第2話 ヘル・ウルフ討伐
【アオバ視点】
私は今、和国の心臓とも言うべき富士之山の頂に立っていた。空は澄み渡り、雲は足元。けれどその景色は、希望ではなく焦燥を包んでいた。ヘル・ウルフ――魔狼の群れが、幾千幾万と富士之山を囲んでいるのだ。
「な、何なんですかあの数!? 師匠、本当に一人でやるつもりなんですか!?」
ギルドマスター・ムッキーが悲鳴のような声をあげる。あのスキンヘッドから吹き出る汗が、筋肉の稜線を滑っていった。
「ソーエンとやら! あれはもはや自然災害の域だ! うちのギルドでもSSS級を束ねなきゃ太刀打ちできんぞ!」
「理解してるさ。だが――俺様は、“束ねる”より、“燃やす”方が得意でね?」
ソーエン師匠はいつものように、極上のドヤ顔で空を見上げていた。ポニーテールの蒼髪が風に流れ、瞳は凍てついた蒼光を放っていた。そしてその視線だけで、あの魔狼の群れを黙らせかねないほど、圧がある。
……この人、本当に人間?
「我が名に応じよ、蒼き焔(ほむら)! 集い、舞い上がるとき、その身を龍に変じ、敵を焼き尽くせ!」
師匠の詠唱と同時に、空気が震えた。周囲の温度が急上昇し、蒼き焔が蝶となって舞い始める。夜空に咲く蛍のような美しさ。私は目を奪われていた。焔が、まるで意思を持って飛び交っていたのだ。
「師匠……放つのですね?」
師匠は一言も返さず、ただ首を小さく動かす。
――その瞬間。
「獄焔爆龍波!!!」
蒼き蝶が集まり、融合し、巨大な龍へと姿を変える。龍は咆哮と共に宙を裂き、大地を焼き払った。
――半数以上のヘル・ウルフが、ただの一撃で塵となった。
けれど、それだけじゃ終わらなかった。爆焔の熱は富士之山の雪を溶かし、雪崩を起こす。その勢いは、残る魔狼の群れすら押し流すほどで――
一人の魔法で、自然が屈した。環境が変わった。
ソーエン・師匠。存在そのものが、反則級。
私、ちゃんと見てましたよ。師匠のその背中を。その姿を。魂ごと焼きつけてましたよ――それはもう、視線で師匠を殺せそうなくらいに。
「さすが師匠です! もうこれで魔狼たちは――」
「ああ。雑魚はな」
「……え?」
「ボス個体は残っている。アオバ、気づかなかったか?」
「え、ええっと……魔力が綺麗だなーって……?」
気づけるわけがない。私はただ、蒼の美しさに呑まれていただけだった。けど、だからこそ――私は追いつきたいと思った。
師匠に、並びたい。
だから――
「我が名に応じよ、蒼き焔よ! 万象を焼き尽くす龍となり、灰塵へ導け!」
「やめろ、アオバ! お前にはまだ早い!」
「獄焔爆龍波!!!」
師匠の制止を振り切り、私は放った。蒼き龍は唸りを上げて飛翔し、あの巨大なボス個体のヘル・ウルフに命中した。
「おいおい、弟子もなかなかやりおるじゃねえか! ってか年齢いくつなんだ!?」
「レディに年齢聞くとか、無礼ですよ?」
「いやいや! 今それどころじゃ――え?」
蒼き龍を纏ったボス個体は、傷一つなく立ち尽くしていた。むしろ――蒼き焔を吸収し、魔力が上昇している。
「ちょ、おまっ、敵に塩送ってるじゃねえか!? 弟子、むしろ足引っ張ってね!?」
チャキン。
ソーエン師匠の刀が一閃の音を立てた。
「弟子の悪口は……依頼人であろうと、許さん。“斬る”ぞ。」
――やっぱり師匠は最高だ。
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