第2話 理不尽な訓練


 訓練場は俺の部屋から歩いて数分のところにあった。

 中は訓練用の武器しか置かれていない殺風景なところで、俺たち以外使用しているのは見たことがない。


 

 軋む扉を押し開けると、中では教育担当である坊主頭の男──ボルズが素振りをしているのが見えた。


「ボルズさん! エリオットさんを連れてきました」


「おお、セシリア嬢。訓練に集中していて気がつきませんでした! 相変わらずお綺麗で」


 カタリナの声かけに、ボルズは勢いよく振り返り、どこか芝居がかった賛辞を送る。

 普段のボルズの威圧的な面構えに反して、今は鼻の下がこれでもかと伸びていた。

 

「お褒めいただいて光栄ですわ。今日は特別おめかししてきましたの」


「なんと! そうでございましたか! それは教官冥利に尽きるといったものです」

 

 ボルズは鼻息荒く答えると、俺に刺すような視線を送る。


 俺の身の上は教官たちには教えられておらず、

彼らには『辺境からやってきた、セシリアの知り合い』といった説明がされているらしい。

 そして、かつての英雄にあやかって、同じ名前をつけることも珍しくないそうで、名前もそのまま使っている。


 だからボルズからすれば、俺はセシリアが連れてきた期待の新兵、になるはずなのだが……仮にもこれは、仲間に向ける目つきではなかった。

 

 それもこれも、こんなに目の敵にされるようになったのは、ほとんどセシリアのせいである。

 セシリアはいわば、男だらけのむさ苦しい部活に入ったアイドルマネージャーだ。

 男は好いた女にいいところを見せたい生き物であり、そんな相手に連れてこられた俺は、蛇蝎だかつのごとく嫌われていた。


 俺は思わずこぼれそうになるため息を噛み殺す。

 目尻だけで笑い、口元を整えると。


「……おはようございます、ボルズさん。今日はよろしくお願いします」


「挨拶などいらん! さあ訓練を始めるぞ。お前の全てを見せてみろ!」


 ボルズはチラチラとセシリアに視線を向ながら言い放つ。


「お二人とも頑張ってください。私も応援していますわ!」


 ボルズのアピールを受けたセシリアは、祈るように腕を組むと、上目遣いで応援の言葉を送った。


「お前が一本取れたら終わりにしてやろう! かかってくるがいい!」


「……一本取れたって、あんた終わりにしてくれないでしょうが」


「何をボソボソ言っている! 男ならはっきりと話せ!」


「なんでもないです。じゃあ行きます」


 床に置いてあった訓練用の模擬剣であるロングソードを手に取ると、ボルズに向かって駆け出した。

 俺は自分でも驚くほどの速さで相手の懐に到達し、そのまま横凪で切り払う。

 しかし、動きが読まれていたのか、俺のロングソード目掛けて、ボルズの大剣を振り落とされた。

 

 剣を交えることなく、飛び退って攻撃範囲から離脱。

 ボルズは空を切った大剣を肩の上に戻すと、こちらを挑発する。


「逃げるのか、腰抜けめ」


「慎重に行動しているだけですよ」


 身体的な能力だけでいうと、この一週間で戦った人の中で自分よりも高い者はいなかった。

 動体視力ですら超人じみているし、体力も人間離れしている。


 問題は俺の技量の低さと……相手が持っている武器の質だ。

 こちらが、ぼろぼろのロングソードに対して、相手は持ち手に宝石が取り付けてある黒色の大剣。

 明らかに性能に違いがあった。


「……何が模擬戦だよ。打ち合える強度じゃないだろ」


 小声でぼやく。

 初回の模擬戦で、まぐれで白星をあげたのがまずかったのだろう。

 相手は油断しており、こちらも力の加減を分かっていないので、防ごうとした相手の剣を破壊して一本とってしまったのだ。

 それからというもの、こんな理不尽な戦闘訓練に変わってしまった。


「エリオットさん! 頑張ってください!」


 セシリアの声に反応して、ボルズが額に青筋を浮かべる。

 彼女の応援のおかげで、ボルズの戦意を高めることに成功した。

 ……お願いだから訓練中は黙って見ててほしい


「その程度か小僧!」


 いくら俺の方が身体能力が高くても、ボルズの守りと武器差を突破できるものではなく、最後には呆気なく剣を折られた。

 残念そうな顔のセシリアに、鼻高々な様子のボルズ。


 今度は部屋の隅に立てかけられている武器の中から、槍を持ってくるように指示を受けるが……置いてある槍は総じてぼろぼろだった。

 訓練用だからか、嫌がらせなのかわからないが刃先は欠けており、無いに等しい。

 その中でましなものを一本選んで手に取れば、ボルズはニヤリと笑みを浮かべて大剣を掲げる。


「見ていてくださいセシリア嬢。今度は吾輩の戦技をお見せいたしましょう!」


「まあ! それは素晴らしいわ」


「それじゃあ自分は離れとくんで思う存分……」


「何をしてる! さっさと向かってこい!」


 嫌な予感がして傍観者になってやり過ごそうと背を向けるが、ボルズからのご指名が入る。

 


「手加減してくれると嬉しいかなあって――」


「エリオットさん! あなたならいけますわ」


 その言葉を聞いて、ボルズは顔を真っ赤にして怒っていた。

 どうやら俺のささやかな希望も、空気を読めないセシリアの応援により潰えてしまったようだ。

 


 

 槍の扱い方など知らない俺は、せめて間合いの有利をつくようにして攻撃をしかける。

 突き出された槍は、動く気配のないボルズの腹に直撃して──

 持っていた槍が、半ばからぐにゃりとしなったかと思うと、真っ二つに折れてしまった。

 

「嘘だろ⁉︎」


「――ぐうっっ効かんな! 全然効かんぞ。そして身をもって知るがいい! これが四番隊隊長の戦技よ!」


「ちょっと待っ──」


烈波れっぱ


 ボルズの怒号に焦りを覚えた俺は、槍の残骸を捨てて距離をとる。

 これでは練習にならないので、武器の交換の時間をもらおうとしたのだが、焦る俺を見て、ボルズは嫌らしい笑みを浮かべた。

 ボルズはその場で大剣を振り抜き──


「何だよ、それっ!」


 ボルズの斬撃に合わせて、半透明の何かが放たれた。

 ボルズの放った攻撃は地面をえぐりながら、唸りを上げてこちらに迫る。

 驚きのあまり硬直する体。避けきれないと悟った俺は、顎を下に引き、前方で腕を十字にして身を守った。


 まるで、ハンマーで殴られたかと錯覚するような衝撃が体を襲い、俺の体は遥か後ろの壁まで吹き飛ばされる。


「……嘘だろ。何で今の受けて平気なんだよ。本当気持ち悪いな、この体」


「エリオットさん! 大丈夫ですか?」


「大丈夫っぽい。それより、今の攻撃は何?」


「今の技が戦技です。己の生命力を変換して攻撃する技法でございまして、優れた戦士のみ扱える秘技でございます。治療は……いらなそうですね」


 駆け寄ってきたセシリアが俺に回復魔法をかけながら説明するが、あまりの傷の少なさに口をぽかんと開けて驚いていた。


「怪我がないならば早く立て。聖女に無駄な魔力を使わせるな」


「ちょっと休憩とかは……」


「頑張って下さい、エリオットさん」


 舌打ち混じりのエルグの言葉を受けて、セシリアが俺の手を握りながら立ち上がらせる。



 不機嫌さを隠そうともしないエルグとの訓練は昼過ぎまで続き、エルグの体力の限界がきたところで終了した。


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