったら、家族になるかもしれない赤ちゃんの存在を否定するみたいだし。由美さんは危険だってわかってても、迷わずに生むって決めたみたいだから……。怒りなんて感情は、最初からどこにもないんだと思います」

「そっか。そうだよなあ。由美だもんなあ……」


 真人は由美の性格をよく知っている。宿った命を手放す選択肢は、彼女は絶対に選ばないだろう。そして、妊娠へのショックよりも恐らく、新しく出会える命への期待の方が強い。


「うん。由美は性格上、赤ちゃんに凄く期待してるだろうな。それなのにら父親がこんな体たらくじゃ、赤ちゃんに悪い……」


 真人はそう呟くと、パチッと両頬を叩く。


「うん。俺も覚悟を決めるよ。悠くん、話を聞いてくれてありがとうね」

「表情が戻って良かったです。紗奈もだけど、真人さんも元気がなさそうでしたから」


 悠がそう言って笑うと、真人は眉を下げて恥ずかしそうに頬をかく。


「親子揃って、お世話になりました……。いや、えっと……。紗奈のことはもう少し面倒かけるね。今日は、あの子のそばにいてあげて欲しいから」

「はい。何ができるかはわかりませんけど、紗奈に元気がないなら、元気になるまでそばにいます」

「ありがとう。おやすみ、悠くん」

「はい、おやすみなさい。真人さん」


 悠と真人は挨拶を交わすと、それぞれリビングをあとにする。悠はまだ泣き疲れて眠っているであろう紗奈の元に、真人は義人の部屋にいるであろう由美の元に、別れて歩いていく。

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ナイショをやめた王子様 朱空てぃ @ake_sora_

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