第57話 これから

 三下は、駐車場に車を止め、降りると、軽く、自分を確認して店に向った。


「あっ。いらっしゃい。調子はどう?」


 綾夏が、柔らかい笑みで迎えてくれる。


「まぁまぁ、かな。」


 片手を上げながら、レジの向こうにいる綾夏に向う。


「じゃあ、いつものシップと傷薬?」


 目に、少し、おどけた色をのせて小首をかしげる綾夏。

 三下は、その仕草を眺めながら、首を振った。


「いや。今日はちょっと違うんだ。」


「へぇ。珍しいわね。どうしたの?」


 目を丸くする綾夏に、三下は、渋い顔をして、頭をかいた。


「いや。ここを出ようと思ってさ。」


「あっと、、、。」


 呆けたような表情を見せるも、綾夏は、すぐに取り直す。


「そっ、そうなんだ。遠くに行くの?」


 三下は、腕を組み、目を上に向けた。


「車で、三時間ぐらいかな。」


「んー。遠いといえば、遠いわね。」


「まぁね。」


「で。」


 頬に指をあて、考えるようにしていた綾夏が、急に、真面目な表情で、三下を見た。


「次の仕事が何か、聞いてもいい?」


「えっと。」


 詰まって、明後日を見る三下を、綾夏は、細くした目で見上げた。


「ハンター?クリスタルハンターかしら?」


 三下は、目をフラフラと泳がした後に、諦めて肩を落とした。


「なっ、なんで、、、。」


 軽く息を吐くとともに、手を広げる綾夏。


「ん。確か、その辺りに、レベル4のダンジョンが二つ、近くにできて、それで、町おこしだ、って言って、炎上している町があったなーって。あと、明らかに、相手が犬じゃない三下さんの怪我とか。」


「きっ、気が付いていたんだ、、、。」


「薬屋さんですから。でも、まさか、本当に、勇者修行だとは思わなかったわ。」


 真っ直ぐ、三下を見上げる綾夏。

 大げさに頭をかく三下。


「いゃ。まぁ。それは違うけどね。」


「えっ?でも、、、。」


「結局、ダンジョンは、神が用意した試練だと思うんだよね。」


「まぁ。多分、そうよね。」


 腕を組んで、考えるように話す三下に、綾夏も、顎に指をあてて、考えるように目を泳がせる。


「でさ、その試練を超えたら、イコール、勇者になると思う?」


「言われてみれば、、、。ならない気がするわね。」


「でしょ。」


「んー。じゃあ。どうなるの?」


「わからない。だから、それを知らないといけないような気がするんだよね。」


「、、、。でも、危ないんでしょ。」


 伏し目がちになった綾夏の声は、小さく振れていた。


「それは間違いないね。実際、沢山の人が死んでるし。けど、仕方ないね、簡単な試練じゃあ、意味がないだろうし。」


「、、、。決めてるんでしょ。」


「まぁね。」


 決意したように、ゆっくりと顔を上げた綾夏は、しっかりと三下を見つめた。


「死なないでね。」


「了解。まぁ、駄目だと思ったら、尻尾巻いて逃げるから、大丈夫だよ。」


「うん。絶対そうしてね。物語じゃないんだから。」


「あぁ。とっ、そろそろ行かないと、部屋の引き渡しがあるから。」


「うん。」


「じゃあ。」


「うん。じゃあね。」


 片手を上げる三下に、綾夏も手を上げた。




 次の日の朝


「おはよ。」


 店の扉の鍵を開けている莉子に、三下は声を掛けた。


「あっ。おはよ。」


 莉子は、三下の様子を確認すると、彼が口を開く前に声を上げた。


「ちょっと待って。すぐに店の用意して、店長に電話するから。」


 と、勢いよく店に突入しようとする。


「待て待て。どーするんだ?」


 三下は、突如、加速する莉子を、慌てて止めた。


「どーする、って、何処かに行くんでしょ。全く。私でさえ前日に連絡したのに、自分は、当日の朝なんて、いいけどさ。」


 止まって、口をとがらせる莉子に、三下は、更に慌てた。


「待て待て。行くのは確かだが、別に、お前さんを連れて行くわけじゃないぞ。」


「は?」


 意味が分からない、と、細くなった莉子の目。


「じゃあ。誰と行くのよ。」


 声も、少し、怒気混じりに。

 三下は、その彼女の様子を気にすることなく、肩を竦めた。


「誰と、って、一人に決まってるけど。引っ越すからさ、別れを言いに来た。」


「へっ?」


 空白。


「ちょっと!ちょっと、ちょっと、じゃあ、私はどうすればいいのよ!」


 空白の間、泳いでいた目が、三下に向って集中する。


「おいおい。どうすれば、って、今までどおり好きにすればいいだろ。」


 不思議そうに、肩を竦める三下。


「それは、、、。そうだけど、、、。」


「まぁ、とにかく、やらないといけないことが見つかってさ、行かないと。」


 種明かしでもするように話す三下に、すぐさまに、莉子が答えた。


「なっ。何言ってるのよ。おっさんなんだから、そんな物語みたいな、やらないといけないこと、みたいなのに踊ってどおするの?」


 苦笑する三下に、莉子は、自分が失敗したことに気が付いた。


「あっ、、、。別に駄目とは、、。」


 すっ、と、三下が手を上げ、莉子は、続けずに黙った。


「歳のことはわかってるよ。けど、まぁ、後回しにしても悪くなるだけだしな。だから、今、見つかったことを、よし、として、今からスタートって、ことにしたんだ。」


「そっ、そう。」


 俯き、小さく答える莉子に、三下は、一つ、頷いた。


「と、言うことで、行くからさ、一言、言っておこうと思ったわけだ。」


「わかったわよ。好きにすれば。」


「あぁ。」


 少し、止まって。


「さよなら。」


 俯いたままでも、しっかりと聞こえる声に、三下は、また、頷いた。


「あぁ。じゃあな。達者でやってくれ。」


 三下は、莉子に背を向け、車に向って歩き出した。

 莉子は、車の扉が閉まる音とともに顔を上げ、三下の車が見えなくなるまで見送ると、店の中に消えていった。




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 次回作、よろしくお願いします

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神が与えし試練を越えて、覇王へ       おっさん、、、、、、、、、無双 @tkyk792

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