【一幕 第二話 繋いだ命】

「コーバック……。あの男、いったい何なんだ」


 俺はコーバックの姿を思い返す。

 まるで幽鬼のようだった。

 狂気に満ちた何者をも寄せ付けない絶対的な悪。

 あんなものとエマンさんは戦っていたのかと思うと、すごいとしか言いようがなかった。


「エマンさんは、コーバックと戦う正義のヒーローってこと?」

「そんな大したものじゃないよ。そうあろうとは心がけているけれどね」


 僕にはこれがあったから、と携えている槍をエマンさんは見せてくれた。


「とても綺麗な槍、ですね」

「《スターブランド》と言うんだ」


 白亜の柄を持つ槍は、今ではすっかり刀身から七色の輝きが失われていた。

 俺はエマンさんの話を思い出す。

 エマンさんの武器であるスターブランドの核を俺に埋め込んだのなら、武器自体は大丈夫なのだろうか。


「エマンさん、スターブランドはその、平気なんですか?」


 俺の問いに、エマンさんは少しばつが悪そうな表情をした。


「スターブランドは僕の住んでいた星が生み出したもの。星槍と呼ばれる代物なんだ。これを唯一扱えるのが僕であり、そのことから、僕は自分の星で《救星者》として星を脅かす悪と戦っていた」

「やっぱり、ヒーローなんですね」

「でも、僕自身には特質した能力はない、ただスターブランドを扱えるだけ。その核を失った今、スターブランドは普通より頑丈なただの槍になったかな」

「俺のせいで……。すみません」

「謝る必要なんてない。僕は君を救いたかった。そしてその術があった。それだけさ」


 改めて、俺は自分の心臓のある位置に手を触れる。

 普通の人間には無い、硬い異物がそこにはあり、今も脈動するように熱を発していた。

 温かく、強い意志のようなものを俺はマヴェディーシから感じる。


「そういう意味ではイサリ、君が今はスターブランドのようなものだね」

「俺がスターブランド?」


 自分が武器になったということに実感が湧かない。

 今になって、冷静さを取り戻してきたのか、次々に疑問が湧いて来る。


「エマンさん。俺、聞きたいことがいっぱいあるんです」

「そうしたいのはやまやまだが、そうも言っていられないな」

「どうして?」

「コーバックはまだ生きていて、スターブランドから核がイサリに移ったと知らないとはいえ、気づかれるのも時間の問題だ」

「俺が、コーバックに狙われるってこと?」


 友人たちを惨殺し、壮絶な強さを見せつけていたあんなものに、ただの人間である自分がかなうはずがない。

 途端に、俺は全身が凍り付くような感覚に襲われる。

 そんな俺の肩をポンッとエマンさんが優しく触れた。


「安心してくれ。巻き込んでしまった以上、君は何としても僕が守る。けれど、今の僕は戦うことはできても、今までのような力は出せない。スターブランドはただの槍になってしまったからね」


 うーん、うーんとエマンさんは頭を抱えていた。

 俺を守るために必死に策を考えてくれているのだろうか。


「どうして、別の世界の見ず知らずの俺を、そこまで心配してくれるんですか?」

「そもそも君が死にかけ、君の友人たちが死んでしまったのは、僕がコーバックの攻撃を防ぎきれなかったためでもある」

「そんなの、あの状況じゃ無理もないんじゃ。俺だって、みんなを守りたかったけど何もできなかった……」

「君が責任を感じる必要はないんだ」

「だって、俺が流星群を見に行こうなんて言わなければ、みんな生きていたかもしれないのに……!」

「それは違う。いいかい? 悪いのはこの世界に転移してきてしまった僕たちだ。そして何よりコーバックが悪い」


 俺の目を真っすぐ見据え、力強くエマンさんは言った。


「僕には戦える力がある。だからそれを正しく使う責任があるんだ」

「力を持つ者には、責任が伴うってことですか?」

「うん。僕は自分の目の前で困っている人を放っておけない。偽善だとコーバックには言われたが、偽善と思われようと何もしないよりはマシだと思ってる。それに、誰かを助けるのに理由なんて必要ないだろ」


 どくん、とマヴェディーシが鼓動を打つ。

 離れていてもマヴェディーシとエマンさんが繋がっているような感覚を俺は抱いた。

 エマンさんの正義感に感銘を受けた。

 俺もまた、自分も何かしたいとずっと思っていた。

 自分にも何かできないだろうか。

 いや、ある。

 まずはみんなを弔ってやらねばならない。

 そして、警察に連絡して事情を説明する。


「警察?」

 

 エマンさんが首を傾げる。


「エマンさんの世界には警察いないんですか? 簡単に言うと悪い奴を取り締まる組織です」

「なるほど。兵士や騎士のようなものか」


 エマンさんの口から出てくる言葉から、彼がファンタジー小説のような世界から来たのだと推測する。

 俺は警察に連絡し、彼らが到着するまではここで待っていることになる。

 エマンさんは、ここにいるのは危険だと言うがこればかりは仕方がなかった。


「みんな、本当にごめん」


 今一度、俺は友人たちを見て謝る。


「あまり気にしすぎない方がいい。じゃないと死に引っ張られてしまう」

「でも、俺が忘れてしまったら駄目だと思うんです」

「ああ。記憶しておくことはいい。でも、悔やみ続けるのはやめるんだ。君が悪いんじゃないんだから」

「……分かりました」


 エマンさんの言葉に冷静さを取り戻した俺はあることを思い出して、別の意味で気が重くなった。


「これ、外せるんですか?」

「恐らくそれを取ってしまうと君は死ぬ」


 心臓の代わりなのだから当然か。


「君は今、マヴェディーシからエネルギーが供給されて生命を維持している」

「エネルギーが消えたりしないんですか?」

「マヴェディーシは僕のいた星が生み出した星のエネルギーを凝縮したもの。正確なことは分からないけど、恐らく五百年……いや、千年ぐらい生きるかもしれない」

「まるでエルフじゃんか。そんなに生きたくはないけど」

「その力を使って、僕は自分の星を侵略しに来たコーバックたち帝国と戦っていたんだ」

「待って。だとしたら、エマンさんはこれから――」


 その時、警察がやって来て現場検証や事情聴取を受けることになった。

 イサリはエマンのことを伝えながら起こったことすべてを警察に話した。

 しかし、事が事だけに警察では手に負えない。

《退魔士》に任せようとなった。

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