第11話「月下の見えざる焔、曲芸師を断つ」

満月が夜空のど真ん中で煌めく。蒼い焔は夜に溶けて――それでも、ソーエンの胸奥で確かに燃えていた。


「見えなきゃいい――それだけのことだ」


鋼を裂かれ、肉を切られ、誇りを抉られようとも。ソーエンの瞳がふたたび闘志に染まった瞬間、あらゆる“千”が意味を持たなくなった。


瓦の上では、ヨシツネが笑っていた。


「ん? うっすら蒼い気が出てるように見えるが……?」


蒼き焔を禁止したはずの試合に、どこか仄かに蒼が滲む。だが、ソーエンは返した。


「気のせいだろ。てめぇの千本桜に比べたら――屁みてぇなもんよ」


「ははは! それもそうか! 私に勝る剣士はいない!!!」


その自信こそが、ヨシツネという男の剣そのもの。だが、ソーエンはにやりと笑った。


「慢心が命取りだぜ――ヨシツネ。いや……“曲芸師”くん」


「な、なにぃ⁉️」


瞬間、風が止む。音が消える。


ヨシツネの“千本桜”――背から咲いた千手が振るう千の刃。今まで圧倒していたその剣技に、ソーエンは足止めするでもなく、一閃でその全てを断った。


見えざる焔。それは、視界に入らずとも、戦場に“温度”として影響を与える。皮膚の奥を焦がすように、筋肉の反応速度を高める魔力補助。蒼き焔の真髄は――“演出”にあらず、“感覚”にある。


ヨシツネの首元に、ソーエンの刃が添えられる。


「降参しろ。さもなくば――我が姫の配下に下れ」


「……ば、馬鹿な……! 私の千本……千本桜が……!!」


「刀剣ってのはな――二本の腕から繰り出すから力があるんだ。片腕じゃ、所詮は曲芸止まりよ……曲芸師くん」


「……こ、降参……する」


観戦者たちが息を呑む。月光の中で、勝者の名前が刃の先に刻まれた。


――蒼き焔の剣士、ソーエン。


その夜、エドの闇で語り継がれる伝説がひとつ、生まれたのだった。

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