第54話 最果ての宇宙

 星乃の大型戦闘機体を強引に起動させ、空中でケーブルを差し込みバッテリーを自身の戦闘機体へ移動させる。

 バッテリーを移し終えた大型戦闘機体は重量削減のため、装甲を剪除パージさせて切り離した。

 中の『げるろぼ』のみを抱え、フルスロットルで飛翔する。


 残り時間は、10秒。

 できるだけ、遠くへ。

 できるだけ、速く。


「うおおおおおおっ……!!!」

 

 着々と時間が迫ってくる中、星乃を抱えた叶瀬は宇宙へ飛び出した。

 そして、爆弾が起動する。


「――――――っ!!!」


 強烈な光が辺りを包んだ。

 それを知覚した瞬間、凄まじい衝撃が2人を襲いかかっていた。


「ぐっ……!」

 

 機体がエラーを吐いたのちに電源を落とし、方向も分からぬまま飛んでいく。

 恐ろしい速度で飛んでくる破片に次々と背中を打たれ、装甲がへこみ、ついには砕けた。

 熱気が周囲を覆い尽くし、装甲越しに戦闘機体の内部をも焼き尽くしにかかる。

 全身を熱した金槌で滅多打ちにされているような気分だった。

 叶瀬は星乃を強く抱き、痛みにひたすら耐え続ける。


 あらゆる方向から襲い来る苦痛の時は、永遠のようにも感じた。

 だが叶瀬は決して諦めることなく、星乃を手放さず、痛みと熱と衝撃に耐え続けた。


 そして。


「……?」


 唐突に、何もかもが消える。

 音も。

 衝撃も。

 

 最初はあまりの苦痛により、ついに死後の世界へ来てしまったのかとさえ思っていた。

 だが再起動した千帆の戦闘機体が、ブウンという駆動音でここが現実であることを教えてくれる。

 2人は、宇宙空間へ放り出されたのだ。


「はあ、はあ、はあ……」


 頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 落ち着くまでに、幾度もの呼吸を必要とした。

 戦闘機体はボロボロだし、電源も僅かにしか残っていない。

 しかし、自分は生きている。

 そして……。


 抱えていた星乃も、生きている。




「千帆さんに戦闘機体を借りて、助けに来たんです。勝手に助けてしまって、ごめんなさい」


 叶瀬はそう言って、目を逸らすように俯く。

 俯きながら、続けて口を開いた。


「……カブラギに話していたこと、聞いていました。『人助けがやめられない』という星乃さんの苦しみは、僕には分からないかもしれません」


 実際、分からないのだろう。

 叶瀬には、弟を失うほどの体験をしたことがないのだから。

 でも、それでも。


「それでも僕は、星乃さんに生きて欲しいです」


 それは叶瀬の、心からの本音だった。


「後悔したくない気持ちを優先して、自分を苦しめないでください。もっと……自分を、大事にしてください。星乃さんは、1人じゃないですから。僕や『SROFA』の皆さんにとって、大切な人ですから」


 気持ちがどんどん溢れて、言葉になって流れ出ていく。


「後悔はどうやっても消えません。向き合うべきものですが、引きずってもどうしようもないものです」


 声に出しながら、自分の感情が高ぶっている事に気が付く。


「大切なのは、それを背負ってどんな未来を描くか、だと思います。星乃さんが後悔をしていなければ、きっと僕は……星乃さんと、出会えていなかった! だから……」


 だから。


「過去を、恐れないでください……!」


 高ぶった感情を、ありったけの想いを。

 全部込めて、星乃にぶつけた。


「……」


 叶瀬からの言葉を受け取った星乃は、しばらくの間、呆然とした顔を浮かべていた。

 受け取った言葉が少しずつ、確実に心へ浸透していくように。

 叶瀬からの、想いは大きかった。

 これだけ、自分を大切に思ってくれている人がいるなんて。

 いや……きっと気付いていなかっただけで、自分が思っている以上に。

 自分を大切に思ってくれている人は、何人もいるのだろう。

 星乃はじわりと涙をにじませると、口をぎゅっと引き締めて頷いた。


「うん、うん……! もうちょっとだけ、頑張ってみるぅ……っ」


 そこまで言った彼女は、内からこみ上げるものに耐えきれず、大きな声を上げて泣いてしまう。

 それはまるで子供のように。

 ただただ、泣いていた。


 体中の水分を全部出してしまったのではないかと思うほど、ひとしきり泣いていた。

 ようやく落ち着きを取り戻し始めた星乃は、鼻をすすりながら涙を拭う。

 そして、再び叶瀬に向き合った。


「ありがと、叶瀬くん。私を、救ってくれて」


 吹っ切れたような満面の笑顔を見せ、感謝の言葉を述べる。

 叶瀬は頷いた後、ようやく安堵の息を吐き出した。


「僕の命を救ってくれたのは、星乃さんですから。……よかったです。本当に」

「!?」


 彼の言葉を聞いていた星乃は突然、目を丸くして表情を固まらせる。

 まるで、ありえないものを見てしまったかのように。


 それは返事をした叶瀬が……微笑んでいたからだった。


「叶瀬くん……! 顔……!!」

「へ? ……あっ!」


 星乃の指摘によって、叶瀬も表情の変化を自覚する。

 呪いのように固まっていた無表情はほどけ、笑顔の作り方を……体が、思い出したのだ。

 再び目を合わせると、星乃の顔が驚愕から歓喜の笑みに変わっていく。

 

「笑った! 笑ったよね!? 今!!」


 そう言って叶瀬の手を掴むと、嬉しさを表すようにブンブンと上下に振った。


「もう1回やって! もう1回!」

「言われて見せるのはちょっと気恥ずかしいので……また、そのうち」

「ええ〜? 勿体ぶらないでよ〜」


 まるで自分の事のように喜ぶ彼女を見て、叶瀬は思わず口角が持ち上がってしまう。

 『そのうち』は思いがけず、すぐに訪れてしまった。


「あ、笑った!」

「たまたまです。……それよりもあれ、見てください」

 

 はしゃぐ星乃を落ち着かせるように、叶瀬は遠く離れた場所に見つけたあるものへ指を向ける。

 指を辿ってその先を見た星乃は、思わず目を輝かせた。


「うわあっ……! 凄い……!」

「本当、綺麗です……!」


 映った景色は、朱色、緑色、青色、黄色。

 多彩な色が絵の具のように混ざり合って、幻想的で神秘的な輝きを放つ巨大な星雲。

 星々の瞬きが優雅に泳ぐ……。


 最果ての宇宙うみであった。

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