第54話 再び、嵌められる 3 我妻 莉子 (あがつま りこ)

「、、、。聞きたいけど、、、。」


「何よ。」


 車は、ダム湖を横に見て走っていた。

 深緑の森と、輝く湖面を少し下に眺め、走るルートは、ドライブとしては、かなりの高得点であることは間違いなかった。

 

 が。


 三下は、少し、機嫌が悪そうに莉子を見た。


「道、、、。間違ってると思うんだが、、、。」


 莉子は、横に目を動かしながらも、気にしない様子で答えた。


「間違ってないわよ。それに、景色が楽しめていいでしょ。」


「、、、。」


 三下が、観光用なのか、小さな駐車場に、黙って、車を止めた。


「なかなかいいとこ選ぶわね。」


 止まると、すぐさま降りようとする莉子。


「待った。」


 止める三下。


「、、、。何?」


 顔も横に向けた莉子の前に、三下が手を出す。


「それ。かしてくれ。」


 指差す先は、莉子の持つスマートフォン。


「言っとくけど、間違ってないから、ちゃんとルートは出てるから。」


「いいから、渡す。」


 莉子は、スマートフォンを横に持っていきながら、いろいろ言うも、三下がはっきり言うと、渋々、スマートフォンを差し出した。

 三下は、画面をタップ、思いっきり、ため息をついた。


 やってくれるぜ。


 出る時に見たルートは、ダム湖を一周するようなものではなかったが、今、表示されているルートは、ダム湖を一周するものに変わっていた。

 

「ダム湖を一周するルートに変わってるけど?」


「しっ、知らないわよ。私に、ナビの通りに言ったからね。」


「ほぅ。」


 焦っているのか、早口に言葉を述べ、ぷぃ、と、黙る莉子を、三下も、黙って見つめる。

 多少、沈黙の時間が流れ、耐えかねた莉子が、口を開いた。


「とっ、とにかく、昼にはまだ時間があるんだから、少しぐらい間違ったっていいでしょう。」


 三下の目が細くなる。


「ほぅ。つまり、間違えたのは認めるわけだ。」


「うっ、、、。」


 しまった、と、顔に書いて、黙る莉子。

 三下は、もう一度、スマートフォンの画面を確認した。


「やっぱり、さっきのところを曲がらないといかんみたいだな。」


 と、スマートフォンを離さず、車を再スタートさせる。


「ちょっと、ちょっと。どうするの?」


 と、莉子が、慌ててそれを止めた。


「いや。戻ってやり直すけど?」


 ハンドルをきる途中で止まって、答える三下。


「戻って、て。せっかくここまで来たんだから、一周しようよ。そんなに時間が違うの?」


 取り付く莉子に、三下は、仕方なくサイドブレーキを引いて、スマートフォンの画面を叩く。


「十分ちょっと違うかな。」


「十分ぐらいならいいでしょう。そんなにかわらないから。第一、女の子とドライブなんて、そうそうないでしょう、勿体無いでしょうが、このまま行こうよ。」


 隙あり、と、見たのか、詰め寄る莉子。

 結局、押し切られた三下は、ため息をついた。


「はいはい。わかったよ。走るだけだからな。」


「うん!」


 とびっきりの笑顔で頷く莉子に、もう一つ、ため息をついて、三下は、今度こそ、車を再スタートした。




「ねぇ。ねぇ。」


 ダムの上を走り終わろうとしたところで、莉子が、嬉しそうに三下を呼ぶ。


「はいはい。何だ?」


 おざなりに答える三下。


「あそこ、車が止めれそうだけど、止めるでしょ?」


 当たり前のように聞いてくる莉子。


「止まらん。」


 三下が、一言で終わらせる。


「、、、。」


 車は、ダムを見渡せる広場に併設してある駐車場を無視して、走っていく。


「ねぇ。」


「はいはい。」


「あそこは?」


 小島にも見える、ダム湖に張り出した、如何にも撮影ポイントなところを指す莉子。


「いい感じだな。ゆっくり走るから、よく見ときな。」


 車は、カーブも急になっている為、スピードを落し、ゆっくりと、張り出した先にある、観光用の建物の横を抜けていく。


「、、、。ねぇ。一つぐらい、止まってくれてもいいと思うんだけど。」


「走るだけだ。って、言っただろ。」


「そうだけどさぁ。」


 莉子は、ふくれっ面になって、シートにもたれた。


「とっ。これか。」


 森に向かっていく、細い道を通り抜けたところで、三下が、車を慌てて止めた。

 適当に置いてあったスマートフォンを持ち、覗き込んでいる。


「何?そこの細い道?」


「あぁ。そこを行くみたいだな。」


「えぇ、、。こんな細い道、、。」


 細いが、車がすれ違える幅はある。


「しょうがないいだろ、ナビでそうなってるんだから。」


 三下は、軽く周りを見回した。


「あっ。大丈夫だから。間違っていても、怒らないからね。」


「そりゃ、どうも。」


 平日の昼前で、車は、全く走ってくる様子はない、ダム湖の両側にそびえている山に挟まれ、細長く見える青い空。

 太陽が、少し強めの輝きで浮かんでいた。


 三下は、車のギアをバックに入れ、少し下がって、細い道に入り、急な坂を上り始める。


「何で、こんなゆっくりなの?」


 三下は、坂道を、かなりゆっくりと、車を走らせていた。


「ん。この辺りなんだけどなぁ。と、これか。」


 止まった車の前に、更に、細い道へのわかれがあった。

 三下が、スマートフォンを手に、ルートを確認する。


「いいな。」


 曲がろうと、ハンドルを握ったところで、嬉しそうに自分を見る莉子に気が付く三下。


「どうした?」


「ううん。大丈夫、間違ってても、絶対に怒らないから。」


「そっ、そうか。そりゃあ、助かるな。」


 テンションが高い莉子に、怪訝な目を向け、更に細い道に曲がっていく。


「うん。例え、この先が、全く人が来なさそうな、しみったれたところでも、大丈夫だから。ね!」


「いやいや。ちゃんと、レストランがあるから。」


「うんうん。わかってるから。」


 頷き、前に目を向けた莉子が、手を伸ばす。


「あっ。駐車場が見えるね。車はないみたい。大丈夫みたい。」


「駐車場が見えるなら、大丈夫だな。まだ時間が早いのかね。」


 互いに呟きながらも、車は、ゆっくりと坂を下った。


「大丈夫だからね。間違っていても、絶対、怒らないから。それならそうと先に言ってくれれば、無駄に時間を取らせる気なんて、なかったんだからさぁ。」


 弾んだ声で、三下を見ながらまくし立てる莉子に、適当に答えていた三下が、人差し指で、前を指す。


「間違ってない。ちゃんとついたぞ。」


「えっ?」


 勢いよく、前を向く莉子。


 割れていく木々の隅の方から、レストランらしき建物が姿を現していて、その屋根に立てられた看板には、目的とした、店の名前が書かれていた。


「えっ?何で間違ってないの?」


「ちゃんと、ナビを見て来たからだぞ。」


「えっ。全く、絶対、人が来なさそうな、しみったれたところに、間違って行くんじゃないの?」


「何言ってんだ。最初から、ここ以外の目的地はないぞ。」


 三下は、目を白黒させながら叫ぶ莉子を無視して、駐車場の隅に車を止めた。

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