第29話 背伸びするコト


 僕と灘さんは、学校終わりに池袋に来ていた。

 ものすごい数の人が歩く中を、二人で手を繋ぎながら歩いて、出口を探していた。


 が、僕達は駅の地下で迷子になっていた。


「どうしようマコトくん、出口が分かんない!!」


「えぇ……そんなこと言われても……灘さん来たことあるんじゃ?」


「わたし来たことないよ! わたしも今日が初めて! コインロッカーはたまたま見つけられたけど、出口は分かんない……。スマホがあれば大丈夫かなって思ってたんだけど……ほらみて。さっきから調べてるのに表示がおかしいんだよね……」


 そう言われて灘さんのスマホの画面を覗き込むと、青い点がぐるぐるしている。


「ホントだ……じゃあどうするの?」


「うーん。一応出たい出口は東口って分かってるし、東口って書いてある黄色い看板の矢印を見ながら行けばいいとは思うんだけど、さっきから出られてないんだよね……」


「じゃあとりあえず人の流れに沿ってみるとかは? ほら、改札から出てくる人に着いていくみたいな」


「そうだね、じゃああの改札から出てきてる人の後を追ってみよ!」


 そうして僕と灘さんは、一度離した手をもう一度繋いで、青いスーツを着た人の後ろについていくことにした。


 ーーーー


 しばらく歩くと、外の光の当たる階段が見え、そこを登ると外に出られた。


「あ、マコトくん出れたよ!!」


「そうだね!」


 喜ぶ灘さんを横目に、周りを見渡すと、大きなビルが立ち並ぶ景色が見えた。


 大きな看板から小さな看板、たくさんの人が通る歩道に、交差点。大きな道路。


 何もかもが大きな世界に思わず見惚れてしまう。


 そしてしばらくの間固まっていると、灘さんが手をくいくいと引っ張ってくる。


「ねぇ見て! 東口って書いてある!! それにスマホもしっかり機能してる!! これで普通に歩けるよ!」


 そう横ではしゃぐ灘さんを見て、よく分からないけど安心する。


「てことでマコトくんあとは任せて!! たぶんこっち! さあ行くよ!」


 いつもの頼もしい雰囲気に戻った灘さんに連れられて、僕は初めて友達と都会を歩いた。


 ーーーーーー


 そうして灘さんの案内に従いながら、駅の横にあるビルに入ると、そこには綺麗でオシャレな空間が広がっていた。


 白くて明るい照明に、たくさんのお店の名前、そして商品。

 見るだけでクラクラしちゃいそうなぐらい、たくさんのものが置かれていた。

 

「うわぁ、すごいねマコトくん! なんか大人の世界みたい! あ、あれ美味しそう!! マフィンだって!」


 入った瞬間から目的地に行くことをすっかり忘れてしまったのか、灘さんはいろんなお店を見て回っていた。

 僕も逸れないようにその後ろをついて行った。


 そして、しばらくして見終わると、思い出したかのように『マコトくん、エスカレーターで上に行くよ!!』と言われて、やっと目的地に向かった。


 ーー


 そして1フロア上がると、そこは化粧品がたくさん置いてある場所だった。


 初めて見るその大人の世界に、思わず息を飲んでしまう。

 

 さっきまでの場所は、食べ物だとかが置いてあって、まだ居られたれけど、ここは居るだけでなんだか緊張してしまう。

 それに、女の人ばかり居るから、余計にそう感じてしまう。

 匂いもなんだか大人の香水の匂いだ。


 そうしてそれを見て思わず僕が固まっていると、灘さんはわぁっと目と口を開いて、楽しそうにしていた。


「マコトくん! 今日来たかったのはここ!! ここで、メイク道具買ってみたかったの!! 可愛いやつ!!」


 そう言って灘さんがはしゃぐようにしてお店に入るので、僕もそれを追う。


「見てみて、このリップ可愛い! こっちの入れ物がキラキラしたやつもかわいいなぁ。それに見た目もお姫様が使ってるやつみたい」


 目を輝かせて商品を見る灘さん。

 そして僕もその横で、同じものを見つめてみる。

 

 確かに、どれも見た目がすごく綺麗でかわいい。

 アニメとか漫画で出てくる道具みたいだし、ちょっと欲しくなってくる。

 えっと値段は……2000円!? 女の子ってみんなこんな高いの使ってるのかな……えぇ……。


 なんて思ってガタガタ震えていると、灘さんがふふっと笑う。


「あ、マコトくん緊張してる?? よね、こういうところって大人の世界って感じするし! それに女の人しか周りに居ないもんね。でも大丈夫! 今日は私が居るし、しっかり買いに来たし! だから何も言われないはずだから安心して! ってことで、あっちの奥行こ!」


 そう言うと、灘さんは何かを隠すようにして、僕の手を引っ張った。


 ーー


 奥に行くと、灘さんは目当てのものがあったみたいで、それを見つけた途端、僕の手を離してそのままそれを手に取って見始めた。

 そしてよく見ると、それは赤とピンクのラメが光るキラキラしたリップだった。


「見てマコトくん! これね、塗ると少しだけキラキラするの! さっきのとは違って、入れ物じゃなくて塗る方が輝くの! 可愛くない!? 私これ欲しかったんだぁ」


 そう言いながら、灘さんがそのリップを手の甲に付けて見せてくれる。


「確かに綺麗。なんかキラキラ感が丁度良くて可愛いかも」


「でしょ!! でもね、これ濃いピンクと赤があって、どっちにしようか悩んでるんだぁ。どっちの方が可愛いと思う??」


 突然の質問に思わず固まってしまう。


 えぇ……これってどっち選んでもダメって言われるやつだよね……。

 なんかこの前本読んだ時に出てきた気がする、確か『僕らはイケナイコトをする』で読んだと思う。

 どうしよう……。

 確か、どっちもいいよって言うんだっけ……??


「え、えっと、どっちも灘さんに似合うと思うよ。赤は学校の灘さんっぽいし、ピンクは普段の灘さんっぽいし……」


 そう言うと灘さんがあははっと笑い出して、そのあとニヤッとした顔になる。


「マコトくん、それ本で読んだからそう言ってるでしょ? バレてるんだからね? 私も一緒に買ったんだから!」


「うっ。ご、ごめんなさい……。で、でもどっちも似合ってるのは本当だよ! 本当に灘さんに似合ってる!」


 ついバレてしまったけど、咄嗟に言い直す。

 すると、灘さんが柔らかい雰囲気になって笑い出す。


「ふふっ、まあ良いんだけどね! でもそっか、じゃあここはマコトくんに選ばせよう! どっちがいい?」


 そうして目の前に二本のリップが差し出される。


 なので、僕は迷わずにピンクのリップを選ぶ。


「じゃあこっち」


「そっかそっか、じゃあこれにするね! 買ってくる!」


 灘さんは何故か嬉しそうにニンマリすると、一人でレジに向かった。


 ーーーー


 灘さんをお店の外の廊下側で待っていると、後ろから肩を叩かれた。


「お待たせマコトくん! じゃん! 買って来ちゃったよ! もう買う時すっごいドキドキした! でも買えて良かった〜〜」


 そう言って大事そうに紙袋を腕に抱える灘さん。

 ケーキ食べてる時みたいに笑顔だ。


「それでマコトくん、その、今日はついて来てくれてありがとうね! 私これがどうしても欲しくて、だけど一人で来るの怖かったからさ、るみちゃんも来れなさそうだったし……だから誘ったんだけど、その、すっごく助かった!」


 どこか恥ずかしそうに俯きながら、上目遣いで言う灘さんを見て、少しドキッとしてしまう。


「う、うん。どういたしまして……その、僕も初めてこういうところ来たけど、見るの楽しかったからその、大丈夫、かな」


「そっかなら良かった! てことで、私の用事はもう済んだから、今からはマコトくんの行きたいところ行こ! まだ時間に余裕あるし! どこか行きたいところある??」


 照れ隠しなのか、少し歩き始めながらそう言う灘さんに、僕はそういえばと思い出す。


「じゃ、じゃあ本屋さんに行きたい、かな! その、なんか昨日出た本の限定のやつが確か池袋のお店で売ってるって書いてあって……それが欲しいというか……この前も本屋さんに行ったから灘さん嫌かもだけど……」


「ふふっ、分かった、行こ! 私全然嫌じゃないし! それに時間無いから急いで行こ! えっと、場所分かる??」


「ええっと」



 

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