第35話 魔王討伐と約束①

 魔王討伐の旅が終わることになる日。

 勇者パーティーの一行は地図にも記されていない北の果て――山奥に位置する巨大洞窟の中にいた。

 

「あー、虫やら蝙蝠やら、うじゃうじゃいて嫌になっちゃう!! 本当にこんなところに魔王がいるのかしら。いるとしたら趣味が悪いわ!」

 

 マリアンヌはプリプリ怒りながらも、クレイユの一歩前を歩いてくれている。

 

 ルビリアの光魔法のおかげで洞窟内は明るいが、湿り気のせいで足場は悪く、気を抜いたら普通に歩いているだけでも命を落としそうだ。

 

「確かに大きな魔力の気配はないかも……」 

「チッ。無駄足だったってわけか。つーか、ここにいるって言ったのお前だろ」

 

 クレイユの背後で、闇魔法使いの青年がぽそりと呟くと、隣国出身のハーフエルフはすかさず噛み付いた。

 

 この二人はどうやら馬が合わないらしく、常に喧嘩腰だ。

 

「違うよ! 僕じゃなくてクレイユが!」

「はー。何でもクレイユのせいにするなって」

 

 クレイユは「いや、本当に僕が言い出したんだよ」と助け舟を出そうとするが、その前にルビリアが仲裁に入ってくれる。

 

「魔王ともなれば、きっと簡単に気配を消せますよね。陰鬱な雰囲気で、私は少し怖いです」

「そ、そ、そ、そうだよね。油断は禁物だ」

「大丈夫。もし万が一のことがあれば、ルビリアのことは命にかえても俺が護るよ」

 

 不安げなルビリアの言葉に、男二人はさっと言葉と態度を改めた。

 

 ルビリアが更にひと言、「二人とも、頼りにしています」と呟くと、好きな子に良いところを見せたい二人は、急に真面目なムードで探索を始める。

 

(分かりやすい)

 

 クレイユはくすりと笑いそうになるが、初恋の人を前にしたらきっと自分も同じだろう。

 

(それにしても、すごいな。こんな場所があったなんて)

 

 入り口は狭いが、少し進むとぽっかり開いた空間にたどり着く。

 

 クレイユの知るどの洞窟よりも天井は高く、垂れ下がる鍾乳石が光魔法に照らされて、シャンデリアのように輝いていた。

 

 この場所をクレイユに教えたのは、つい先日死闘を繰り広げた古代龍だ。

 確度の高い情報だと思ったが、もしかしたら魔王がここを根城にしていたのは遥か昔の話なのかもしれない。

 

 上を見ながら歩いていたクレイユは、ふと違和感を覚えて立ち止まる。

 

「ルビリア、あそこを照らして」

「これで大丈夫ですか?」

「うん。ありがとう」

 

 クレイユは風魔法を応用し、三階ほどの高さに位置する石壁の突部分に登った。

 

「やっぱり扉だ」

 

 近づいてみると、壁面にある四角形の凹みが石造りの扉であるとはっきり分かる。

 

(こんなものが自然にできるわけがない。誰かが創ったものだ)

 

 丁寧に彫刻まで施された扉は、両開きの造りになっており、押せば簡単に開きそうだ。

 

「あらやだ。その先に魔王の寝城でもあるのかしら」

 

 マリアンヌは腕を組み、扉の方を見上げて言う。

 

「……影が侵入できない。普通の扉じゃないね」

「覚悟した方がよさそうだな」

「念のため、皆さんに最硬度のバリアを張ります」

 

 喧嘩コンビもそれぞれ臨戦態勢に入り、ルビリアは防御魔法の詠唱を始めた。

 

「ここまでの道中、魔物が一切出なかったのも気味が悪いわ。恐ろしいことにならなければ良いけど……どうする?」

「進もう。この日のために何年も準備をしてきたのだから」

 

 クレイユはマリアンヌへの返事に「まず、僕が様子を見てくるよ」と付け加え、石扉にそっと手を重ねる。

 

(本当に大丈夫なのか?)

 

 不安が頭を過るも、クレイユは意を決し、ひやりと冷たい扉を押した。

 その瞬間、クレイユを避けるようにして扉の奥から爆発的な空気が流れ出る。

 

 扉の中にはただ真っ黒な虚無が広がるばかりだ。

 クレイユは反射的に扉を背にし、吹き戻す風に自身の風魔法をぶつけた。

 

 ルビリアの防御魔法は物理攻撃にも魔法攻撃にも有効で、ただの風、ただの魔法なら影響を受けないはずだが、クレイユがじりじりと後退する横で仲間たちが吹き飛ばされていくのが見える。

 

 何故、と思うよりも先に、クレイユの体は強い力で扉の内部へと引っ張られていた。

 

(転移魔法か……!)

 

 自らも転移魔法を使うことで相殺を試みようとして、クレイユは諦める。

 この風の先に魔王がいるのだとしたら、変に抵抗するよりも招かれた方が早い。


 強い引力に身を委ね、魔法陣から吐き出された先は、薄暗く空虚な場所だった。

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