第11話 失望は権利か、それとも自由か?
ったく、ぶち壊してくれる。
私が妄想し、そして創作をしはじめた時間を、サラリとくだらない現実が拭い去っていく。
私は、あの肌色罫線が張り巡らされるアイツに、結局のところ完全敗北し、クソったれな仕事が終わった後に、明と過ごすはずだった毎日を描き続けている。
それは、ちょっとした妄想と事実改変があるのかもしれない。
だが、それは私が明に焦がれ、求めていたことをストレートに表現できているような気がする。
気持ち悪い?
ああ、結構。
それは、私の妄想の産物でしかない。
だれかに晒すわけでもない。
だからこそ思う。
「私の世界の邪魔をするな」
私は、私の世界で完結し、そして満たされているのだから……。
―――――――――――――――――――――
「お前らがマスクをしていないのが、一番問題なんだよ!!
うちの会社の信用が落ちる! 徹底的にマスクしろ!」
くだらない怒号が事務所に飛ぶ。
隣国発肺炎の感染者が異常なまでに増えている。
東京の感染者数は既に十万人を突破し、先日、これによる死者数も千人を超えた。
政府は緊急事態宣言を発令し、今まで以上の外出自粛を国民に促した。
更に外出時には不織布マスクを着用することをほぼ義務化し、これを着用していなければ、入店を禁止する飲食店さえも出てきた。
ここまで徹底した感染対策が敷かれているにも関わらず、感染者数の増加は止まらない。
そして、私たちの仕事も日に日に多く、負担の大きいものになっていった。
「クッソ……!! また破けやがった!!
おい! ぶん投げたから、早く捲け、捲け!!」
佐藤の怒号とも取れないコトバが飛ぶ。
私は、急いで黒いボタンを押す。
このボタンを押すとスライダーが廻り、ホッパーに投げ入れられたゴミが塵芥車の奥へとプレスされる。
そいつが存在しなかったように、捲き込まれ、圧縮され、塵芥車の奥深くに消えていく。
そう。
私たちの人生のように……。
「クソ、、、しくじった!!
最近のゴミは、やたらめったら詰めやがる!
こっちが思っていた以上に重いモノばかりだ!
バカみたいに詰め込むんじゃないよな!!」
そう言うと、佐藤はアルコールのスプレーを自らの身体に振りかけ、煙草に火をつける。
引火したらそれこそ車内が地獄絵図になると思ういながらも、私は何も言わない。
それだけ佐藤だってギリギリの状態なのだ。
佐藤の目の下にもクマが見える。
コイツみたいな奴にでも今の異常な状態は応えるらしい。
私は、煙草に火をつけ、次の集積場を目指し、運転をする。
「俺らは……、誰かが生きるために、消費されるために、生きているのかよ……」
佐藤が静かに呟く。
私は、これを聞こえないふりをし、煙草のケムリをフウっと吐き出した。
―――――――――――――――――――――
「え~!!
だって話が違うじゃ~ん!
弘毅は私と同じ大学に行くっていってたじゃん!」
図書館に明の声が反響する。
オイオイ……。
今日は休日だぞ……。
多くの健全な市民の皆さんが利用しているのだから、声のトーンを五段階ぐらい落とすべきであろう。
周りからのいぶかし気な視線に黙礼をした後、私は明にいう。
「明、落ち着いて。
まずは声のトーンを落として……。
みんな見ているから……。
そして、明が思っているようなことじゃないから、大丈夫だよ。
俺たちは一緒にいるから大丈夫だよ……」
懸命なコトバにも明のムクレ顔は収まらない。
あぁ……、その顔がまた可愛いのだが……。
「全然わからない!!
一緒の大学を目指そうって言ってたのに、そんなことを言うなんてありえない!!
さては、他に女ができたのね!?
ひどい、裏切り者! 私は当て馬だったのね!?」
相変わらずの早合点に、むしろ笑みさえこぼれる。
コイツは、本当にわかりやすくて、そして大好きだ。
「明、ごめん。
でもね、そういうことじゃないんだ。
明と一緒に長く居たいからこそ選んだことなんだよ。
明は文系、俺は理系。
お互いにとって一番、いい選択肢は数駅離れた大学。
明。
ココはちゃんと理解してほしい」
少し長めの前髪が明の表情を隠す。
キツイことを言っているのはわかっている。
だけど、私だってやりたいことがあり、また、明の可能性をつぶしたくない。
明はムクれた顔で少し思案した後、私の胸にそのアタマをぶつける。
トリートメントの香りだろうか?
それが我慢をしている私の劣情をくすぐる。
「……それは、将来のことも、考えてってことなんだよね……」
蚊の鳴くような声だが、私にだけは聞こえる声で明はいう。
決意とも、私を試しているかもわからないが、私はこう答えると決めていた。
胸に置かれた明のアタマを丁寧に抱きかかえ、私はいう。
「そうじゃなかったら、こんなツライことを、明にはお願いしないよ……」
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