第55話 再び、嵌められる 4 我妻 莉子 (あがつま りこ)
「おーい。先に降りてくれないと、鍵がかけれないんだが。」
呆然と前を見ている莉子に、三下が、声を掛けると、彼女は、機嫌が悪そうに三下を一睨みし、車を降りた。
バタン!
勢いよく、扉を閉める。
三下は、肩を落としながら、助手席側の扉に鍵をかけ、自分も車を降りた。
レストランは、それなりに年季の入った建物で、一部には、ツタが絡みあがっていた。
店内は、木目のレトロ調でまとめてあり、莉子が、ウェイターと話をしている。
「こちらへどうぞ。」
大きくとられた窓から見える、ダム湖を眺めていた三下は、ウェイターの声に視線を戻し、莉子に続いた。
「どうぞ。」
スマートにウェイターが椅子を引き、莉子が座り。
三下は、自分で椅子を引いて、莉子の向かいに座った。
「すぐに準備を始めてもよろしいでしょうか?」
「あっ、、、。」
「お願いします。」
言いかけた莉子を制し、三下が答えた。
ウェイターは、頷きながら、莉子に目線を向けた。
莉子は、ムスッ、としながら、
「お願いします。」
「では、ご用意しますので、しばらくのお待ちをお願いします。」
一礼し、下がっていくウェイター。
「ねぇ。まだ早いんだし、少しぐらいいいでしょう?」
「落ち着け。ここ、有名店なんだろ、混んできたら、ゆっくりできないぞ。」
店にはまだ、三下達しか客はおらず、静かだった。
「意味はわかるけど、早く帰るためにしか聞こえない。」
ムスッと、横を向いている莉子に、三下は、軽く肩を竦めてみせる。
「いいけどさ。」
莉子は、ため息をつく。
「まぁ、そう言うな。それより、仕事の方はどうだ?」
三下は、誤魔化し笑いをしながら、話題をふっていく。
「昼?夜?」
「夜の方な。最近、変な奴増えてるみたいだからな、気負つけろよ。」
莉子が、横目に三下を見る。
「おーい。俺かよ。」
「ハーレムより、犬を選ぶんだから、当たり前でしょ。」
「だから。いろいろ事情があってだな。」
渋い顔をする三下に、更に、横を向く莉子。
三下が、ため息をついたところで、声がかかった。
「失礼します。」
ウェイターは、無駄なく、二人の前に料理を並べると、一礼していく。
二人は、とりとめのない話をしながら、食事をたのしんだ。
「よろしくお願いします。」
二人の食事が終わるころ、ウェイターがレシートをテーブルに置いていく。
三下は、取り敢えず、金額を確認しようと、レシートを覗き込んだ。
「よろしくね。」
上機嫌な莉子の声に、三下の動きが、一瞬、停止。
「女の子と一緒に、ゆっくり食事ができたんだから、いいでしょう。しかも、私、予約も頑張ったんだから。」
得意げに胸を張り、当たり前のように言ってくる莉子の言葉を聞き流しながら、何とか金額を確認した三下は、席を立った。
「えっ。もう行くの?」
「いや。店が混んできたし、ゆっくりできないしな。」
店は、満席になっていた。
「うん。いいよ。」
ごねるかと思っていた莉子は、妙に機嫌よく席を立ち、三下について歩き出す。
「なんだ。珍しく素直だな。」
「そお?わかっているから。」
三下は、不信を覚えるも、レジへ向かった。
精算を済ませて店を出る二人。
「ねぇ。ねぇ。」
とぼとぼと、駐車場を歩く三下の前に回り込み、嬉しそうに三下を見上げる莉子。
「なんだ?」
多少、機嫌の悪さを含んで答えながらも、足を止める三下。
「えへへ。おごってくれてありがと。」
「あぁ。」
すぐに、莉子の脇を抜けていく三下。
「えっ。待って、待って。」
もう一度、三下の前に立つ莉子。
「今度はなんだ?」
莉子は、もう少し、機嫌の悪くなった三下の様子を無視して、嬉しそうに口を開いた。
「お礼。」
「は?」
三下が、間抜け顔で、聞き返す
「お礼。私にお礼、してもらいたくない?」
意味のわかった三下は、微妙に考えると、
「いきなり電話してきて、明日とか、明後日とかは無しにしてくれ。」
するりと、莉子の横を通り抜けた。
「えっ。待ってよ。待ってよ。」
またもや、回り込んできた莉子を、三下は、黙って立ち止まって眺める。
「あのさぁ。私さぁ。食事、おごってもらったよね。ダム湖も一周してもらったし。」
「そうだな。」
「でしょ。だからさぁ。私にお礼してもらいたいでしょ?」
しなをつくって見上げる莉子に向かって、三下は、ため息をつきながら、腕を組んだ。
「お前さんさぁ。」
「なっ。何よ。」
改めたような、三下の言い方に、素に戻る莉子。
「お前さん。仕事柄、客と食事とか行くことあるだろ。」
「毎日行ってるけど。」
「そっ、そうか。凄いな。」
思いもよらない答えに、思わず狼狽しながらも、三下が褒めると、莉子は、嬉しそうに胸を張ってみせる。
「そお。ありがと。」
「おう。で、中には、奢ってやったから、お礼、お礼、て、しつこい奴もいると思うけど、どうしてる?」
軽く小首を傾げて
「ん、、と。昨日の奴は、脛を蹴っ飛ばして捨てていったけど?」
それがどうしたの?と、簡単に答える莉子。
一瞬にして、機嫌の悪さが飛び、背筋が凍った三下。
「そっ、、、。そうか。んと、す、、少し酷くないか?」
あきらかに狼狽する三下に向かって、莉子は、目を細める。
「ちょっと。勘違いしないでよ。最初はちゃんと丁寧に相手をしたのよ。客にはかわりないんだし。」
腰に拳をあて、
「ただ。あんまりしつこいから、仕方なく頭を撫でてやったの。」
次に、肩を窄め、手を広げてみせる。
「そしたら、いきなり両腕を開いて抱き着こうとしたのよ!あいつ。」
再び、腰に手をあてた莉子は、文句ある?と、三下を見上げた。
「いや、、。確かに。そいつが悪いな。確かに。」
でしょ。と、莉子は腕を組んだ。
「で、それがどうしたの?」
莉子は、その時を思い出して、雰囲気が悪くなっている。
三下は、ため息を、一つ。
「まぁ、つまり、そいつの真似事をするつもりはないから、安心しろ、て、ことだ。」
「はぁ?えっ、、。あ、ありがと?」
見開いた目を白黒と彩りながら、言われた内容を理解しようと莉子が停止しし、三下は、その間に、車の運転席に座って、助手席側の鍵を開けた。
莉子が、慌てた様子で助手席に座り込む。
「か、確認していい?」
「確認?いいけど、なにを?」
「服を返すのを、手伝ってもらったよね。」
「ああ。」
「ダム湖も一周してもらった。」
「結果として、そうなるな。」
「ランチも、奢ってもらった。」
「何故か、そうなったな。」
「お礼、してもらいたいでしょ?」
自分の足元を見ている莉子に、軽く目線を走らせ、前を見た三下は、車のエンジンをスタートした。
「さっきも言ったが、その、しつこい奴の真似事をするつもりはないから、安心しろ。」
「うん、、、。」
ストンと肩が落ち、諦めたようなため息とともに、莉子は、外に目を移した。
「シートベルト。頼むぞ。」
「ん、、、。」
莉子は、言われるままに、シートベルトをつけると、スマートフォンを取り出す。
「、、、ナビ。」
「必要ないぞ。」
「、、設定しないと帰れないでしょ?」
「大丈夫だ。」
諦め顔で、不思議そうにしていた莉子の目に、ゆっくりと、光が差していく。
「あ、、、。ん。わかったわ。大丈夫だからね。」
「はいはい。」
三下が、車をバックし、向きを変えながら適当に答える。
「あっと。私、この後の予定もないから、そっちも大丈夫だから。」
「はいはい。どちらにしろ、間違えることはないはずだから、お前さんの部屋には昼過ぎには着く、心配するな。」
「、、、。」
目線を感じた三下は、莉子に顔を向けた。
「、、、。どうした?」
莉子の温度の低い目の色に、思わず首をかしげる。
「いいけどさ、部屋、片付けてない。」
「んーー。丁度いいじゃない、昼から片付けたら?」
「、、、。ねぇ。確認するけど、三下さんは、この後は?」
三下は、少し眉を上げて、語気を強くした。
車は、レストランの駐車場を抜け、下の通りに近づいていた。
「おいおい。言っておくけど、これ以上は付き合えないぞ、俺にも予定があるんだからな。」
来た時とは反対、街道に向かってハンドルを回していく。
「、、、。わかったわよ。」
三下は、それっきり、口を開かない莉子に、少し、罪悪感を覚えながらも車を走らせ、彼女の住むマンションの駐車場の来客用スペースに車を止めた。
「よし。着いたぞ。」
やっとの到着に、安堵のため息をつきながら、莉子を見る三下。
と。
半眼の目線が待っていた。
「な。なんだよ。」
「いきなり電話して、明日とか、明後日とかは無しにしてあげる。」
「そ、それは助かるな。頼むぞ。」
迫力に押されながらも、承認に、胸を撫で下ろす三下。
「そのかわり、断ったら許さないからね。」
同時に、車を降りようとする莉子。
「待て。おかしいぞ、そう言うことは、、、。」
バタン!
助手席側の扉が閉まり、そのガラスの向こうで、未だ半眼で三下を睨む莉子。
いきなり舌を出し、マンションに向き直って歩き始める。
「おーい。」
三下は、呆然と、見送った。
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