第2話「名もなき幕開け」


意識がある? 俺は確かに地面に叩きつけられたはずなのに、今、白一色の空間に立っている。


体は軽く、何者でもない存在のようだ。声すら発せられぬ“肉塊”だったはずだろう? それなのに——


「君は新田優(あらた・すぐる)だね。飛び降りによって人生に幕を引いた」


男女も年齢もわからぬ、柔らかくも奇妙な声が響く。


「その死因は、“後悔”によるものと認識した。ならば、もう一度生きなおしたいとは思わないか?」


「……誰だ。あんたは」


「私は“名無しの神”——名がなくとも、語られれば存在となる」


言葉の意味を理解しきれないまま、俺は問いかける。


「そんな神様が俺なんかに、用があるってことか?」


「あるとも。君の魂の残響に呼ばれてしまったからね。人生を最初からやり直す機会、受け取る気はあるかい?」


「最初から……?」


「加えて、君の最も深い渇望をもとに、唯一無二の“スキル”を授ける。名はまだ伏せるが、その力は自ずと現れるだろう」


胸の奥がざわめいた。神を信じていた覚えなどない。むしろ侮っていた。それでも——


「……そんな俺でも許されるなら、感謝すべきかもしれんな」


「もうすぐ、君は著名な芸能人夫婦の元に生まれ変わる。光と影が交錯する世界で、語られ、演じられる人生が始まる」


声が遠ざかる。白い空間が揺らぎ、身体が浮かび、飲み込まれてゆく。


「名もない場所から始まり、名を得て、語られる存在へ。……さあ、新たな人生を楽しんでおいで」


——沈黙。そして、脈打つ暗闇。


その懐かしい鼓動の中で、俺は気づいた。


これは母体だ。産まれ直すという感覚。……しかも、一人ではない。隣にもうひとつの気配がある。双子——そう思った瞬間、光が差す。


「新田さん、ご出産です! 元気な双子ですよ!」


「オギャア、オギャア!」


俺の第2幕が開いた——“語られる存在”としての人生が、今始まる。

`


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る