衝撃的な告白【紗奈】
二月の初めの事。義人が寝た後に、紗奈は両親に呼ばれて、リビングにいた。
「時期に義人にも話すつもりなんだけどな。紗奈。母さんの事なんだが……。実は…………」
「……え?」
紗奈は両親から聞かされた話に、驚く。とてつもなくショックを受けて、部屋に戻っても中々寝られなかった。
「どうしよう……」
紗奈は小さな声でそう呟くと、もぞもぞと布団に潜って、無理やり目を閉じるのだった。
。。。
次の日。紗奈は寝不足でぼーっと歩いている。
「おい、紗奈? 大丈夫かよ。お前」
「んー……」
「昨日何してたんだ? そんな眠そうな顔してさあ」
「うーん、ちょっと眠れなかったの」
紗奈はそう言うと、少しだけ眉を下げる。眠そうな顔に、悲しげな顔が加わった。
「また小澤と喧嘩した訳じゃねえよな?」
「うん。違うよ」
「そうか……」
菖蒲はその返事を最後に、駅までの道中一言もしゃべらずに隣で紗奈を見守った。
「小澤」
そして、駅についてすぐに悠に声をかけ、紗奈を差し出す。紗奈は眠気のせいか、大人しく差し出された。
「わ。危ないなあ。紗奈が怪我したらどうしてくれんの」
「小澤なら死んでも受け止めるだろ」
「もう……。ってか、紗奈はどうしたの? なんだか元気ないね」
今の紗奈は悠の腕に抱かれている状態だ。駅でこんな密着、いつもなら「人がたくさんいるよ」と照れて離れるだろう紗奈なのに。今日は本当に大人しく抱かれている。
「少し…ね。寝不足なの」
「そうなの? 昨日夜更かししちゃった?」
悠は紗奈の肩を優しく支えて密着から剥がすと、心配そうに顔を覗き込む。確かに、紗奈は眠たそうな顔をしている。
「中々寝付けなくて……」
「そうだったんだ。何か心配事?」
悠がそう聞くと、紗奈はピクリと反応する。昨日両親から聞かされた話で、紗奈は悩んでいる。心配もしていた。
「何かあった?」
「えっと……。ごめんね。いくら悠くんでも、今はまだ話しちゃだめなことかもだから」
紗奈はしゅんと視線を落として、甘えるように悠の肩に額を乗せた。そして、すぐに悠から離れて「遅刻しちゃうから行こ」と、あおい達を振り返り、改札を抜けていく。
。。。
悠は朝からずっとしょんぼりしている紗奈が心配だった。彼女は授業中も眠そうではあったのだが、やはり悩み事のせいなのか、一度も居眠りはしなかったようだ。菖蒲からはそう聞いている。
「うーん……」
悠も今日は、紗奈の事で悩んでいた。心配で仕方がなかったから、授業にも集中が出来なかったくらいだ。
「よし」
そんな悠は、紗奈が部活に出ている放課後に決心をつける。紗奈の悩みを知っているかどうか、紗奈をよく知っている人に聞いてみようと思ったのだ。
悠はスマホを操作すると、紗奈の父親である真人に電話をかけた。
「…………もしもし。悠くん、どうしたの?」
真人は、そろそろコールが切れそうな頃に電話に出てくれた。
「あ、もしもし。えっと…今、仕事中でしたか?」
「ううん。今日は早めに研究を切り上げたから、これから帰るところだよ」
「そうでしたか……。突然電話してすみません」
「いいよ。それで、紗奈と何かあった?」
「あ……」
悠が真人に電話をかける時は、大抵紗奈が絡んでいる。真人もそれをよく知っているから、彼の声に心配の色が滲んだ。
「実は、紗奈が今日なんだか元気がないような気がしたので……。真人さんは、何か知りませんか?」
「あー……。紗奈は、何も言わなかった?」
「は、はい。俺にも話していいことかどうか分からないって。も、もしかして……家族の真人さんにも言えてないんでしょうか?」
友人関係の悩みだろうか? それとも家族に関する心配事? 悠は紗奈が心配でオロオロとしてしまう。
「悠くん。少し落ち着いて」
「……はい」
真人が優しい声でそう言ってくれたから、悠はほんの少しだけ冷静になれた。
「悠くん、今日家に来れる? 悠くんになら、家の事情を全部話すよ」
「え? 家の事情…ですか?」
悠は思わず、由美の顔を思い浮かべた。その理由は、最近の紗奈がよく母親である由美の体調を心配していたからだった。まさか、由美に何かあったのだろうか? 悠はそう思って不安になった。
由美はとても優しい人だ。悠の事も本当の子どものように可愛がってくれている。だから、由美に何かあったのだとしたら……。とても嫌な気分になった。
「うん。実は義人にもまだ話してないから、悠くんと一緒に聞いてもらおうかな」
「……わかりました。今日、家に寄らせていただきますね」
悠はごくりと息を飲んで、そう返事をする。真人が微笑んだのがわかったが、悠の気分はそれどころではなかった。つい落ち込んでしまう。
それは部活終わりの紗奈まで心配してしまうほどだった。
。。。
「お邪魔します」
約束通り、悠は紗奈の家にお邪魔している。今はもう手を洗い終えて、リビングにいる紗奈の両親と義人に挨拶をしたところだ。
「にーに。いらっしゃい!」
義人は悠を見て嬉しそうに近寄ってきた。その手には、紙で作られたおかめのお面があった。
「うん、義人。お邪魔するね? ところで、そのお面はどうしたの?」
悠はそのお面が気になったようで、義人の頭を軽く撫でながら、聞いた。義人はニコッと笑ってお面を顔につけると、教えてくれる。
「学校で作ったの。福の神は悪い鬼をやっつけるんだよ。だから、これがあればママも元気になるんだ!」
「義人くん……」
悠の後ろで、紗奈が呟く。その呟きを聞いた悠は、やはり母の事で落ち込んでいたのだろう。と確信した。
「義人。ありがとう。でも、ママはとっても元気よ。何があったのか、ご飯の後に話すから聞いてくれる?」
「元気? ほんと?」
義人は眉を下げて心配そうにしたが、すぐに頷いた。
「うん。お話聞くね! みんな一緒?」
頷いた後、義人は真人と紗奈。それから悠の顔を順番に見つめた。
「俺も聞いて、本当にいいんですよね……?」
「ええ。悠くんなら、私達家族は構わないわ」
「わかりました。後で教えてください」
しゅんと視線を落とした紗奈の手を握って、悠は真剣な顔で頷いた。すると、由美の表情がとても優しくなる。なんだか安心しているかのように見えたが、悠の心は逆にざわついてしまった。何故か遠くに感じたからだった。
。。。
由美の作った美味しい夕食の後、リビングで早速話を聞くことになった。由美と真人が隣合ってソファに座って、いつもならそのソファに座らせてもらっている悠は紗奈と一緒に座布団の上に座っている。その膝上には、義人もいた。
「ごめんなさいね。私がソファに座っちゃって」
「いえ。いいんですよ。俺のことは気にしないでください!」
由美は、食事をあまりとっていなかった。やはり体調が著しくないのだろう。悠は由美に気を遣ってほしくなくて、ぶんぶんと首を横に振る。
「……あのね、昨日紗奈には話したんだけど」
そう言うと、紗奈が悠の服を軽くつまむ。悠は、義人を抱えていない方の手で紗奈の手をぎゅっと握った。
「私ね、今妊娠してるの。もうすぐ四ヶ月になるみたい」
「え……?」
悠は驚いて、由美のお腹を凝視してしまう。お腹が膨らんでいるようには、どうにも思えなかった。
「ふふ。今はゆったりとした服を着ているから、わかりにくいでしょう? 最近ご飯を食べられていないのに太っちゃって、つわりもはじまってね。それでようやく妊娠に気づいたの」
「そ、そうなんですね。すみません、思わず見てしまって……」
「あら、いいのよ。おばさんのお腹なんて見たってなんとも思わないでしょう?」
それには反応がしづらくて、悠は黙り込んでしまう。
「だからね、義人。ママの体調が悪いのは、お腹に赤ちゃんがいるからなんだ。義人は、もうすぐお兄ちゃんになるんだよ」
悠が困っていることに気づいたのか、真人が優しく義人に言う。
「僕がお兄ちゃん……? ママ、ほんとにお腹の中に赤ちゃんがいるの!?」
義人はものすごく驚いて、悠の膝から由美の元へと駆け寄った。お腹に耳を当てて、赤ちゃんがいるのかどうか確認をしている。
「うーん、まだ動き始めるには早いかしら。もう一、二ヶ月待ってくれたら、きっと赤ちゃんも元気だよって伝えてくれると思うわ」
「そうなんだ! 赤ちゃん、赤ちゃんがお腹にいると、ママ辛そうなの。だから、ママのために早く生まれてね」
お腹に話しかける義人は可愛らしい。そう思ったが、悠は少々複雑だった。紗奈がこんなに不安げにしているという事は、この妊娠には何か問題があるという事だ。真人の方も少しだけ眉を下げているから、それが察せられた。
「あ、あの……。こんなことを聞くのは失礼ですけど、由美さんって今おいくつなんですか?」
それを聞いた紗奈が、悠の手を痛いほどに握りしめる。
「女性に歳を聞くものじゃないわ。って言いたいけれど、そうね……。私、四十一歳よ」
「今年で四十二の代の、な」
「そう、ですか……。赤ちゃんが生まれるまで、お身体を大事にしてくださいね」
「ありがとう」
悠はそう言うと、紗奈の様子を窺った。紗奈は少しだけはにかんで、悠にお礼を言う。
「お母さんの体を気遣ってくれてありがとね。お話聞き終わったし、私のお部屋に行こ? 今日、泊まっていってくれるよね?」
「えっと、紗奈のご両親が良ければ……?」
紗奈が悠の家に泊まることはあるが、その逆はまだない。悠がちらりと二人を見ると、「是非」と言ってくれた。
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