第4話 相談

月の光が柔らかく窓辺を照らす中、ソーエンとアオバは和国の名高い高級宿「翠楼館」に腰を落ち着けていた。豪奢な設えの寝具に、雲のような肌触りの羽布団。備え付けの露天風呂には、星を映す湯が湛えられており――すべては、アオバの“貴族的嗜好”によるものだった。


 彼女が野宿を好まぬのは、ただのわがままではない。生まれ育ち、落とされた階級の名残が、彼女の背筋とふるまいに染みついている。流浪の旅とはいえ、その誇りは失っていなかった。


「…もともと、高額依頼だけ請け負って、和国で生きてるんだ。他国に行けば、面倒な仕事まで巻き込まれる。ギルド所属なんて、気が重いだけだ」


 師匠は湯上がりに髪をざっと結い直し、窓辺に腰掛けながら低く呟いた。その蒼き瞳は、遠くの星々より輝いて見えた。


「でも、師匠。“面倒なことこそ、優先すべし”って、私に教えましたよね? それ……今と矛盾してません?」


「は……そんな昔のことは忘れたよ」


「そんな! じゃあ私と出会った頃のことも…忘れちゃったんですか?」


 アオバの瞳が潤み、その震えが空気に伝わる。師匠は驚きながらも目をそらし、絞り出すように言った。


「…アオバとの出会いを忘れることがあるものか。それと、本題からずれてるぞ」


 ぶっきらぼうな返答。その奥に、師匠の照れと、深い感情が潜んでいることを私は知っている。


「だって、昔…師匠、言ってましたよね。“蒼き焔の剣士”として名前を轟かせて、世界を渡り歩くって。あの時の師匠、すごく目がキラキラしてました」


「適当なことを言うな。俺はもう決めた。流浪の旅を続けて、目の前の人々を救う。…それが、俺様がこの力を持つ意味だ」


 その言葉に、アオバはしばらく黙っていた。だけどやがて、柔らかな笑顔を浮かべる。


「じゃあ、今まで通りでいいですね。流浪の旅で高額依頼を請けて、路銀を稼いで、豪華な宿に泊まる。私たちのやり方です」


「ああ。ムッキーには悪いが……ギルド所属も学園通いも、魅力を感じん」


 その瞬間――勢いよく扉が開かれた!


「話は全部聞かせてもらったぞッ!!」


 現れたのは、笑顔全開・筋肉全開のムキムキ・ムッキー。濡れた窓にサムズアップをかざす姿が、妙に神々しい。


「ちょっと! ノックくらいしてくださいよ、ムッキーさん!?」


「すまん、すまん! でもな、君たちの話は全部聞いた! ギルドに入らないってのは残念だが、旅路を邪魔する気はないぞ!」


「なら、助かるよ。俺様達は高額依頼だけで回ってるからな。ギルド所属の旨味が感じられん」


「はっはっは! わかってるさ! でもな――もしどこかで困ったら、各地のギルドマスターに“ムッキーの知り合い”だと名乗ってみるといい。相談くらいは乗ってやるさ」


「……え、ムッキーさんってそんな有力者だったんですか?」


「いや、ギルド界の腕立て伏せ担当だろ」


「そんな肩書きないよ!? でも本当に、困ったら連絡してくれ!」


「ありがとうございます、ムッキーさん」


「ありがとう。ムッキー」


 そして――ソーエンとアオバの師弟は、蒼き焔の旅路へ再び足を踏み出す。宿を後にした二人が振り返れば、ムッキーは筋肉をきらめかせながら見送っていた。


 次なる目的地は、和国の首都――エド。


 この国の中心。人の夢が集まる場所。そして、蒼き焔の剣士たちがまたひとつ、名を刻む場所になるかもしれない。


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