第4話 三重人格少女が友達になった



 どうやら男人格らしい「雷人らいと」。

 は自己紹介もそこそこに、可愛らしい天堂さんの顔を不良がよくやるような表情へと変化させる。つまり、眉間を引き上げながらシワを寄せるアレだ。


「まだ殴り足りねえが莉緒がもういいって言ってるからここら辺でやめてやる。スマホ出せコラ」


「えっと……スマホって、なにをするんですか……」


「ああ!? 決まってんだろ。知り合ったばかりのいい年した男女が互いのスマホを取り出しゃ連絡先の交換以外になにがあんだコラ」


 雷人くんはまるで不良のような性格だ。

 この時も、彼は自分のおでこを俺のおでこへ引っ付けるようにして俺を斜めに睨めつけ、自分もスマホを取り出して俺を脅すようにこう言った。

 かと思うと、彼は唐突にまた独り言モードへ。


「どうした? …………ああ。わかったよ。ちょっと調子に乗らないように圧をかけておいただけだ。最初が肝心って言うだろ? ってかお前、俺が切り出さなかったら自分から連絡先の交換なんぞ提案できたのかよ」


 腕を組みながら険しい表情になり、別の人格と脳内会話してるっぽいのに大声で独り言のように喋る雷人くん。こいつら声に出さないとコミュニケーションできないのだろうか。


 体は天堂さんだから、いくら巻き舌で喋ろうが可愛い声はその片鱗を残している。

 もちろん顔もだ。原型が素晴らしいため、それを勿体無いくらいに歪めてしまった不良の表情も可愛いのは可愛い。この落差が好きな奴にはギャップ萌えすんだろうな……。


 とか俺が考えていると、天堂さんは突如としてまた無表情に。

 すぐに色っぽく朗らかな笑顔に切り替わり、パーソナルスペースという概念をガン無視して俺に体を引っ付けてくる。


 こういう態度になるのはきっと風華ちゃん。

 天堂さんの中にいるもう一人の別人格で、エロいお姉さん的な性格の、艶っぽい声を出す女の子の人格だ。


 俺はこの風華ちゃんが出てくると、あまりにも恥じらいのない積極性にしどろもどろになってしまう。

 すぐに体を密着させてくるから男の俺のほうが恥ずかしさで距離を離してしまいそうになるし、マジでキスされるのかと思うほどの距離まで顔を近づけてくるから、視線の置き場にも困ってしまう。


 雷人と、風華と、莉緒。


 彼女の体には、三人の人格がある……なんて、正直こんな話をいきなり信じろって言われても普通に考えて無理がある。

 三重人格? そんなアホな、って感じだ。

 

 だけど……雷人くんの表情が、声が、目つきが、体に纏っている雰囲気が、完全に生粋の不良で。

 風華ちゃんの朗らかな笑顔が、妖艶な目つきが、艶かしい仕草が、あまりにもエロいお姉さんで。

 さらには、人格が入れ替わる瞬間の無表情が「マジで入れ替わってる感」をリアルに演出していて、三重人格って本当なのかも……と素直に思わされてしまう。これが全部演技だったとしたら相当の女優だろう。


「ねぇ悠人ゆうと。一つお願いがあるんだけど」


「はい。なんでしょうか」


「あは。なんで敬語? ぜーんぜん気を遣わなくてもいいんだよ」


 別にこちらも敢えて気を遣うつもりはないんだけど、これは無意識に出てしまっている。

 内面の完成度が自然と形作った上下関係とでも言うべきか。やっぱ経験豊富なお姉さんは敷居が高い。経験豊富かどうかは知らんけど。

 

「莉緒のこと、〝天堂さん〟じゃなくて〝莉緒〟って呼んであげて」


「えっと……どうして? ……ですか?」


「嫌?」


「……いえ」


「ありがとう。きっと喜ぶよ。じゃあ、約束だよ!」


 俺と小指どうしで指切りげんまんした風華ちゃん。

 その朗らかな笑みは、すぐに無表情に取って代わられる。


 俺と小指を繋いだままやがて彼女の顔に現れたのは、頬を赤らめ、困っているのがありありと伝わる天堂莉緒の人格だった。お腹の前で手をモジモジさせて、視線は地面の上をつらつらと迷わせている。

 俺も後ろ頭を掻きながら、自分たちの頭上だけぽっかりと空いた青空を見上げていた。


「……あの。連絡先、交換、する?」


 俺がそう言うと、天堂さんは一瞬だけ俺へ視線を向けて、すぐにまたウロウロさせた。

 パチパチと多くなった瞬き。キュッと結ばれた口から、ボソボソと小さな呟きが漏れる。


「……勘違いしないでよね。連絡先は交換するけど、ただ、それだけだから」


 なんだかツンツンしながら、彼女は言ったけど。

 連絡先の交換は、ただそれだけだったとしても、意味があるよなぁ。


「ん……。じゃあ、ほら……莉緒」


「うん、……悠人」


 俺たちは、互いにスマホを取り出した。

 時折、上目遣いで互いの様子をうかがいながら無言でスマホを操作し、チャット型メールアプリで「友達」になる。


 ただ、連絡先を教え合っただけ。

 でも、これで二人はいつでもどこでも、繋がれる。


 莉緒は自分のスマホの画面をじっと眺めて、勝手に笑顔になってしまいそうな自分を必死で戒めるような顔をしていた。要するに、負のオーラは放出されていない。


 まあ……喜んでもらえたなら幸いだ。こんな俺の連絡先でよければ、いくらでも教えるよ。

 教室での様子を見ている限り、もしかすると、彼女にとってこれが初めての友達の連絡先なのかもしれないしな……。


「ねえ。莉緒はさ、下の名前で呼ばれるの、嬉しい?」


 俺は今まで、この点についてあまり意識したことはなかった。苗字で呼ばれ続けたら仲良くないとか、そんなふうに思ったこともない。

 まあ敢えて今尋ねることではないように思うが、思ったことをきちんと伝えることの延長線上に幸せがあると自分で言った手前、疑問に思ったことは伝えようかな、と思ったりして。


「……うん」


「よかったら、どうしてなのか教えて欲しいな。俺はあんまり気にしないほうだから」


「……私、自分の名前を呼ばれない環境が続いたことがあって」

 

「…………」


「まるで道具のように扱われた。それから人と関わるのが怖くなっちゃって、他人とは距離を置いちゃうようになって。だから、ずっと苗字でしか呼ばれてこなかった」


 もしかすると彼女は虐待でもされてきたのだろうか。この感じだと性的虐待の可能性もある。詳しいことはわからないけど、俺なんかでは到底理解できないくらいつらい目に遭ってきたんだろう。

 繊細な事情がありそうな彼女のことは、傷つけないように細心の注意を払ってあげる必要があるかもしれない。俺は彼女のことを若干エロい目で見ていたところがあったんだけどこりゃそんなの厳禁だ。


 いずれにしても、名前で呼ばれて嬉しいなら、そうしてあげたいと思った。

 


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