第十八話 醜いエゴ

 和哉かずやがすぐさま男を取り押さえたため、何とか最悪の事態になる前に確保。

 その後、美紀みきが警察に連絡したことにより辺りは騒然となる。

 男を警察に引き渡して、亜美あみは事情聴取のために取り調べを受けることとなった。

 店内の責任者である美紀みきと現場を目撃した和哉も聴取を受けて、警察の現場検証が入っている。

 嵐のように起こった出来事に、和哉は疲弊しきっていた。


 ようやく一息つくことが出来て、和哉は重苦しいため息を吐く。

 とそこへ、聴取を終えた美紀が和哉の元へとやってきて、申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当にごめんなさい。君をこんな目に合わせてしまって!」

「いいえ、俺は別にただ亜美を助けただけなので。今は亜美の気持ちを慮ってやってください」


 被害者は亜美なのだ。

 今は亜美に姉として寄り添ってあげて欲しい。


「私……お姉ちゃん失格ね。亜美の気持ちを勘違いして、本当の気持ちに気づいてあげることが出来なかった」

「そんなことないですよ。亜美は美紀さんのことを立派なお姉ちゃんだって言ってました。だからそんな落ち込まないでください。まあ仕方ないですよ。いきなりこんなことになるなんて思ってもみませんでしたので」


 いきなり初回のお客さんがセクハラの変態常習犯だったなんて、だれが予想できようか。


「でも私、周りが見えてなかった。こういう危険性が少なくともゼロじゃないって分かっていたのに、亜美ちゃんの気持ちに甘えて姉として止めることが出来なかった」


 美紀は俯きながら後悔の念に苛まれている。

 ただ、こんなところで姉妹の絆に溝が入ってはいけないと思い、和哉は声を上げた。


「亜美が言っていたんです。ご両親の代わりに美紀さんが育ててくれたって。だから、美紀さんには好きなことをしてほしいって。自分はまだまだ未熟者だけど、少しでも美紀さんの役に立ちたいんだって。それは亜美の心からの本心だと思います。だから、美紀さんのせいではないです。亜美が帰ってきたら、ちゃんと笑顔で迎えてあげてください。無事でよかったと」

「和哉君……」


 顔を上げた美紀は、目に貯めていた涙を手で拭い取ると、無理やり笑みを浮かべて見せる。


「そうだね……和哉君の言う通りだよね。ありがとう和哉君」

「いえ、僕はただ、お二人の未来を応援しているだけですから」

「そう言うところがきっと、亜美ちゃんが惹かれているところなのかもしれないわね」

「何がですか?」

「ねぇ和哉君、私はもう少しお店の責任者として時間がかかりそうなの。警察署まで亜美を迎えに行ってくれるかしら?」

「えっ、でも……」

「いいの。多分きっと……いいえ、和哉君の力を借りたいの。これは姉としてのお願い。ダメかしら?」


 上目がちな視線で頼み込んでくる美紀。

 その目はどこか、和哉を頼っている証拠でもあり、今の亜美には和哉が必要なんだと訴えかけているようにも見える。

 美紀からのメッセージを受け取り、和哉はふっと口元を緩めた。


「……分かりました。亜美を迎えに行ってきます」

「えぇ、よろしく頼むわね」


 和哉はイヤティを後にして、歩いて数分の場所にある警察署へと向かった。

 入り口のエントランスにある椅子で亜美を待っていると、しばらくして警察の人に連れられて、亜美が聴取を終えて出てきた。


「和哉君……」

「ご家族ですか?」

「いいえ、姉から連れて帰ってくるよう頼まれました」

「ご家族以外ですと……」

「平気です。彼は婚約者なので」


 亜美がとんでもない嘘を吐く。

 和哉が唖然としてしまったもの亜美は憮然とした態度で警察の方に言い切って鋭い視線を向けた。

 すると、警察の方も根負けしたのか、半ば諦めた様子でため息を吐く。


「今回だけ特別ですからね」


 そう言って、着物姿の亜美の身柄を和哉は警察の方から引き取った。


「和哉君……」


 亜美が自身の元へ来るなり、和哉はガバっと亜美を抱きしめた。


「ちょ、和哉君!?」

「無事でよかった……!」


 和哉が声を噛み殺しながら安堵の声を上げると、亜美もほっとしたのか体の力が抜けていく。


「和哉君……怖かったよぉぉ……」

「怖かったよな。辛かったよね。でも、もう大丈夫だから。俺が付いてるからね」

「うん……!」


 和哉が優しく亜美の頭を撫でてあげると、鼻を啜りながら肩を震わせていた。

 亜美が泣き止むのを待ってから、二人はどちらからともなく歩きだして警察署を後にしていく。


「ありがとう、助けてくれて」

「どう致しまして。本当に無事でよかった」

「迷惑かけちゃってごめんね」

「迷惑だなんて思ってない。別にいいんだ。亜美を助けられたならそれで」

「和哉君……」

「ただ……ただ俺は、こういうことがあるって考えた時に、やっぱり亜美にはこの仕事を続けて欲しくないって思った」


 和哉の言葉を、亜美は無言のまま耳を傾けたまま聞いてくれている。


「亜美はやっぱりまだ、お姉さんのためにお店を続けたい?」

「今回のことはまあそりゃ怖かったよ。怖かったけど、やっぱりアーシは、お姉ちゃんのために手伝いたいって気持ちはある……かな」


 少し複雑そうな笑みを浮かべながら自身の意見を述べる亜美。


「俺は……嫌だった。俺以外の男に膝枕をして接客することが。考えただけで胸が苦しくなる」

「……」

「ごめん、今のは俺のエゴだ。忘れてくれ」

「それは和哉君にとって、アーシの太ももが国宝級だから、安売りしてほしくないってこと?」

「違う……もっと醜い感情だよ。俺はただ、亜美を独り占めしたいだけなんだ。他の男には指一本触れて欲しくない。そんなただ自分勝手なエゴさ」


 ただ和哉は、亜美が他の男に触れられて欲しくないのだ。

 和哉が技量の狭い、ただの嫉妬に近い独占欲。

 エゴだらけの醜い感情である。

 ただそうだとしても、和哉は自身の本当の気持ちを伝えたかったのだ。


「アーシも……だから」

「えっ?」

「アーシもね、今日はっきり分かったことがあるの。アーシが膝枕したいのは和哉君だけだって」

「それって……」

「今日ね、帰り際に見ちゃったの。和哉君が生徒会長に膝枕してもらってるの」

「あ、あれはその……!」


 まさかのカミングアウトに、和哉が動揺を隠せない。


「いいの。和哉君が誰とどうしようと君の勝手だから」

「違うんだ、あれは会長が勝手に――」

「アーシも嫌だった!」


 言い訳しようとする和哉に対して、亜美は悲痛な叫び声を上げる。

 その亜美の叫びに、和哉は気圧されて言葉を失ってしまう。

 しばしの沈黙が流れ、亜美が再び口を開く。


「和哉君が他の人に膝枕されているのを見て凄く苦しかった! 忘れようって思ってお仕事させてもらえる機会が来たからやってみた。けど接客中も和哉君以外の男性に膝枕してる自分が醜くて、どんどん気持ちが膨らんできて、こんな感情抑えなきゃって思ってたのに、もう抑えられなくて……。気づいたら男性に襲われかけたけど、和哉君が助けてくれた。もうアーシには和哉君がいないと無理なの! アーシだけを見ていて欲しいし、太ももだってアーシのだけを堪能してほしい! アーシの以外の女の子に指一本触れて欲しくない!」


 それは、亜美から出た本音そのものだった。

 お互いの醜い感情を暴露して、一つの答えが導かれる。


「お互い、思ったよりも束縛感が強いのかもしれないな」

「……ごめんね。和哉君を困らせたくないのに」

「謝らなくていいんだ。今回はちゃんと気持ちと伝え合わなかったのが悪かっただけだから。次からはさ、ちゃんと言いたいことは言い合って、どうしていきたいのか話し合っていこう。そしたらさ、もっといい関係が気付けると思うから」

「和哉君……」

「亜美は家族想いで、やると決めたことはやり切る。人一倍思いやりがあって気配りが出来る素敵な女の子」

「えっ、急に何?」

「この前の答え合わせ。太もも以外の俺から見た亜美の魅力、これで足りるかな?」


 それは、亜美に『太もも以外の私を見て!』と言われた時に課された課題。

 亜美の太もも以外の彼女の魅力を見つけるという宿題。

 和哉はこの数日間、亜美とかかわってきてより彼女のことを知れた気がするのだ。

 その回答に対して、亜美は顔を真っ赤にしながらこちらを見つめてきて――


「……バカ。たった数日なのに分かりすぎだし」


 とつぶやいた。


「それぐらい、俺にとって亜美は魅力的な女の子ってことだよ。だからさ亜美。俺の彼女になってくれ」


 和哉は亜美に向き合い、優しく微笑みながらもう一歩関係を踏み出すための言葉を口にした。

 その言葉を聞いた亜美は、一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐさま綻ぶような笑みを浮かべて――


「……はい!」


 と満面の笑顔で答えたのである。

 こうして二人は、晴れて恋人同士となった。

 隣の席同士のクラスメイトから始まった関係性。

 露出度の高いギャルという印象から、『消しゴムムチムチ太もも挟み』事件をきっかえに和哉は太ももフェチに目覚め、そこから気持ちを抑えることが出来ずに亜美へ太ももが好きであることをカミングアウトをしてしまい、一時は微妙な距離感になってしまった関係性を、今度は亜美の方から引き寄せてくれた。

 さらにそこから、亜美が耳かき専門店でアルバイトしていたことが発覚して、お店に出れるよう和哉が耳かきの練習台になることになって……。

 そして今日、変態客に襲われかけていた亜美を助けてあげて、他の人に膝枕をしてほしくないという私欲たっぷりの感情を暴露したら、お互い思っていることが一緒であり、告白して付き合うことに至る。

 本当に端から見ている人からすれば意味の分からない付き合い方だと思う。

 それでも、きっかけ一つで関係性は変化していき、こうして最終的に付き合うことが出来るのであれば、結果オーライなのかもしれない。


「美紀さんの所に戻ろうか」

「そうだね……」


 二人はどちらからともなく手を繋ぎながら、美紀の元へと戻って行くのであった。

 自分たちの意思をちゃんと伝えるために……。



 ◇◇◇




「亜美ぢゃあ“ん、ごめんねぇ”ぇーーー!!!!!」


 お店に戻るなり、美紀は開口一番謝罪の言葉を口にしながら、号泣しつつ亜美を抱きしめた。


「ちょ、お姉ちゃん!?」

「怖い思いさせてごめんねぇー! 辛い思いさせてごめんなさいぃぃ!!!! 亜美にこんな思いをさせちゃうなんてぇぇぇぇ!! 私お姉ちゃん失格だよぉーーー!!!」

「泣かないでよ。あぁもう! アーシは大丈夫だから」


 これではどちらが妹か分かったものではない。

 亜美が美紀の背中に手を回して優しくさすってあげる。

 しばらく美紀を宥めていると、段々と落ち着いてきたのか呼吸が整ってきた。

 すると、美紀はどこか決意めいた表情でぱっと言い放つ。


「決めた! このお店はもうおしまい!」

「えっ?」

「おしまいってどういうことですか?」

「その通りの意味。今日限りで『耳かき専門店イヤティ』は閉店することとします!」

「えぇ!?」


 美紀から告げられる突然の閉店宣言に、亜美は驚きの声を上げるほかない。


「本当にいいの!? お姉ちゃんがやりたかったお店なのに……」

「いいの、いいの。それに実のところ、本当はお金目的でやってただけなの。そしたら初めてまあビックリ。全然儲からないのよ! そんでもって男の人に膝枕しながら耳かきをして接客しなきゃいけないなんて、本当は私だってしたくないもの」


 美紀のまさか過ぎるカミングアウトに、和哉も思わずズッコケるしかない。


「でも、お姉ちゃんこのお店やるとき独立できてうれしいって言ってたじゃん!」

「もちろん独立して何か事業はしたいと思ってる。ただ私はそれよりも、亜美が不自由なく生活できることが何よりも幸せなの」

「お姉ちゃん……」


 亜美のことを優しく慈愛の目を向けながら撫でる美紀。

 その姿は、亜美のことを一番に想う姉である。


「でもアーシはもう平気。お姉ちゃんにはやりいたいことをやって欲しいと思ってる」

「うん知ってる。だからこれからは、私もやりたいことをやるわ。今回は、ちょっと背伸びして無理しちゃったみたい」


 そう言って、はにかむ美紀の表情は、どこかもう決心がついているように見てた。


「ってことで、今度は亜美ちゃんが怖い思いをしなくていいお店を経営することにします!」


 そう言って、握り拳を作りながら決意表明をする美紀。

 なんとまあ切り替えが早いこと。


「そう言えば、私に何か言いたいことがあってきたんじゃないの?」

「えっ、えぇっと……」


 亜美と和哉は顔を見合わせる。

 お互い恋人同士束縛感が強いので、人に触れる仕事はしたくありませんと宣言するつもりが、まさかお店自体を潰す選択肢を取られてしまうとは予想外だったのだ。


「もしかして、二人ともついに付き合い始めた感じかな?」

「なっ、お姉ちゃん!」


 的確に当てられ、亜美は顔を真っ赤にしながらポンポンと美紀の肩を叩く。


「そっかそっか。おめでとう二人とも。和哉君、亜美のこと泣かせたら、お姉ちゃんが許さないからね?」

「ぜ、善処します」


 こうして、あっさりと美紀の許可も得ることが出来てしまい、家族公認でのお付き合いがスタートするのであった。

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